不穏な影
そして、何とか借金取りをまいた俺達は工房で明日以降のことを打ち合わせることにした。
主に金の使い道を……。
「……エスト、私謝らないといけないことがあるの」
「うん、何となくもう分かってる」
「ごめんね……もう戻って来ないかも」
「謝るなよ……しょうがないだろ」
仕方無いんだ。借金は返さないといけないものなんだから。
少しくらい元手が減ったって、俺達が億万長者になるのは変わらない。
だから、借金を一部返した後のことを考えよう。
減った後の金をどう使うかだって重要なことなんだから。
「借金取りを消せば、借金って一緒に消えるかな……」
「危ない考えは止めなさいっ!?」
「冗談よ。でも、明日は本当に利息は支払わないといけないの」
「いくら?」
「……金貨83枚」
「嘘でしょ!?」
「私の借金一万カラド金貨で、年利が10%。一年に千カラド金貨で、一ヶ月あたり金利の返済は金貨83枚。信じられる? 最初に借りたの100カラド金貨よ? 返せなかった金利と支払い分をさらに借金で借りたら酷いことになってたわ」
膨れに膨れあがった借金がシャリーを押しつぶしている。
雪だるま式というけど、一体どうしてこうなったとしか言えない。笑うに笑えなかった。
というか、この場合悪いのは一体誰なんだろうと突っ込むのはやぶ蛇だろうな。
こうなったらシャリーには悪いけど、言わないといけないことがあるんじゃないか?
「シャリー……お父さんからは借りられないのか……? 親子ならもっと常識的な金利で……」
「その借りてる相手がお父さんなのよ……。お金を持っていなかったら借金増やして待ってくれるけど、お金を持っていたら確実に持って行かれるわ」
「んじゃ、今日の借金取りってまさか!?」
「そ、私のお父さん。いつもは部下の人が来るんだけどね」
「うわぁ……なんか色々納得いった……」
そうだ。考えてみれば色々おかしいんだ。いくら伝説の鍛冶士の孫娘だからと言って、そんな大金を借りられる訳がない。
逆に言えばそんな大金を貸す相手は、シャリーに何かしら関係があるはずだ。
そして、シャリー自身がお父さんは金貸しだって言っていた。その時に気がつくべきだったんだ。
でも、事情を知った今では納得だ。これじゃあ他人から金は借りられない。
それに、シャリーは自分が工房をお父さんから守るんだ、と意地張ってるしな。自分からは借りにいけないだろう。
「というか、ちょっと待てよ」
「どうしたの?」
「お前お父さん消そうとしたの!?」
「ただの冗談よ」
「目が本気なんですけど……。まぁ、それは置いておこう」
これ以上お父さんの件で話すとシャリーの機嫌が悪化の一途を辿りそうだ。
だから、この議論で最も大事だったことをちゃんと伝えよう。
今、俺達にとって一番大事なことは何で、ハッキリさせないといけないことは何かということを。
「その金半分俺のだろ!? 何勝手に借金返済に使おうとしてるの!?」
「ばれた!?」
「うやむやにはさせねぇよ!?」
「冗談よ。最初からエストと私のお金をどうするか考えていたの。だから、ここでゲームをしましょう?」
それならって何だよ。やっぱりこいつ油断も隙もないな。
「ゲーム?」
「私とエストで賭をするの。お互いのカラド金貨240枚を賭けて」
「なん……だと?」
こいつやっぱり天性の博徒なのか? 俺から金を巻き上げて借金返済に充てるつもりなのか?
絶対にさせない。例えどんなゲームであろうと、誘いに乗らなければ良いんだ。
「私が負けてあげるから」
「へ?」
賭けに自分から負けるだと? しかもカラド金貨240枚という大金をかけて負ける?
一体どういうことなんだ?
そんなことをして、シャリーに一体何の得が?
まさかこうして俺を油断させて、ゲームに参加するよう仕向けて、勝つつもりなのか!?
借りた額も大きいし、なりふり構っていられないのは分かるけどさ。
それに仲が悪いとは言え相手は父親だ。少しでも多く、そして早く借金を返したいんだろうな。立派な鍛冶士になった証として。
「私にお金があれば、私は借金を返さないといけないと言ったわ。つまり、逆にいえば私にお金がなければ、私は借金を返さなくて良いと言うことよ! エスト! 私のお金をむしりとっていきなさい!」
「とんでもないこと言い出した!?」
想定もしていなかった逆転の発想だ。ぶっちゃけ最低な発想だよ!
だが、確かに先ほどの話を聞けば、それが出来る。
身内から借りた金というだけあって、多少規則が緩いのだ。
でも、この発想自体は間違い無く酷い。
返すお金があるのに、借りた人に返さず、返さなかったお金でギャンブルをしようと言うのだ。
全くとんでもない話だ。大好きなお爺さんが聞いたらきっと泣くぞ?
やれやれ、お爺さんの代わりに相棒の俺がちゃんと言ってあげないとな。
「よし、ゲームしようぜ。全額賭けての真剣勝負だ」
「今、すごい勢いで手の平返さなかった?」
「気のせいだ。まぁ、ここまで来たら共犯者になるよ。だから、ちゃんと借金返せよ」
そもそもこの大金もシャリーのおかげなんだしさ。
「それにしてもすごい発想するな」
「フフ、ラクレーン区の知将と呼んで」
恥を投げ捨ててとんでもないことを提案しているあたり、知将というか恥将だけどな。
そして、俺達はトランプで簡単な賭けをおこない、あっさりと俺の総取りで終わった。
とはいえ、ちゃんとお店で働いた分のお金はあった訳だし、俺はゲームが終わった後に机の上に金貨を十枚乗せた。
「エスト?」
「金貨五枚はちゃんとシャリーが働いて稼いだお金。残りの五枚は剣の頭金。ちょっとは安心させてやれ」
「……そだね。ありがと。エスト」
「どういたしまして。どうせ、大儲け出来るんだから、これくらいケチらずいくさ」
「だね。絶対に借金全額返済して、その後もちゃんと生活出来るお金を用意してやるんだから!」
と、言う所で綺麗にまとまれば良かったんだけどなぁ……。
話していて気付いちゃったら、頭に引っかかってどうしようもなくなるんだよな。
「エスト……明日からの生活費どうする?」
「……実はもう二人で20枚使ってるんだよな……たった一日でだぜ?」
今まで買えなかった消耗品とかを買ったり、払わないといけないもの払ったら、結構吹き飛んでいたのだ。
「本選が終わるまで後七日だ」
「七日か……。節約すれば、二人で五枚あれば生活出来る。それだと、465枚。余裕をもって、十枚残しておいても460枚」
「今日みたいな贅沢は出来ないぞ?」
「大丈夫。パンの耳で鍛えられたわ」
「何かもうフラグにしか聞こえないや……」
「フラグ?」
「何でも無い。で、賭け金はいつ入金するんだ?」
「本選は明後日からだから、明後日の朝ね。それに一戦一戦の賭けじゃなくて、全選手の中から優勝が誰かっていう一番オッズの高い賭けにチャレンジする」
シャリーが一瞬何か考え込んだように見えた。
何か気になることがあるのだろうか?
「明日じゃなくて?」
「えぇ、さすがに今回は前回の予選と違って大金よ。全額賭ければ間違い無くオッズが動く。そうすると、他の人の目にはあれ? エストールって強いのか? って思われて調べられる。アランドール学院在学って分かれば、賭ける人も増えるでしょうね」
「なるほど。そうなると、オッズが下がって俺達の取り分が減る。ということだな?」
「そう。だから、私達は他人がエストのオッズを変えられないタイミングを狙う」
「さすが恥将だな。そうなると俺はその時もう控え室だ」
ん? あれ? こいつに大金を預けて一人で歩かせるのってやばくないか?
「今、私一人で大金持っていたら危ないって思ったでしょ?」
「何故分かった!?」
「顔が一瞬変になったから。結構ちゃんと見てれば気付くよ? 賭博屋のオジサンがカモが来たと思っているとか、シルフェが慌てているとか」
「へえ」
意外と観察力があって驚いた。
ずっと武器を見続けてきて鍛え上げた力なのかな?
そういえば、ジャムパン持っていたのも目ざとく見つけられたっけ。
「大丈夫だよ。そんなことしても損するのは私なんだから」
「分かったよ」
確かに今更シャリーを疑っても仕方無い。もう俺とこいつは一蓮托生なのだ。
所持金が借金額に達しない限り、逃げても無意味なんだから。
「よーっし、これで今後も決まったし。エスト、今度は普通にトランプしよう?」
「なんでまた?」
「だって、私負けっ放しじゃん! せっかく初めて友達とトランプしたのに、一度も本気で遊べないなんてつまらないよ!」
そういえば、友達いないんだっけ。仕方無いな。
俺も長らくトランプで遊ぶことなんてなかったし、今日はとことん付き合ってやるか。
「ふっ、本気を出しても俺には勝てないぜ?」
「言ったなー!」
いつもより真っ当な夜を過ごせたのはお腹がちゃんと膨れていたからだろう。
まっとうなご飯が食べられる生活の安心感半端ないわ。
夜がどんなに暗くても安心していられるんだから。
○
とある城の中の玉座で魔王は満足そうに座っていた。
手元には支配領土が着々と増えている地図が広げられている。
すでに大陸の3分の1を制覇した。次はどこへ攻め込もうか考えるだけで、わくわくしてしまうのだ。
先代を超える力を手に入れた自分ならば、今までの魔王達がなし得てこなかった大陸制覇が出来ると信じ切っている。
「フフフ、アーハッハッハ」
そして、自分が全てを支配する妄想に笑いをこぼしていると、扉がバンと乱暴に開かれ、慌てて居住まいを直した。
「何事だ騒々しい!」
「すみません魔王様! ですが、火急の報せでございます!」
配下のキメラが息を切らせて部屋に入ってくる。なるほど、なにやら重大な報せらしい。
「何があった言うてみよ」
「勇者と思われる者がいる場所を特定致しました!」
「なんと!? ん? だが、思われる者がいる場所とは歯切れが悪いな。説明せよ」
「私が人間を攻めていたシュトーレン地方で謎のクレーターが一夜にして多数発生しました。襲われた私の配下がいうには七色に輝く光が天から地に降り注ぎ、同胞達が巻き込まれて蒸発したとのこと……。その光を発生させた主が誰かは分かりませぬが、私は勇者の仕業だと考えております。あの地区にはトリアールスという人間の国がございます。恐らく、その光を落とした者がいるかと」
「なるほど。よし、分かった。そのような力を持つ人間を見過ごすわけにはいかぬ。全軍を以てその国を滅ぼすとしよう」
「ははー! 魔王様が直接手を下してくださることに、地に還った我らの同胞も喜んでおります!」
出撃命令を出した魔王は笑いを抑えきれなかった。
雑魚をひねり潰すのにも飽きていた頃合いだったのだ。
歯ごたえのある相手が欲しい。
そして、その相手が勇者であれば決して退屈はしない。
まるで、古い友にでも会える日を待ちわびるかのように、魔王の心は躍っていた。