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25日(3日目)

 T田さんを覚えているだろうか。

 2年前、つまり僕が1年生だった頃に調査に参加していた、小柄だけどすっごいパワフルな女性だ。

 自分の体格と同じくらいはあるザックを背負って崖をひょいひょい下って行くなど、僕が組んだ時だけでも凄まじい伝説を見せつけてくれた方ではある。

 しかし去年もそうだったが今年も仕事が忙しいらしく不参加だった。

 今年も参加できなかったお詫びのつもりなのか、T田さんからお土産が送られてきていたのだ。

 おそよ20キロほどのシカ肉である。



       *  *  *



「そう言えばT田さんって今何してるんですか?」


 その日の調査報告書をH大のヤギ君に書かせ(調査結果は聞くな)、僕はシカ肉が入っていた段ボールに同封されていた絵葉書を読んでいた。

 そこには今年も参加できなくてすまないという謝罪と、シカ肉を送るからこれで食費を浮かせて酒を買ってくれ、という旨が記されていた。

 さっすがT田さん分かってるぅ。


「T田さん? なんか北海道でツアーガイドっぽいことしてるらしいよ?」

「っぽい?」


 僕の呟きを聞いた大鈴木さんが答える。


「なんですか、ぽいって」

「何でもハンターも兼業してるらしい」

「……………………」


 どんだけハイスペックなんだあの人。


「T田さん? そう言えばこの前雑誌で見たよ」

「はい?」


 と語るのはT中さん。

 何でも、偶然本屋で立ち読みしたハンティング系の雑誌のインタビュー記事でT田さんが出ていたらしい。

 北海道でツアーガイドしながらハンティングする女性ハンターとか何とか。

 そう言えば絵葉書にも「私が撃ったシカではないですが」ってあったっけ。

 あれって、ツアー客が撃ったものを貰ったってことかな。


「相変わらず色々とすごい人だなあ……」


 でも一番すごいのは……シカ肉に同封した絵葉書の写真が可愛らしいバンビということだろう。

 何でこの写真選んだし。



       *  *  *



「と、言うわけで。今ここに大量のシカ肉、およそ20キロがあります」

「「「おー」」」

「T田さん曰く、撃った日付から計算すると、常温保存で今日から調査終了日くらいまでに良い感じに熟成されて一番美味しい時期に差し掛かるそうです」

「「「おー!」」」

「ので! 今日はシンプルに焼肉にしようと思う!!」

「「「いぇぇぇぇぇえええええい!!」」」


 テンションが上がる厨房班。

 シカ肉はロースが12キロ、モモ肉が8キロくらいある。

 ロースを焼肉に、少し筋張っているモモ肉は後日シチューかカレーにしようと決定。

 別にもう少し凝った料理にしても良かったんだけど、焼肉って準備楽だし。


「んじゃ、ロースを適当に切り分けてー。手隙の者は野菜を頼むわー」


 指示を出して僕も肉の準備に取り掛かる。

 と言っても、4つに切り分けたロース肉を4人で分担して薄く切るだけなんだけど。

 ま、素人だし、凍ってもいないから店で出すように極薄に切り分けるなんて無理なんだけど。

 そこはご愛嬌ってことで。


「おう、結構美味いねー」

「意外と臭くないんですね」

「思ったより硬くないー」

「てか安い牛肉より断然うめえ!」


 厨房の棚に眠っていたカセットコンロを引っ張り出してきて居間で焼いて食う。

 鉄板があればよかったんだけど、フライパンで我慢。

 初シカ組の反応も上々。


「このシカ肉を送ってきてくれたT田さんに感謝!」


 僕はシカ肉初めてじゃないけど、これは美味い。

 前に食べたのは筋が半端ないモモ肉で、硬くて煮込むしかなかった。

 それはそれで美味かったんだけど、やっぱロース焼肉は格段に美味いっすなあ。



       *  *  *



「さて」


 本日は12月25日である。

 クリスマスである。

 本来、クリスマスを祝うのはイブの夜と相場が決まっているのだが、ここ下北では24日は風呂の日であるため、ケーキを作る時間的余裕がない。

 むしろ風呂の帰りにスーパーに寄ってスポンジやらクリームやらを買っておき、翌日に作るというのが効率的である。

 実際去年までもそうして来ていたし、今年もそのつもりだった。

 ……のだが。


「まさかスポンジが売り切れていたとは……」


 昨日の買い出し班が風呂帰り御用達のスーパーに行くと、スポンジが綺麗さっぱり売り切れていたのだ。

 まあクリスマスイブだし、なくなってしまうのも分からんではないが。

 一部の者は「去年までと違って女子が増えた大間班が買い占めたに違いない何てふてぇヤロウドモだ!」なんて酔った勢いで吠えていたが、んなアホな。

 ともかく。


「スポンジがないからって、代わりにソフト食パン買ってくるか……? 普通……」

「だってこれならいけると思ったんですもん」


 そう語るは買い出し班だったM生。

 8枚切りのソフトな食感が売りの白っぽい食パンを3袋買ってきてドヤ顔しやがる。

 うぜぇ……。


「で? どうすんのコレ。正直僕はもう疲れてケーキ(?)作る気力はないんだけど」

「じゃあボクらがやりますから、山大さんは向こうで酒でも飲んでてください」


 と、焼肉の準備と並列作業で作っていたクリームをカシャカシャしながらM生たち2年生が躍り出る。

 まあいつまでも僕がしゃしゃり出ても厨房を引き継ぐ人材が育たないし、いっか。


「で、どうする?」

「G大じゃケーキを作る時は――」

「お、何それ面白そう」

「どうせならもっと――」

「おー」


 ……何か不安だ。


「あいつら大丈夫か……?」


 結局、酒もそこそこに気になって厨房に戻ってきt―—



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



 おうちょっと待てや。


「遊ぶなや!?」

「「「えー」」」


 こっちの四角いのは食パンの形状の問題上仕方がないとして(なんかサイコロみたいになってるのはスルー)、そっちのピラミッドみたいなのは酷いだろ!?


「でもこうしないとクリーム余っちゃうんですよ」

「詰めるの!? その隙間にクリーム詰めるの!?」


 知ってたけどバカだこいつら!

 てか誰が食うんだよそんなクリームだらけの食パン……。

 去年はオチさんがジャンケンで負けて生クリームで胸焼けしそうになりながら残ったケーキ食ってたけど……。



挿絵(By みてみん)



 ほんと何だよこれ……。

 なに? 横に書いてるの、Merry Christmasのつもりか?


「まあ今年は人数多いし、残ることはないんじゃないっすか?」

「そうだといいな……」


 僕は食いたくないけど……。


 結局、僕はパン一切れ食っただけで厨房に引っ込むこととなった。

 変な材料は使ってないから別に味は良かったんだけど、なんか色々と去年のオチさんみたいになりそうだったから逃亡した、と言ってもいい。

 まあ単純に、明日大間で開かれる予定の懇親会に持っていくおでんを作らなきゃいけなかったってのもあったんだけどね。

 ってか、誰か手伝えやおでん作るの。


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