28日(6日目)
「山大」
「はい、何ですか? H浦さん」
「お前に非常に楽しい情報だ」
「はい」
「昨日までで、サルを見てないのはどうやらお前だけらしいぞ」
「…………」
そんなこんなで6日目の28日。
僕は再び牛滝方面に派遣されていた。
というのも、今年の調査では牛滝方面でサルの痕跡が全くと言っていいほど見つかっていなかったためだ。
2日目だか3日目に大鈴木さんが1頭のハナレ(群れから離れて単独行動しているオスザルのこと)の足跡を発見したくらいで、他の情報が皆無だった。
そこで、佐井班の戦力を牛滝に集中させ、サルの痕跡を洗い出そうという作戦だ。
ちなみに、今回の僕の相方は初調査以来2回目となるO森君。
二人でサルの痕跡はないか、林道を歩いている時だった。
「……ん?」
「どうしました?」
雪交じりの風に混じって、微かに人工的な音が聞こえたような?
最初は車のエンジン音かと思ったけど、こんな雪深い場所を車が通れるはずがない。
「近づいてくる」
けれど、そのエンジンらしき音はどんどん大きくなってくる。
何となく二人で林道のわきに避けて待っていると、音の正体が猛スピードでこちらに来るのが見えた。
「お、スノーモービルじゃん」
雪を巻き上げながら走ってくるスノーモービル。
乗っているのは、温かそうな帽子にサングラス、そして蛍光オレンジ色の派手なジャケットのおっちゃん。
「こんちはー」
「「こんにちはー」」
おっちゃんは僕らに気付くとスノーモービルの速度を落とし、停止して挨拶してきた。
あ、走っている時は気付かなかったけどこの人、猟友会の人か。
肩から散弾銃が入っていると思しき長い袋をぶら下げている。
「シカ撃ちですか?」
「まあそんなとこ」
獣の入った袋を持ち上げて笑う猟師のおっちゃん。
「そちらさんは?」
「あ、僕ら今、サルの調査してるんです」
「サル……ってえと、佐井だっけ? 今時期調査してるのは」
「はい」
「へえ! わざわざこっちまで、ご苦労さん」
「いえいえ」
「でも最近、この辺にサルいねえんだよなー。足跡すらほとんど見ない」
「え、そうなんですか?」
「おう。この前そこの山を一つ超えた辺りでハナレの足跡を見たけど、雪も降ったし、もう消えちまってると思うぞ」
「え、そこってどの辺ですか?」
地図を出してきて猟師さんと情報の交換をする。
なお、以上の会話は全て方言で行われていたため、O森君はポカンと口を開けて黙って見ていた。
何かゴメンネ。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「はい。お気をつけてー」
一通り情報交換を済ませ、猟師さんと別れる。
再びスノーモービルで走り出したその背中を見送りながら、僕はO森くんに愚痴をこぼす。
「……どうしようか。思いがけず、この辺にサルがいなくなったことが判明したわけだけど……」
「ですね……」
「とりあえず、歩こうか」
「はい……」
いないことの確認は、それはそれでとても大事。
調査員のテンションは急降下しちゃうわけだが。
* * *
まあ当然、サルなんていなかったわけだが。
調査を終え、迎えの車が来るのをマイナス5℃以下、吹きっ晒しの国道沿いで吹雪の中、O森君と交代で、今は少なくなってきた電話ボックスに入り吹雪を凌ぎながら待っていた時のこと。
やることもなく待っているのもアレなので、というか、止まってるとどんどん体温が奪われていってヤバかったので色々散策していたら、近くに何やら石碑が立っているのに気付いた。
何やら文字が彫り込まれているようだが、どうも石が湿って読みにくくなっている。
「しゃーない……」
雪を石碑に擦り付け、文字の溝に雪を埋めていく。
これで読みやすくなったろ。
「えーと、なになに?」
石碑の内容は、ここ牛滝集落の発祥について記されていた。
何でも、牛滝集落は元々は別の場所にあり、戊辰戦争で逃げ延びた会津藩の藩士とその家族によって開墾された土地であったらしい。
開墾は困難を極め、苦しい生活に耐えきれずに逃げ出す者や飢え死にする者もあったらしい。
だが残った者は数十年の努力の末、何とか人が住める程度には牛滝の地を豊かにすることができたそうな。
しかしその後、戦争に伴う近代化により、開墾した土地はダムの底に沈むことが政府の命により決定してしまった。
住民たちは反対したが、どうすることもできず、泣く泣くご先祖様が開墾した土地を捨て、今この石碑が立っている場所に移り住んだのだそうだ。
その時の無念を忘れることがないように、この石碑を立てた、とのこと。
「何だかなー……」
悲しい話だねぇ……。
石碑の内容にしんみりしていると、遠くから車がやってくるのが見えた。
やれやれ、ようやく到着か。
「……あれ?」
「ん?」
僕たちの前に停車した車の運転手は、H浦さんだった。
おかしい、僕らを迎えに来るのは大鈴木さんだったはず。
というか、車はすでにギッチギチの満員だった。
「山大、迎えはまだか」
「そうなんですよ……結構待ってるんですけど……」
具体的には1時間くらい。
「そうか、悪いな。この車、すでに満員なんだ」
「ですよねー。……タッチー」
「はい?」
暖房の効いた車内でうつらうつらしているタッチーに声をかける。
「代われ」
「酷い!?」
「わはははは!」
車内にH浦さんの笑い声が響いた。
さすがに1年生を車から追い出して乗り込むのも酷い話なので、僕らはもうしばらく待っていることにした。
大鈴木さんが到着したのは、それからさらに20分後だった。
* * *
調査を終え、風呂から戻ると見覚えのある人が増えていた。
「「「N村さん!!」」」
「よう! 久しぶり」
「遅いですよー!!」
「ボクたちがどんだけ苦労したと思ってんですか!」
「やっぱりN村さんじゃないとどうにもならないんですよ!」
「……またT中さん何かやらかしたのか……」
さすが、T中さんなんて言ってないのに察してくれた。
「僕らなんか取っ組み合いにまでなって……」
「でも負けて、すげえ悔しかったっす……」
「んなもん、思いっきりぶっ叩いてやりゃいいんだよ。どうせあの人翌朝には忘れてるし」
本当に容赦ないなこの人。
「そうそう、皆にお土産。数少ないから、先着順な」
「? 何ですか?」
ゴソゴソと鞄をあさるN村さん。
そして小さな缶を取り出し、中身を僕らに見せてくれた。
「カミキリムシの幼虫」
「「「マジか!!」」」
結構な高級食材じゃなっすか!!
カミキリムシの幼虫は、ゲテモノ食いの間でも結構有名な代物なのだ。
特にシロスジカミキリの幼虫は国産のカミキリムシの中ではかなり大きく、味も絶品らしい。
残念ながら、N村さんが持って来てくれたのはシロスジではなさそうだが。
「食べる人!」
『『『はいはいはい!!』』』
5匹のカミキリムシの幼虫に8人が群がった。
「どうする、3人食べられないぞ」
「いや、それは流石に可哀想だろ」
「一度この5匹を半分に分けて、ジャンケンで買った奴が余った分を食べる感じにする?」
「それだ!」
いそいそと参加者が厨房に集まる。
ザルに幼虫をあけ、軽く水洗いした後にフライパンに薄く油を引き、炒める。
既に大半が死んでいたが、1匹だけ生きており、炒めた時――いや、描写割愛しておこう。
「よし、出来たぞー」
『『『おー』』』
ほんのりキツネ色に染まったカミキリムシの幼虫。
それを包丁で半分に切り分け、とりあえず全員摘まむ。
「それでは、いただきます!」
『『『いただきまーす!』』』
みんな一斉に口に放り込む。
「あ、美味い!」
「結構いける!」
味は中々にクリーミー。
もっとプチッと汁っぽいのかと思ったけど、液体っぽいのは表面の薄皮のすぐ下に濃厚なミルクがあるだけで、ほとんどが意外と歯ごたえのある芯の部分で占められていた。
何だろうこの歯ごたえ……クミクミ? モチモチ? どうも言葉では言い表せないな……。
けれどとりあえず、美味いということは確かだ。
「さて、残り2切れだが」
「思ったより好みじゃないから譲るよ、って奴はいる?」
『『『…………』』』
だーよな。
皆食いたいもんな。
指をぽきぽき鳴らしながら、みんな好戦的に笑っている。
「それじゃあ行くぞ!」
『『『じゃんけん!!』』』
『『『ぽん!!』』』
……あ。
「勝者! M生とタッチー!」
「いえーい!」「やった!」
こいつら……。
「山大さん、同じG大としてどう思います?」
「先輩を差し置いてN村さんのお土産を奪い取るなど、無礼千万ですな」
「山大さん、勝負とは時に残酷なのですよ!」
美味しそうにカミキリムシをつまむM生の笑顔がクッソムカついた。