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29日(7日目)

 下北半島サル調査、最終調査。

 今日の相方は一昨日の夜に到着したH大のナベ。

 ガタイが良く、ひょいひょい山を登れそうな外見だが、なんと山自体が初めてだという。

 初山がこんな雪山とは、何と言うど根性。

 まあ僕もまともな調査は下北が初めてだったわけだけど。


 ともかく。


 昨夜の作戦会議で、牛滝方面は完全に諦める方針に固まり、その手前の福浦川目線と呼ばれる地域の周辺を探ることとなった。

 そして林道を二人で歩いている時だった。


「……ん?」

「どうしました?」

「何か聞こえない?」


 遠くの方から、何かが騒ぐ甲高い声が聞こえた気がした。

 久しく耳にしていない……この声は……。


「えっと、鳥ですか? 俺、あんまり鳥は詳しくないんですけど……」

「いや……これ、鳥じゃねえ! 行くよ!」

「あ、ちょっ!」


 ナベを置いて走る。

 比較的雪が少なく、走るにはさほど苦労はしなかった。

 そして曲がりくねっている林道を左に折れたところだった。


「いたっ……!!」


 林道に沿って流れる沢。

 その対岸の斜面を騒ぎながら走り抜ける二つの茶色い毛玉。


「いたって、何が……あ!」


 追いついたナベも気付いたらしく、僕の視線の先にある物を凝視する。

 しかし調査最終日にしてようやく見つけたその二匹のサルは、あっという間に尾根の向こう側に消えて行ってしまった。


「早くて見えなかったけど……若いオスザルだった気がする」


 双眼鏡で覗いた時、睾丸が見えた……気がする。

 体躯的にもオスだと思うんだけど……。


「ナベ、場所と時間メモっといて。あと、ヤングアダルトオス2って」

「了解です」


 野帳を取り出してメモを取るナベ。

 その間に僕は林道の先を双眼鏡で覗く。

 もしかしたら群れで沢を渡ってる最中だった可能性がある為、いつでも出てきてもいいようにしばらくこのままで待機。

 ……だが。


「……来ないな」


 その後30分ほど待ってみたが、目視どころか鳴き声すら聞こえなかった。

 ひょっとしてさっきの2匹が渡り終わりだったのかな。

 まあ、それならそれで。


「少し登るよ。たぶん林道を横断する形で足跡が残ってるはずだからカウントしよう」

「はい!」

「目指せフルカウント」


 二人で再び登り始める。

 そして案の定、林道にはたくさんのサルの足跡が残されていた。

 それも真新しいものばかり。

 やはり朝からさっきまでの間に沢を渡ったとみて間違いはなさそうである。


「40……いや、45+αってところかな」


 カウント終了。

 結構重なってたり行ったり来たりしている個体もあって定かではないが、少なくとも45は超える結構デカい群れのようだった。

 さて……カウントが終わったら……。


「ナベ」

「はい」

「予定変更。最初は林道をテキトーに散策するつもりだったけど」

「…………」

「変なとこ入るよ」



       *  *  *



「ふう……結構登って来たな」

「…………」


 時計で確認すると20分くらいか。

 サルの足跡を追ってゴリゴリと斜面を登ってきたが、意外と歩きやすかったな。


「でも進むごとに足跡が減ってくな……木も多くなってきたし、登られたかな」

「…………」


 できたら目視でフルカウントしたいところだけど、この様子だと尾根の向こう側どころか海の方にまで行ってるかもな。


「……ところで、ナベ」

「……はい……」

「大丈夫?」

「……なんとか……」


 やはり初心者にこの斜面はヤバかったかな。

 結構黙々と着いて来れてるっぽいから、僕もさほど気にせず歩いてきたけど……止まると息が上がってるな。


「ほらほらもう一息。そこのでかい沢に繋がる尾根まで行ってみようぜ」

「……はい……」


 水筒を取り出して温かいお茶を飲むナベ。

 それで一応の回復は見せたようで、再び足取りもしっかりしてきた。


「…………」

「…………」


 ……のだが。


「……これは……流石に無理だろ」

「足跡も消えましたね……」


 調査を再開してものの数分。

 足跡を追いかけると、沢と呼ぶにも烏滸がましい急斜面と、そこに所狭しと生える木々が行く手を邪魔していた。

 さらに言うなら、サルの足跡がここで途切れている。


「どうします?」

「うーん……」


 これが相方がM生やシッポだったら間違いなく行くところだ。

 あるいはJINさんやU坂さんだったら、無理やりにでも連れて行かれるんだけど……。

 しかし今日一緒にいるのは山初心者のナベ。


「戻ろう。時間的にもそろそろ良い感じだし」

「了解です」

「林道に出たら一回登れるところまで行って、それから集合場所に向かおう。それでちょうど車が来るはず」


 サル如きに命を懸ける必要はない。

 H浦さんの教えは絶対だ。



       *  *  *



「山大! でかした!」


 その日の報告会。

 僕達の報告を聞いて、H浦さんが嬉々と笑う。


「場所と時間から考えて、おそらく大鈴木が反対側の国道で目視した群れと同じ群れだろう。そこでは13頭しか目視できなくて群れ全体の数は分からんかったんだよな」

「そうなんですか?」

「それが足跡でほぼフルカウント! よかったな、最後の最後に結果が残せて! あっはっは!」

「……うっす」


 やっぱり褒められると嬉しいもんだね。

 この日の報告会は1週間の調査の総括となった。

 今日僕たちが担当した福浦川目線以北の地域のサルの群れは、ほぼフルカウントないし、大よその頭数と動向は見当がついたという。

 しかしやはり、牛滝方面でのデータがほぼ皆無であったところは痛い。

 夏に地元有志が行った調査や植生の状況を踏まえた考察の結果、東部のまだ僕たちが足を踏み入れていない区画に餌を求めて入って行ったのではないかと言う意見に落ち着いた。

 さすがに冬にそっちまでは行けないため、夏の調査に期待することとなった。


「さて、難しい話はここまでだ!」


 総括が終わり、パンッと手を打つH浦さん。


「今年も一週間お疲れ! また来年も来てくれよ!」

『『『うぇ~い!』』』

「それじゃあ飲むぞ! 乾杯!」

『『『乾杯!』』』


 今夜でこの面子とは飲み収めとなる。

 残った食材をひたすらツマミへと変えていき、酒瓶を空にし、語り合う。

 また来年も来ようだとか、今度行く別の調査に誘ったりだとか、話題は尽きない。


「山大、お前、来年どうするんだ?」


 H浦さんが酒瓶を片手に話しかけてきた。

 ありがたく、コップに注がれた日本酒を一口飲んでから答える。


「もちろん来ますよ。卒論があるからフルは厳しいですけど。でも何とか目途をつけて後半だけでも参加したいです」

「あんまり無理すんなよ」


 嬉々と笑うH浦さん。

 いやはや全く。

 1年生の時、先輩に半ば無理やり連れてこられたのがとても懐かしいね。

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