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動物たちのお仕事

狼の郵便屋さん

作者: 佐々森渓

「あおおおおん。あおおおおん」


 今日も、誰もいない街に狼さんの寂しそうな遠吠えが響きます。

 狼さんはみんなと仲良くしたいと思っているのに、街には誰もいません。

 みんな狼さんを恐がって、家に篭もっているからです。


「あおおおおん。あおおおおん」


 だから今日も、狼さんは一人寂しく誰もいない街を歩くのです。


 そんなある日の事でした。

 狼さんがいつものように誰もいない街を歩いていると、珍しい事に道端で小さな女の子が泣いていました。

 話し掛けたら、逃げられるんだろうな。逃げられるくらいなら、話し掛けない方がいいんだろうな。そう思って女の子の側を通り抜けようとしました。

 けれども、やっぱり泣いている女の子は見過ごせません。


 狼さんは恐る恐る女の子に話し掛けました。


「どうかしたの?」


 女の子は真っ赤に腫らした目で狼さんを見ました。


「お母さんが、お母さんが大変なの」


 人に話し掛けて逃げられなかったのは初めての事でしたから、狼さんはびっくりしながら聞き返します。


「大変じゃ、よくわからないよ」

「えっと、えっとね……」


 女の子はたどたどしい口調で、説明を始めました。

 なんでも何日か前、お母さんが家事の最中に倒れたのだそうです。酷い熱で、お医者さまを呼んで診てもらいましたが、とても珍しい病気だとかで、治すにはある薬草が必要なのだそうです。

 けれども、その薬草は遠くの山に生えていて、今から採りに行ったとしても間に合わないのだとお医者様は言ったのだそうです。


「だから……だから、もうお母さんに会えなくなっちゃうって思ったら、悲しくて……」


 女の子はまた泣き出してしまいました。


 話を聞いてしばらく考え込んでいた狼さんは言いました。


「……その薬草があれば、お母さんは治るんだね?」

「うん……お医者さまはそういってた」

「それじゃ、僕が採りに行くよ!」

「狼さんが……?」

「うん、僕なら足も速いし、あっという間に採ってこられるから」


 そう言って狼さんは足をぽんぽんと叩きます。

 女の子の顔がぱぁっと明るくなりました。


「それじゃあ……お願いしても良い?」

「お安いごようさ!」


 あ、でも、どんな薬草なのかわからない、と狼さんは言いました。

 いくら足が速くても、どの薬草を採ってくればいいのかわからなければどうしようもありません。

 良い案だと思ったんだけどな、と狼さんが頭を抱えていると、

「お医者さまに訊いてくるね!」


 そう言って女の子はすぐ近くの家に走っていきました。

 しばらくして、女の子がお医者さまを連れて戻ってきました。

 お医者さまは狼さんの姿を見てとても驚いた様子でしたが、すぐに真剣な顔で言いました。


「君が狼君だね。薬草を採ってきてくれるとか」

「はい。任せて下さい」


 狼さんは自信満々に胸を叩きました。

 それを見て、お医者さまは薬草について説明を始めました。

 狼さんはその一つ一つを忘れないようにしっかりと覚えていきます。


「わかるかな?」

「大丈夫です! それじゃ行ってきます!」


 狼さんは大きく頷いて走り出しました。

 街を飛びだした狼さんは、川を越え、森を越え、あっという間に目的の山にたどり着きました。

 山にはたくさんの草が生えていました。どれも似たような形をした草でしたから、狼さんは間違えないように慎重に、慎重に目的の薬草を探し始めました。

 探し始めてから数時間、薬草はぜんぜん見つかりません。

 もう誰かが採って行ってしまったのでしょうか。

 諦めかけたその時です。お医者さまの説明にぴったり当てはまる草を見つけました。


「これだ! これで助かるぞ!」


 飛び上がるほど喜んで、大切に大切にその草を摘みました。

 落としたりなんかしないよう、しっかりと握りしめて、狼さんは急いで街へと戻ります。


 早く、早く、この草をあの子に届けてあげないと。


 狼さんは必死で走りました。

 その甲斐あってか、来るときよりも早く街に戻る事が出来ました。


「戻りました! これですよね!」


 摘んできた薬草をお医者さまに手渡しました。

 お医者さまは予想以上に早く戻ってきた狼さんに驚いていたようですが、すぐに真剣な顔になって女の子の家に入っていきました。

 それから、狼さんは生きた心地がしませんでした。女の子も不安なのか狼にしがみついています。


「お母さん……助かるかな」

「大丈夫。お医者さまが治してくれるよ」


 そうは言うものの狼さんも心配でいてもたってもいられません。思わず吼えてしまいました。


「あおおおおん。あおおおおん」


 女の子はそれにビックリした様子でしたが、泣き出したりはしません。ぎゅっと両手を握り締めて神様に祈ります。

 そうして一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、三時間が過ぎ……太陽が東の空を明るくし始めた頃です。

 ぐったりとしたお医者さまが家の中から出てきました。とても疲れている様子でしたが、その顔は達成感に満ちています。


「ふぅ……なんとか峠を越えたよ。もう大丈夫、お母さんは助かったよ」

「本当に!」

「本当ですか!」

「ああ……これも、狼君のお陰だ」


 その言葉に、女の子の顔がぱぁっと明るくなります。

 狼さんも嬉しくなって女の子を抱きしめました。


「やったぁ! やったぁ!」

「やったね! やったね!」


 二人の嬉しそうな声が、うっすらと明るくなった街に響きます。


「狼君がこんなに良い人だったなんて知らなかったよ……そうだ! 狼君。君、郵便屋にならないかい?」


 お医者さまの突然の申し出に、狼さんは困惑してしまいました。


「僕が……ですか?」

「ああ、君の脚なら郵便をすぐに届けられるし、急ぎの荷物を取り寄せるときも君ならすぐ取ってこられるだろう?

 それに……郵便屋になれば、きっとみんな君の事を見直してくれる」

「本当ですか!?」

「ああ! 君は、もうひとりぼっちで泣く事はなくなるんだよ!」


 お医者さまはそう言って狼さんに郵便屋になる事を勧めます。けれど、狼さんは不安でなりません。


「……でも、僕なんかが郵便屋さんで大丈夫なのかな」


 その不安を拭うように、女の子は言いました。


「うん! 狼さんなら大丈夫だよ! だって、狼さんはお母さんを助けてくれたんだもん!」


 女の子の言葉に、とうとう狼さんも安心しました。


「それじゃ……僕、郵便屋になります!」


 こうして、ひとりぼっちだった狼さんは郵便屋さんになりました……。



「あおおおおん。あおおおおん」


 今日も、街に狼さんの遠吠えが響きます。

 けれど、昔のように街は静まりかえってはいません。人々は家から出て今か今かと郵便が届くのを待っているのです。

 狼さんは嬉しそうにもう一度吼えて、街へと降りていきました。


ここまでお読みくださって、ありがとうございました

この物語を気に入っていただけたなら幸いです


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