23日(1日目)
2013年12月23日。
12時30分。
盛岡駅。
「うっす、M生」
「あ、山大さん」
「あれ? M生だけ?」
「いえ、N里さんとタッチ―はご飯買いに行きました。S濱さんはまだ。あ、ナベの奴は別行動です。なんか用事があるとかで今弘前にいるらしくて、そっから自力で下北駅まで行くそうです」
「あ、そうなん。弘前から下北って地味に遠いな。この時期フェリー出ねえし」
背負って来た巨大な60Lザックを下ろし、一息つく。
M生と雑談をしながら、僕は「今年もこの季節が来たのか」と何気なくメールに添付されてきた今回の参加者名簿を眺める。
「そう言えば今回はN大のビッグボイスも小鈴木も来ないのな」
「T大のヨネさんも来ませんよ」
「あいつら……」
3年世代が僕だけじゃないか。
去年来るって言ったじゃんかー。
「3年世代にはシッポさんがいるじゃないですか」
「あいつ今年も大間だろ。しかも後半からの参加だし。そう言えばここに来る途中でシッポと会ったぞ。何か暇そうだった。何で来ないし」
「え、ひょっとして、ボクがすれ違ったのってシッポさん? 誰かと一緒にいました?」
「それそれ。だぶん合ってる」
あれこれ喋っているうちに、昼食を買いに行ったN里とタッチー、そして遅れてS濱が合流。M生によると、駅合流はこれで全員らしい。
「意外と少ないな」
「まあ途中参加者が多いんで今年は」
「こんなもんかー。あ、そだ。今のうちに双眼鏡貸出とくわ」
僕は荷物を漁り、ここに来る前に研究室から借りてきた双眼鏡を4つ取り出す。
「山大さんもすっかりあの研究室の仲間入りですねニヤニヤ」
殴りたい、この笑顔。
「甚だ不本意ながらな。双眼鏡借りるのはN里、S濱、タッチー、ナベでいいんだよな」
「あれ、ナベ君来てないですよ?」
「ナベは別行動だって」
「じゃあどうするべ、この双眼鏡。あいつ大間だよな」
「あ、私たち持っていきますよ。私たちも大間ですし」
「お、そう? じゃあN里、任せた」
N里にナベの分の双眼鏡を託し、僕らは切符を買う。
「八戸駅までですよね?」
「そっから下北まで乗り換え」
「あれ、八戸駅ってどの線?」
「これじゃね? ……あ、間違えた。これ新八戸駅だ」
「何やってるんですか山大さん……」
「変えてもらってくる……」
そんなこんなで。
ちょっとモタモタしながらも僕らは下北に向けて出ぱt―—
「山大さん! ナベから連絡です! あいつ、電車に乗り遅れて集合時間までに下北駅着けないかもですって!」
「はあ!? H浦さんに連絡取ってやれ! G大一人遅れるって!」
「了解です!」
……出発した。
* * *
盛岡駅から八戸駅に向かい、そこで乗り換えて下北駅に向かう。
早めの帰省ラッシュというべきか、2両編成の電車の中は人でごった返しており、僕らは前後の車両に分かれることとなった。
僕はN里とS濱の二人を連れて前の車両へ。
その電車の中で、僕はある人と再会した。
「山大君!」
「ん? え、あ! T中さん!」
「久しぶりだねー」
下北では毎度おなじみのT中さんだった。
一緒の電車だったのか!
「あ、紹介します。うちの2年生のN里とS濱です。下北は今年初参加です」
「「初めましてー」」
「ああ、始めまして。T中です。二人は佐井?」
「いえ、大間です」
「ああそうなんだー。僕は佐井に配属されてもう10年以上だよー」
電車に揺られながら雑談すること1時間ほど。
少しずつ車内の人数も減っていき、僕らはようやく腰を下ろすことになった。
「山大君は今年で何年生だっけ?」
「3年っす」
「じゃあ来年は卒論だ!」
「そうですね」
「何やるの?」
「まだ具体的なことは決まってないんですけど、外来種駆除をやろうかと」
「外来種? アライグマとか?」
「ウシガエルとアメザリですね。僕が調査地にしようとしてるところで、日本でも珍しく、昔からメダカが水田で繁殖してるんですよ。で、メダカが住む田んぼで作ったお米です、ってブランド米化をしてて。でも最近ウシガエルやアメザリが増えてきて、そのへんを絡められたらいーなーって」
「なるほどね。でもメダカってそんなに貴重なの? 僕が今住んでるところの周りにはいっぱいいるけど」
「そうなんですか? でも全国的にはかなり貴重ですよ? 絶滅危惧種入ってますし。あと、割と最近、メダカって2種類に分けられたじゃないですか」
「そうなの?」
「そうなんです。日本海側と太平洋側で、別種らしいですよ。それぞれキタノメダカとミナミメダカって名前付いて、僕がやろうとしてるところはミナミの北限らしいです。それよりも僕としては就活の方が心配で……」
「あー」
「公務員目指してたんすけど、憲法系の勉強がチンプンカンプンで。いっそ4年は卒論に集中して院に行って、そっちで改めて公務員の勉強しようかな、って」
「あ、それいいんじゃない?」
「でも学費どうしよっかな、って」
「僕も学生の時は奨学金借りてたよ? その後なんかの制度でドクターに入ったから、返さなくてもよくなったんだけど。で、さらに教員になったからドクターの学費もだいぶ減ったんだ」
「マジっすか」
などなど。
たまには僕も真面目な会話をするんだよ!
* * *
下北駅について、僕とM生は絶句した。
「「……………………」」
「あの、山大さん。M生さん……?」
「これはどういうことだべ……」
「ボクに聞かないでくださいよ……」
12月終わり。
下北駅駐車場の地面が露出していた。
「何で雪がないんだ!?」
「これ、まさか山の方もこうなってないだろうな!?」
雪のゆの字も見当たらない。
一体どうしたんだ……?
「今年は雪が少ないねー」
「あ、大鈴木さん」
駅の待合室でM生と二人、窓の外の風景にあんぐりしていると、懐かしの人物その2が声をかけてきた。
「やあT中さん、山大君、M生君。久しぶり」
「お久しぶりです」
「大鈴木さんは一足先に着いてたんで?」
「いんや、皆と同じ電車だったよ」
「え!? 気付かなかった!」
「前の方に座ってたからねー。でもT中さんの笑い声が聞こえてきたから『あー、いるなー』とは思ってた」
その時、駐車場に止められたバスから懐かしの人物その3が降り近付いてきた。
「よう、お待たせ!」
見覚えのある白ジャージに定年退職したとは感じさせない偉丈夫。
我らがボス、H浦さんだ。
「H浦さん、お久しぶりです!」
「おう久しぶりだな!」
カラリと笑うH浦さんは、去年と全く変わっていないようだった。
「そう言えば山大。M生」
「「はい?」」
「G大で遅れてくるって言ってた奴居たろ。えっと……」
「ああ、ナベですか?」
「そうそれ。大間までの足は確保できたから心配すんな、って伝えといてくれ」
「了解です」
M生がケータイを弄ってナベに連絡を入れる。
その間に、僕らは荷物をH浦さんが下りてきたバスに詰め込み、次々と乗り込む。
今年は車じゃなくてバスなのな。まあ今回人数多いからなー。
バスに揺られて30分後。
下北駅にてナベが無事に保護されたことは、また別のお話である。
* * *
「またここに帰って来てしまった」
それが、調査拠点に着いた僕の第一声だった。
静かにたたずむ元保育所で元集会場兼避難所。
今年も1週間、ここに寝泊まりすることになると思えば、何だか感慨深かった。
「何だかんだで、もう3年目だもんなー」
そして駅での嫌な予感的中。
例年になく雪が少ないようで、ここでも地面があらわになっている。
これじゃ足跡追えないんだけど……。
「まあ1週間のうちに積もるだろ、さすがに……」
荷解きをし、自分の寝床をこしらえながら呟く。
「お、見てみろM生。今年は掛布団が支給されてる」
「ホントだ。でも薄すぎて何の役にも立たない気が……」
まあ僕が初めにここに来た年なんて敷布団しかなかったからなー。
とは言え、こんな薄い掛布団は在って無いようなもんだし、畳んで枕にでも使わせてもらおう。
「さて腹が減ったな」
例年ならすでに寸胴一杯のカレーが用意されていて、あとは飯を炊くだけだったはずだけど。
……ん?
元給食室の厨房に行くと、そこには食材が用意されているだけだった。
鍋類は全部しまわれている。
「……え、もしかして、今から作るの?」
「ちょっとH浦さんに聞いてくる」
M生他、厨房でつまみ食いを狙って来た面々を残し、居間にてすでに酒を出してきたH浦さんを捕まえる。
「H浦さん、今日の夕飯は……」
「ああ、冷蔵庫にタラが入ってるから、鍋にするべ。野菜は食器棚の下の段ボールに入ってるから」
「……………………」
ああ、やっぱり今から作るのか。
……仕方がない。
「T中さん、手伝ってください」
「あー、うん。分かったよ」
「それと手隙の一年生共は厨房に集合! ここでの飯のルールを教えてやるから!」
初日くらい楽できると思ったんだけどなー。
厨房にて初っ端からエンジン全開、僕は一年生を指揮して飲兵衛共御所望の鍋を作る破目になったのだった。