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連伊  作者: 現代和風
赤熱色の髪:司式栞
3/10

三話

 黄昏時の森を駕籠が疾走する。目先の木々を次々と折って弾き後ろへ飛ばす。けたたましい破砕音が鳴り止まず枝葉を震わせた。

 駕籠の中は激しく掻き混ぜられているかのようだ。振動、傾斜、回転。私は壁にもたれるのがやっと、あやめは丸くうずくまって堪え、少年などは転げ回ってしまった。明かりの小瓶が割れないよう足で止め、引き出しが飛び出しそうになるのをどうにか背中で押さえる。

 少年の話はこうだ。遠白山(とおのしらやま)領、白葉川沿いの寒村に近く盗賊が来るらしい。猶予は長くとも七日、恐らくもっと短い。男衆は戦いの準備を始めている。警邏に頼ればいいのではないかと問うと、『奴らは駄目だ。知らせるな』と止められた。村に武芸者はいないし武器もない。とても盗賊に対抗できるとは思えず、識神府の最寄りの町に腕利きの剣士がいるという噂を思い出して、助けを請おうと着の身着のまま駆けてきたという。

 少年の言う剣士には覚えがあった。彼にはあやめの式の鳩を一羽宛てている。私たちは一刻も早く村へ着くべく急いでいた。

 道中、舌を噛まないよう気をつけながら、話の中の気掛かりな点を尋ねる。

「なんで盗賊が来るのか、分かる?」

「わ、分かりません。奪われるほどのものは何もっ」

 少年が壁に打ち付けられながら答えた。

「もう一つ、警邏に言っちゃいけないのは?」

「それもです」

 少年も詳しいことは何も知らないという。更に聞けば少年は戦力としても数えられていなく、この話も元は聞かされないはずだったようだ。村長たちが集まって話をしていたところに偶然立ち入ってしまったらしい。

 その時、格子の外がぼおっと明るくなった。明滅し徐々に明るさを増す。少年が驚いて伏せた。

「な、何?」

「第二種妖精、火の玉の類。たぶん狐火(きつねび)っ」

 明るさはもはや熱を感じるほどになった。近づいている。明滅が乱れた。狐火が驚いて暴れているのだ。

「狐火は列をなす――しばらく揺れるよ!」

「来ます! 伏せて!」

 部屋が眩いほどとなる。

 そして衝突した。

 鈍く長い音とともに駕籠がぐらつき、揺り戻しでみしみしと音を立てる。立て続けに二度、三度。埃が降って星のように瞬く。

「うわぁっ! 大丈夫なんですか!?」

「第二種は力が強い代わりに制約が多いんだ。狐火は建物を破れない!」

 もとより雀駕籠は危険な夜の森を抜けるために作られた持ち運びの利く家だ。狐火のような曖昧な化け物を阻み、燃やされることもない。担ぐ牛頭馬頭も火の玉ごときではびくともしない。

 衝突はしばらく続いた。やがて狐火の列を離れ、激しい揺れは収まった。

 もうしばらくして駕籠が止まった。下駄を履き、霊光液の瓶を持たせ降りる。そこは森の断たれた岩場だった。急流が微かな星明かりを反射してちらちらと微かに光る。南へ下る白葉川の上流だ。近くに建物はない。

「しまった……! これは、ちょっと北に出てしまったみたいだね」

 南を見やる。ごつごつした岩場の傾斜はきつく、そのうえ、少し降りると高さ十間ほどの崖になっていた。白葉川は滝となって崖下に注いている。

 崖から見下ろすと、白葉川の右岸に沿ってぽつぽつと松明の赤い灯りが見えた。朧げながら人が争っているのが分かる。滝音に交じり鬨の声も聞こえてくる。既に村が襲われているのだ。

「そんなっ……」

 少年が崩れ落ちる。

 夜目の利くあやめが目を凝らす。

「装備までは見えませんけど……どうもまだ競り合っているみたいです」

 あやめの言葉はいくらか希望があった。まだ最悪の事態にはなっていない。まっすぐ行き着ければ間に合うかもしれない。急斜面を登り降りできない駕籠では遅い。

「私が止めてくる。あやめは駕籠ごと迂回してきて」

「分かりました。――おいでなさい、そして列をなせ」

 あやめは檜扇の木板の一つをなぞり、閉じて村の方を指し示した。暗がりに青白い式の火の玉が現れる。一つの火の玉は膨らんで揺らめき二つに分かれ、また一つ増え、村へ向かって一列に並び、続々と増えて一本の道を作った。

「もしかして、さっきの……」

「それとは別個体。この子は特別だよ」

 列の端の一つへ足を掛けた。冷たいぬかるみを踏みしだいたような感触だ。火の奥にははっきりした芯があり、体重をかけても落ちることがない。その次の火に足を踏み出し、火の玉の列を飛び石のように次々と渡り、村へと駆け下りる。

 村に近づくにつれ、朧げだった人影がはっきりと見えてくる。半着股引の村人、旅装束の盗賊、そして――事を知らないはずの警邏だった。暗い色の(かみしも)は間違いなく警邏の制服だ。それどころか、村人は盗賊と協力して警邏と争っているようにさえ見えた。状況が呑み込めない。

 争っていた人々の多くは狐火と私に驚いて戦うのを止めていた。あの人たちは後回しだ。これに気付かないほど熱中している戦場を探す。

 やがて川辺の広場にそれを見つけた。真剣を上段に構え松明を挟んで向かい合っているのが二人。他は遠巻きに見守り、一騎打ちの格好だ。

 狐火から飛び降り、砂利の足元に下駄を打ち付けるように走る。二人が袈裟に斬りかかる寸前、鋭く踏み込んで間に割って入り、両腕を広げ、静止した。

「そこまで!」

 二人に睨みを利かす。警邏、盗賊ともに金縛りにあったように動けない。

「剣を引いて」

 二人とも大人しく指示に従い刀を鞘に収め、柄から手を離す。

 ほっと胸を撫で下ろした。

「戦いは止めです。何があったのか、話を聞かせてください」

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