勝利の喜び
賭博屋で換金を終えた俺とシャリーは多分かなりイッタ笑顔を浮かべていたんだと思う。
獅子王決定戦で屋台街は前が見えないほどの人混みが出来ているのに、俺とシャリーの周りだけは人が避けてスペースが出来ているからな。
「ハハハ、シャリー……俺、こんな重い袋持ったこと無い」
「ふふふ、私もよエスト。これが人生の重みなのね……」
「フヒホヒハヒ」
「ウヘヒョヘホォーウ」
とても人が発してはいけないような笑い声が出ていたと思う。
ちなみに、賭博屋の親父はすごく渋い顔をしながらシャリーに金貨五百枚を渡した。
まぁ、俺が戦ったというより、シルフェが勝手に全部殲滅したからな。
おこぼれに預かりやがって。みたいなひがみだろ。
でも、そんなひがみすらも金貨五百枚の前ではかすんでしまっている。
そんな俺達の精神状態はまともである訳がなく、興奮のあまり全身が火照っていた。
「……シャリー」
「エスト、そんな切ない声を出さないで。……私だって同じ気持ちなのよ? 気持ちが揺らいじゃうわ……」
「だったら!」
「ダメ、ダメよ……。だって、私達にはまだ早いわ」
「そんなこと言わないでよ……俺達なら大丈夫だって」
俺もシャリーも分かっている。このまま進んでしまったら、もう後戻りは出来ないって。覚悟はあるのかって? 責任はとれるのかって? 身体と心は一度変わってしまったら、元に戻るのは難しいって。
「でも、シャリーのここ、すっごく濡れてる」
「エストだって……もう我慢出来ずにぬるぬるしてるよ?」
俺達は恥ずかしそうに顔を背けながら、そう言った。そして、高鳴る胸の鼓動を抑えながら、互いの抑えられない気持ちを吐露しあった。
「ちょっとだけなら……いいかな? 一回だけなら……俺のこの抑えられない気持ちを受け入れてくれるかな?」
「ちょっとだけ……だよ? 本当にちょっとだけだからね? 一回だけだからね? ダメだと思ったらすぐ止めてよ? 私だって怖いんだから……」
「シャリー……」
「エスト……」
俺達はもう一度顔を見合わせると、熱い抱擁を交わした。
それはまるで恋人達が自分の想いを確認しあうかのような、熱く強い抱擁だった。
「っしゃああああああ! 食うぞおおおおおおおお! 飯だああああああ!」
「肉! 魚! パン! お菓子! いいいいいっやあああああほおおおおおお!」
でも俺達が爆発させたのは愛ではなく、食欲だった。
濡れていたのはヨダレだ……。色気もくそもない。
でも、そうなったのは仕方無かったんだ。
俺達は屋台の前で足を止めてしまった。止まってはいけなかったのに、止まってしまった。
そして、目に飛び込んでくる美味しそうな食事。
焼き鳥、ケバブ、アイスクリーム、色とりどりのパン。
それが目に入った瞬間、俺達の心は負けた。そして、同時になる腹の虫の音が俺達の理性を破壊し尽くした。腹の虫の音は何か俺達の中で爆発した音なんじゃないかと錯覚するほどだったよ。
その結果は散々たる物だった。
「親父! こっからそこまで全部くれ!」
「あれ? お姉さん今の注文聞こえなかったの? 全部よ全部! 全部の味を出せって言ってるのよ!」
俺達は店に置いてある全種類の食べ物を買いまくるという暴挙に出ていた。
久々の真っ当な食事にテンション振り切って頭おかしくなっていたんだと思う。
ここ最近ずっとパンの耳と芋の日々だったからな。シルフェが何もくれなくなったし、本当に辛かった。
ちなみにこんなことをしたせいなのかな? それとも俺達の顔がよっぽど怖かったのかな? 店主達は怯え、客は逃げ、五件目くらいから近寄っただけで、お断りされた。酷い!
おかげでシャリーは泣きそうな顔をしていた。というか、よく見たら泣いていた。
そんなシャリーの手を引いて俺は人の少ない公園のベンチへと連れて行く。
「シャリー、もう泣くなよ?」
ずっと泣いていたシャリーを慰めるように声をかけてみたけど、彼女はただ身体を震わせながら山盛りになったアイスクリームをなめ続けていた。
まぁ、確かに買い物を怯えられて拒否されるとショックだよなぁ。これでも女の子だから人に怯えられるのは辛かったんだろうな。
「あー……俺の買ったケバブ一つあげるからさ」
「うええええん! おいしいよおおおおおお! もう二度と食べられないかと思ってたよおおおお」
「そっちで泣いてたのかよ!?」
今度は俺が泣きそうだった。もらい泣きなのか、俺の心配が全く明後日の方向だったのが悲しいのかは微妙なところだった。多分半々くらい。
「ぐすっ、ねぇ、エスト、ケバブくれるの?」
「ちゃっかり聞いてたのね……。あぁ、まぁ、もう、言ったもんは仕方無い。ほれ」
「エストもアイスクリームなめる? 涙が出るくらいおいしいよ?」
確かに何ヶ月ぶりかに食べたアイスはとても甘くて、キンキンに冷えていて、ボロボロになった身体に溶け込むようなおいしさだった。
確かに涙が出そうだった……。
「ケバブも美味しいね……」
「……だな」
二人して涙をポロポロこぼしながら、大漁のアイスクリームやケバブ、串焼きを頬張る姿はさぞかしシュールだったけど、外見なんて気にしていられないほど、俺達は真っ当な食事に夢中だった。
腹を空かせた犬の方がよっぽど行儀良く食べるんじゃないかと思うくらいだよ。
でも、どんな食べ方でも味は変わらない。犯罪的な美味さに、俺達の心と身体は驚くほど満たされていく。
だから、気がつかなかったんだ。
大切なことはいつだって前じゃなくて後になって気がつくものだと言われる理由が良く分かるよ。なくしたものはもう戻らないって。
「シャリー……俺達いくら使ったんだ……?」
「カラド金貨五枚使った……」
「俺も五枚使った……」
一食一人五万円という大散財を果たしたのだ。タガが外れた俺達はあっさりと豪遊してしまった。
何がちょっとだけならだ、って話しだ。しかも一回どころか複数軒回って買ったからな……。
しかも、意外と余らせてしまったという落ちがつく。まぁ、おかげで二、三日はパンの耳ともおさらば出来るから良いんだけどさ。
とはいえ、無駄遣いには変わりない。
その反省をしながら、俺達は一緒になってため息をついた。
今夜はちゃんと節約しないとな。
「シャリー、俺、屋台にはなかったけど、温かいスープが飲みたい」
「奇遇ね。私も麺が食べたかったと思っていたの」
「今夜は外食にしようか……?」
「同じ事を考えていたわ……」
最悪な以心伝心だった。反省はしても後悔はしない。お互いに食べる物が限られている分だけ反省している。
……詭弁でしかねぇ。
「い、いや、ダメよ! こんなんじゃ元手がどんどん減るわ!?」
「だ、だよな! 全く何を言ってるんだろうな俺達は……」
辛うじて残る理性を働かせて、自分を抑えてみるが、袋の重みと金貨の輝きが俺達の理性を溶かしていく。
その魔力に負けそうになっていると、シャリーがゲッ! と変な声を出した。
「随分とまぁ豪勢に食べているな。儲かっているのか? シャルロッテ」
身なりの良さそうな服装、黒髪に白髪が混じったナイスミドルなおじさんが、シャリーの名前を口にしながらこちらに近づいてくる。
シャリーは年上の友達しかいないと言っていたし、シャリーの知り合いかな?
「エスト! 逃げるわよ!」
「なんで!? 知り合いじゃないの?」
「知り合いよ」
「なら、挨拶した方が」
「あの人借金取り!」
「OK! 全速力だ!」
本当に俺達は最悪のコンビだった。
借金取りと聞いた瞬間、もう逃げる体制に入っていた。別に俺が借金をしているからという訳ではない。
今ここでシャリーの借金を取り立てられたら、俺達の元手が消える。
それだけは避けねばならない。
借りた金は返さないといけない。なんて言葉、俺は多分口が裂けてもいっちゃいけない人間になってしまった。