獅子王決定戦本選開始
シャリーと分かれた俺は本選の会場に入っていた。
本選はブロックを二つに分けたトーナメント戦で最大五回戦うことになる。
その五戦全てを勝利した者が優勝という訳だ。
控え室の中からも会場内の応援や実況が聞こえてきて、誰が戦って誰が勝ったのかは分かった。
シルフェの名前が連呼されたところを聞く限り、どうやらシルフェが勝ったらしい。
さすが学院最強の炎使いだな。ちゃんと学院の外でも勝ってくるんだから。
私はシルフェン・スタインですから。とか言って何でも無いような感じで言うのだろうけど。
「お祝いしたら嫌がるかなぁ……」
同じトーナメントグループに所属してしまった俺とシルフェは、獅子王決定戦で勝ち進んでいけば準決勝で戦わないといけない。
そういう意味では俺達はこの大会期間中は敵同士にあたる。
そのせいかシルフェは俺とすれ違う度に、真っ赤になった顔をそらし、俺を避けるように逃げていった。
おかげでここ数日全く会話がなかった。
久しぶりに話しをしたいなぁ。
「話が出来たら……お菓子貰えるかな」
自分で言っておいてなんだけど、シルフェがちょっと可愛そうだと思った。
「エストール選手。入場して下さい」
時間か。まぁ、準決勝まで上がれば否が応でも顔を合わせることになる。
それまで勝ち続ければ良いだけか。
「はい、今行きます」
呼び出しに応えた俺は控え室を出て本選の試合会場へと向かった。
○
本選の試合会場は予選の試合会場と同じ円形のフィールドに、水の張られた掘りがある。
勝敗は相手を掘りの中に落とすか、戦闘不能にするかだ。
そして、俺の初戦の相手は二メートルを軽く越す巨大なランスと身体全体を覆い隠すようなタワーシールドを装備した男だ。
身体も全身鎧でガチガチに固めており、動く要塞って感じの見た目だった。
見るからに鈍重。長い槍のリーチで相手を牽制して戦うタイプだろうか。
「エストー! 私達の未来はエストにかかってるからねええええ!」
って、シャリーの声でかっ!? でも、おかげでシャリーがちゃんと仕事をしてくれたことが分かった。あいつは本当に全額俺に賭けてくれたんだ。
俺はシャリーに声で応える代わりに、オルビス・ラクテウスを抜いて、剣を天に掲げた。
勝利宣言のような俺のポーズに会場の熱気が一気に上がり、大歓声があがる。
そして、最高に暖まった空気の中、試合開始が宣言された。
「試合開始!」
開幕直後、俺は魔法を発動させる。
「マッスルアップ、ウイングラン、パルスリアクト、アイアンボディ」
基本能力を増強する魔法を連続で発動させる。
火、風、光、土の順番で加護が宿った俺の身体は赤、緑、白、茶の四色の闘気に包まれた。これで俺の力、素早さ、回避のための反応速度、頑強が増幅した。
「な、何とエストール選手は四属性の使い手でした! さすがアランドール学院所属といったところでしょうか!? 解説のプラネさんどうですか?」
「この若さで四属性の杖を操れる者はそういませんね。三属性の杖でも珍しいですからね。しかも、彼は杖ではなく、魔力の変換効率の悪い剣を使っています。よっぽど魔力が強いのでしょう」
実況のお兄さんと解説のお姉さんが少しずれたことを話しているのを聞きながら、俺は苦笑いした。
この魔剣が四属性じゃなくて六属性全てを操れると知ったら、どう言うんだろう?
驚くだろうか? それともありえないと否定するだろうか?
シャリーの名前を出して、皆の記憶に刻んでくれるだろうか?
「あれ? 何で俺じゃなくてシャリーのことを言って欲しいと思ったんだ?」
「うおおおおおお!」
「って、考えてる場合じゃないか」
雄叫びを上げながら槍で突っ込んでくる様は闘牛のようだ。
硬い身体、長い角代わりのランス、そして、思った以上に速い動き。
とはいえ、距離があるため避ける時間は十分にある。
そう思った瞬間だった。
男の足下を中心に大地が割れたのだ。
そして、俺に向かって真っ直ぐ飛んできた。
巨大な弾丸、または巨大弩砲によって放たれた矢のように男が迫ってくる。
「出たあああああ! 剛槍ランマン選手の必殺技カタパルトランスだああああ!」
「いきなりの大技ですね。石で出来たガーゴイルすら一撃で砕く攻撃です。当たればひとたまりもありませんよ!」
会場が一際大きい歓声で包まれる。
いきなり大技と、見た目に反したスピード、そして、分かりやすい威力のありそうな攻撃方法。俺も正直格好良いと思ったし、魔法を使えないことがショックで必殺技を考えてこなかった自分に衝撃を受けた。
だから、さっさと終わらせて必殺技を考えようと思って、左手を前に出した。
「な、なにが起きたのでしょう!? ランマン選手のカタパルトランスが決まったと思いきや、ランマン選手地面に沈んでいる!? 何かミスをしてしまったのでしょうか!?」
「いえ、違います。エストール選手がランマン選手の勢いを利用したんです! 何という度胸! 何という冷静さでしょうか!?」
そう。俺は突っ込んでくるランマンの槍を避けながら、飛来する岩の塊のようなランマンの頭を左手で掴み取った。
そして、そのまま地面に向けて石でも投げ下ろすかのようにランマンを身体ごと地面に叩きつけたのだ。
その結果、ランマンは攻撃のためにつけた勢いを全て自分に返されて、地面にめり込むほどの大ダメージを負った。
「何ということでしょう!? エストール選手、見た目に反してかなりのパワータイプということなのでしょうか!? どうですかプラネさん?」
「分かりません……。こんなことは初めてです。ただ、恐らく最初の補助魔法。あれで身体能力を増強したんだと思いますが……」
ここまで強くなる訳がない。
多分、解説者はそう言いたいのだろう。
補助魔法は触媒に込めた魔力を別の力に変換する際、必ず魔力のロスが起こる。大体3分の1程度しか変換出来ないんだ。
だから、ある程度は強くなってもメチャクチャ強くなるなんてことはないはずだった。
でも、俺のカンストした魔力があれば、多少のロスがあろうとも、上昇する能力値は尋常ではなかったのだ。
HP:100
MP:9999
力:30+333
魔力:999
頑強:20+333
速度:20+333
ここまでステータスが上がれば、パワータイプの英雄にも引けを取らない力と速度が今の俺にはある。
「おっと、ここで情報が入りました。どうやら今のはエストール選手の必殺技、リリカル・マジカル・ベアナックルという技だそうです」
「可愛らしい響きに反してなかなかえげつない技でしたね」
誰の情報だよ!? なんでその非常識な技名広まってるの!?
「勝者! エストール!」
審判がランマンの容体を確認し、腕でバッテンを作ると、実況者が俺の勝利を大声で告げた。
理事長との約束通り、魔法をぶつけず勝利して、殺さずに勝てた。完璧な勝利だ。
「エストー! 格好良かったよー! さすが私のオルビス・ラクテウス!」
「俺の力!」
シャリーがいつものやっぱり私の剣がナンバーワンと叫ぶので、俺は思わず反射的に叫び返してしまった。
でも、まぁ、確かに、そうだよな。シャリーがいたから俺はここにいて、報われている。
だから、シャリーの努力も報われても良い気がした。
それに、さっきシャリーのことも知って欲しいと思ったばかりだったっけ。
「後、お前のオルビス・ラクテウスの力! 伝説の鍛冶士の名に恥じない一品だシャルロッテ! みなさん! 武器を来た直したい人は工房に来て下さい!」
恥ずかしかったけど、ちゃんと言ってやった。恥ずかしいから宣伝にして誤魔化したけど。……情けない。
そうしたらシャリーは一度きょとんとした表情を見せて、数秒固まった。
あ、あれ? 無反応?
何当然のことを今更言ってるの? ってこと?
「ふっふっふーん! 当っ然でしょう!」
ったく、あいつは……。まぁ、喜んでるなら良いかな? 俺のことも褒めて貰いたかったけどさ。客からの依頼が増えすぎて、てんてこ舞いしやがれってんだ。
「エストー! 私は意外と優しいエストのことが大好きだよ! これからもよろしくねー!」
「ふぁっ!?」
俺の心が大慌てだった。
この子は何を言ってるんだ!? こ、告白されたのか!? いや、待て。相手はあのシャリーだぞ? 恋愛経験どころか友人もいないシャリーがそんな告白!? ありえるのかそんなこと!?
「あーっと! エストール選手、観客席にいるご友人でしょうか? ここで大胆な告白を受けました!」
「これは受けるか受けないかでこの後の付き合いが大きく変わりますよ。返事を大事に考えたいですね」
実況と解説も遊んでるんじゃないよ!?
「プラネさんは女性ですが、こういう時どのような返事を貰えると嬉しいですか?」
「そうですね。やはり真っ直ぐ気持ちを伝えた分、真っ直ぐな気持ちが返ってくると嬉しいですね。一番ダメなのは曖昧な態度を取ることじゃないでしょうか?」
「なるほどー。だが、エスト選手、まだ動かない。焦らす作戦でしょうか?」
「焦らしもやり過ぎると逆効果ですからねぇ。そろそろ決めて欲しいですねぇ」
止めて!? これ以上、ややこしくしないで!? あぁっ! もう!
「シャリー! 絶対に勝ち残るぞ!」
「うん! 私の剣とエストの力があれば怖い物無し! 借金も怖くない!」
どうだ? この論点をうまくずらしつつ、気持ちに応えた感じのある答えは!
俺、この大会に勝ったら伝えたい気持ちがあるんだ。みたいな台詞は!
シャリーだって満足げだぜ? 恋愛感情はまったく感じない喜び方だけどっ!
「どうですかプラネさん、どうやら勝ち進んだ後に何か約束をしているようですが。どうやら、どちらかに負債があるようですね。それが二人の仲を妨げていて、賞金を目指しているのでしょうか?」
「その可能性も考えられますが、ただのへたれで誤魔化した可能性も考えられます。どちらにせよ、これから先の進展に期待ですね。二人の続報をお待ちしております」
解説のお姉さん、随分バッサリですね!? 確かに誤魔化したけども! というか、からかいすぎではないですか!? 実況のお兄さん笑いかみ殺すのに必死ですよ!?
何かもういたたまれなくなって、俺は会場から逃げるように立ち去った。というか一番いたたまれないのは、負けた後にこんな茶番を聞かされ続けているランマンさんなのかもしれないな……。ごめんなさいランマンさん。