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連伊  作者: 現代和風
赤熱色の髪:司式栞
10/10

十話

 遠白山を発って宿場伝いの帰路に就き、雀駕籠の茅葺屋根も葺き直してもらった。二畳の部屋の暇な道中も旅の話で退屈せず、我が家に着いたのは満月の近い頃だった。

「お帰りなさいませ」

「ただいま。遅くなってごめんね」

 まだ日が残り月の登らない夕刻、玄関にて楡や他の二人に出迎えられた。およそ半月振りの我が家には少しの懐かしみを感じる。

「まずはお風呂にお入りください。その間にご夕食を用意いたします」

 楡の言葉に従って更衣室へ行き、あやめに服を剥いでもらって、裸になって風呂場へ入る。

 人一人分くらいの檜風呂に張られたぬるま湯にどっぷりと浸かった。木枠に頭を預け見慣れた天井を見ると、途端に旅の疲れが襲ってきた。お湯を掬って顔に掛けて眠気だけは追い払う。

 じっとしていると、外から薪の燃えるぱちぱちという音が聞こえてくる。時折新たな薪が投げ込まれるのも分かった。

 眠ってしまわないうちに上がり、寝間着を着せてもらってあやめと交代する。

 居間で出来合いの料理が並ぶのをだらだらと眺める。しばらくすると風呂上がりのあやめや、火の始末をしてきた実梅も居間に戻ってきた。実梅の小さな腕には鮭とばの束が抱えられている。

 食卓に着いて、楡が蝋燭に火を灯す。それでとばを炙り、鋏で一口大づつに切り分けた。

 皿に盛られてゆくとばの一つを、私と同年代の花芽がひょいと摘まんで口に放り込んだ。当然楡に咎められるけれど、花芽には気にした様子がない。咀嚼しながらいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 とばを口に含みながら花芽が言う。

「誕生会とやらはどうだったの? ……ですか?」

 とうとう楡に睨まれて、花芽は怯んだ後に言葉を付け足した。その様子に苦笑しながら応える。

「なかなか楽しかったよ」

 並べられた料理に手をつけながら、つらつらと旅の土産話を始める。話は弾み、両の掌を合わせて皿の形にした実梅や、そこにとばを取って乗せる楡も興味深げに聞いていた。特に実梅とあやめには自分も誕生会をやりたいと好評だ。

 夕食の後はすぐに床に就いて、翌朝、盛大に寝坊した。

 寝起きのぼけっとした頭で朝食を摂り、それからやっと慌てて身支度を始めた。普段は日の出に合わせて起きるらしいあやめも今日ばかりは二度寝してしまい、つられて私も起こされることなく眠り続けていたらしい。身支度を終えたら雀駕籠に乗りこんだ。

 山の中腹あたりの我が家を発って、つづら折れの山道を辿って麓の町に行く。 麓の盆地は賑わいのある宿場町の一つで、山交においては遠白山城下町に次ぐ活気を誇る。中央を走る街道だけでなく、交差して伸びたどこかしこの道も平らに踏み固めらる程の人通りだ。

 町の外れに駕籠を駐め、久方の曇り空の下をしばらく歩き、一角の診療所に赴いた。特段大きくも小さくもない平屋で、標識には蒔田診療所とある。

 診療所というのは名ばかりで、藪医者しかいないためお客さんは殆ど来ない。代わりに、副業として併設された塾には私のような人が通っている。医術よりも教えることの方がうまく、博識なのだった。

「お邪魔します」

 診療所に入り、下駄を脱いだ。あやめがそれと自分のものを下駄箱の定位置に入れる。

 ふと、あやめが何かに気がついたようだ。

「あれ? 新しい子でしょうか」

 言われて、私も下駄箱の一番左下に草鞋が入れられているのに気がついた。大人が使うには小ぶりだから、女子供のものだろう。

 私、というよりあやめがそうなように、履物なんて普段から同じ所に置くか、そうでなければその時々で使いやすい所に置くのが普通だ。左下隅なんて使いにくい所に入れる子はいなかったと思う。

 不思議に思いながら一室に入る。居間に長机と棚を置いただけの部屋には十人に満たないくらいの子供たちがいて、皆思い思いに過ごしていたようだった。私たちに気づいて声を掛けてきたり、あるいは視線を向けてくる。

 視線を向けてくるだけだった子供たちの中に、見憶えのない、いかにも大人しそうな女の子がいるのが見て取れた。歳の程は私より二つか三つ幼いくらいで、やはり長机の隅っこ辺りに本を広げている。

 その子の近くに歩み寄ってしゃがみ、話しかけてみる。

「はじめまして、私は司式栞って言います。君は?」

 女の子は警戒したように縮こまっていたけれど、やがておずおずと口を開いた。

首藤(しゅどう)咲那(さくな)です」

「咲那ちゃんか。――っと」

 ふいに咲那ちゃんがびくっと震えて、何事かと思えば、私の後ろからあやめが前屈みになって顔を出していた。

「こっちの獣耳はあやめ」

「こんにちは」

 あやめが微笑みかけるけれど、咲那ちゃんは怯えた様子を崩さなかった。

 その後も何度かあやめは咲那ちゃんに話しかけようとするも、やがて困ったように項垂れた。

「怖がられてるんでしょうか」

「もしかして、妖精には慣れてないのかい?」

 咲那ちゃんはこくんと頷いた。

 山交には第一種妖精も第二種妖精も多いから、ここで暮らす子供たちは自然と妖精に慣れ親しんでいる。けれど他の地域ではそうではない場合もあって、恐れや差別意識が根強いこともある。

 ここは大きな町なだけあって、稀に家族ぐるみで出稼ぎに来る人達もいると聞く。咲那ちゃんもそういった所から引っ越してきたばかりなのかもしれない。

 そうこうしていると、後ろから別の子に声を掛けられた。

「あっ。栞お姉ちゃん、あやめちゃんだっ」

 部屋に入ってきたのは実梅と同じくらいの歳の顔馴染みだった。髪が僅かに湿り気を帯びているのを見ると、もしかしたら外で遊んでいたところに雨が振り始めて戻ってきたのかもしれない。

「久し振りだね」

「うん、久し振りっ。どこに行ってきたの?」

「ちょっと遠白山までね。お城も見てきたよ」

「お城!?」

「うん。それで、誕生会というのをやってきたんだ」

 聞き慣れない言葉に興奮しているところに、家の女中たちにしたような旅行の話をしてやった。実梅もそうだったけれど、小さい子供には誕生会の話は受けがいいようだ。もう何年かすればこの辺りにもこの風習が広まるのかもしれない。

 一通り話終えて一息ついていると、咲那ちゃんに裾を引かれた。

「ん。どうしたの?」

「……なんでもない」

 咲那ちゃんは何か言いかけてやめたようだった。

 外の雨はいよいよ強くなり始めたらしく、庇や土に雨滴が弾かれる音が絶え間なく聞こえるようになった。旅の間中は強い雨はなくて、随分久し振りに聞く音だ。

 どこかで慌ただしく扉が開けられ、廊下を誰かが歩いてくる気配がした。

 現れたのはぼさぼさ髪から水滴を垂らす男だった。濡れた所を袖で乱雑に拭っている。腰には護身用の脇差を大小二本差していた。

「お久し振りです、蒔田先生」

「ん、栞さんですか」

 蒔田先生は私の顔を見るなり溜息をついた。どうやら機嫌が悪いらしい。

「せんせーっお久し振りー!」

「うん、お久し振りです」

 子供たちが蒔田先生に駆け寄っていった。口振りからするとしばらく会っていなかったらしい。

「蒔田先生も空けていたんですか?」

「どこかの誰かに呼び出されていまして。誰でしょうねぇ?」

「……あー」

 嫌味な言葉でやっと思い出した。盗賊がどうとかというごたごたの時、真田という少年が蒔田先生を探していて、代わりに鳩を飛ばして呼んでいたのだった。すっかり忘れていた。

「全く、散々でしたよ。貴女が事件に巻き込まれたと思って駆けつけてみれば、貴女たちはもう行ったという話です」

「うぐ」

「そしたら今度は僕が別の事件に巻き込まれて時間を食って、どうにか後を追って帰ってきたらちょうど雨に振られてこのざまですよ」

「本当にすみませんでした……」

 頭を下げる。とんだ手間をかけさせてしまったらしい。

 遠巻きに見ていた咲那ちゃんが子供たちの輪に近寄ってきて、小さな声で蒔田先生に問いかる。

「事件って……?」

「おや、君は?」

 蒔田先生が首を傾げた。

「首藤です。首藤咲那」

「首藤、ですか。……ふむ」

「それで、事件って……」

 咲那ちゃんが身を乗り出して改めて尋ねた。それに蒔田先生が答える。

「まず、盗賊騒ぎがあったようでしてね。その時に僕が呼ばれて、馬を借りて急いで到着したちょうどの頃に殺人事件があったんです」

 突然出てきた物々しい言葉に驚いてしまった。

「――殺人事件ですか?」

「うん。最初は僕が犯人だと疑われてしまって、それで拘束されて。もっとも、死因が死因でしたし、直前に殺人鬼の噂もあったのですぐに冤罪だと分かってくれたんですが」

 万が一に備えての逮捕ということだったんでしょうかね、と蒔田先生は言った。

 蒔田先生の話したことには、どこか嫌な感じがした。どうしてか冷や汗が流れ、思わず唾を飲む。

「……どういった事件、だったんですか?」

 尋ねると、蒔田先生顔をしかめた。

「子供の前で言うのもどうかと思いますから、一応廊下で」

 蒔田先生に連れられ廊下に出たのは私とあやめ、咲那ちゃんだった。蒔田先生は咲那ちゃんを部屋に戻そうとするけれど、咲那ちゃんは聞かなかった。神妙な顔だ。

 諦めたように息を吐いて、蒔田先生が話す。

「絞殺死体ですよ。恐ろしく強い力で絞め付けられたとかで、よほど惨たらしく殺されたのか、死体のどけられた跡の地面が朱肉でも落ちたように染まっていました」

「その、殺されたのは」

「年端もいかない少年だと聞きました。村長のお孫さんで、好奇心旺盛だったとか……。本当に、酷い話です」

 嫌な予感はいよいよ現実となって、咲那ちゃんが力なく呟いた。

「……嘘だ、嘘でしょ、真田くん」

 その少年には憶えがあった。


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