ツバサチャレンジ11
更新歴
7月16日
みなさん、こんにちは。ツバサです。さて、今回のツバサチャレンジですが、少々変わった形をとらせていただきます。ですのでゲストも無しです。
さて、今回のツバサチャレンジは『たまごの挑戦』と題しまして、小説家のたまごさん(http://小説家のたまご.com/)にて応募し落選した作品をのせていきます。ですのでこれからも不定期に伸びていくと思われます。また、たまごさんの方で募集していた企画ですが『たまごの物語』、『たまごライター彩葉に挑戦』の二つです。そしてそれぞれお題がございますのでそのお題に沿った作品であり、3000字以内のショート小説となっております。私の作品で当選している作品もございますのでぜひご覧くださいね。名前はツバサのままですので。
それでは、ツバサチャレンジ、レディ?ゴー!!
お題:カルピス
「ごめんなさい」
彼女が呟く姿をボクは見ている。彼女の謝罪は彼女の目の前の彼に対して行われていた。
「……理由を聞かしてくれる?俺の愛に答えられない理由を」
悔しげに唇を噛みながら彼は尋ねた。
日にあたるこの場所はボクは嫌だ。正直人の色恋にボクは興味など無い。早く移動させてほしい。
「……貴方には言わなきゃいけないわね」
「ああ……教えてくれ。他に好きな奴がいるのか?俺に魅力が無いのか?」
人は愚かだなとボクは思う。さっき彼は聞かしてくれと言ったのにそのそばから質問攻めだ。ほらっ彼女が頭をふった。
「違うの……」
「なら、どうして」
「私は……私は、人の愛し方を知らないの」
「……えっ?」
呆ける彼。ボクもそうだ。ボクは人というものをそれなりに見てきたつもりだ。だけど人の愛し方を知らない人間なんて見たことなかった。
「えっと……、好きになったことが無いってこと?」
困惑する彼の問いかけに首を降る彼女。どういう事だ?このボクも理解出来ない。
「言い方が悪かったわね。正しくは愛し方だけじゃない……嫌うこととか、嬉しいこととか、探求心や悲しむことだって……私には心がないの」
淡々と述べる彼女。そんな人間がいるなんて。
「どう?貴女が好きになったのは心なんて無い―――ロボットなのよ」
自虐的にも思える発言をする。いや、この自虐的というのもボクが思っただけに過ぎないのか。だって彼女には自虐する心も無いんだから。
「ロボットなんかじゃない!だって君は俺の前で笑ってくれた。心が無いんだったら笑うはずないだろ?」
「愛想笑いよ」
「っ……。いや、愛想笑いでも、それはそうするべきと心が判断したんだろ?だってそうじゃなきゃ……愛想笑いをする必要なんて無いだろ?」
「あのね、人間というのは理解はすることが出来るの。誰かが悲しんでいるという状態ならその悲しんでいることを解決すればその状態は改善されると学んできたの。そうしていれば人はなぜか私たちに危害を加えることがない。生きていく手段に過ぎないの」
「心が無いなら生きていたいと思わないだろ!?」
「貴方は菌やウイルスに心があると思うの?菌やウイルスはそんなものは無いのに生きるために、生存のためにありとあらゆる手段を使う。心と本能は違うのよ」
なるほど、心と本能は違うね。だけど彼女の言葉には意義を申し上げたい。
ウイルスは知らないが菌には心があったりするぞ?
「っ……だったら」
彼は小さく呟くとポケットをまさぐりながらボクらのほうに近づいていく。
「かき氷二つ」
「シロップは?」
「えっと……カルピスで」
「はい、200円」
そういって店のオヤジは氷の山を二つ作るとボクたちを氷の上にかける。
ああ、さようなら。ボクの兄弟。名前はボクも君も乳酸菌。
さてと、観察を再開するか。
「なに?」
「いいから食べて」
半ば無理矢理押し付けるように渡すと納得がいかないようだが彼女は口にした。
どうやら、嫌だとかそういった感情は無いが理解出来ないことを受け止めるのは難しいらしい。それは本能だろう。
君子危うきに近寄らず。そういうことだ。
ただ、彼が危険物をかき氷の中に入れていないのは明白だから危険は無いと判断したんだろう。
「どう?美味しい?」
「ええ。私の頭はカルピスは好むべき味だと判断を下したらしいわ」
「よかった」
彼は少し笑ってかき氷を口に含む。
てか、これで不味いなんて言われたらボクが腹立つ。貴様、ボクの兄弟姉妹を食っておいてってね。
「俺思うんだよ。かき氷が美味しいとかピーマンは嫌いだとか……それって心じゃないのかな?」
「味覚は脳で分析されて美味か否かを判定している。心と関係はない」
「そういうことじゃなくてさ……ああ、もう」
苛立ったようにかき氷を口に半分近く掻き込む彼。ボクの兄弟味わって食えよ。
「美味いもんはまた食いたくなる。不味いもんは食いたくない。それは心で考えることじゃないのか」
「私には理解できません。美味しくても体に害があるなら食べませんし不味くても体にいいなら食べます」
「だけど、不味いの食べるときは嫌だろ?」
「覚悟はします」
「同じだよ。それが心だ」
「……理解できません」
彼の言葉はなんの化学的根拠もない。だけど妙な説得力を感じる。それは彼女も一緒のようだ。
そう思ったのか、今度は一気に残りのかき氷を口にする彼。そして口を開く。
「今は理解できなくていい。好きになれないのに付き合ってくれなんて言わない。だけど、変わりに俺と一緒に心をさが―――うっ」
頭を押さえて座り込む彼。そりゃそうだろう。
「アイスクリーム頭痛。冷たいものを食べたときに発症するもの。原因は―――」
「いや、いいから」
なんてしまらない男だ。確かにボクたち乳酸菌がつまっているカルピスは体にいいが、あんな食べ方したらダメだ。
「もう一度言おう。俺と一緒に心をさがそう」
「心を?」
「心を理解するために俺と友達に、なってくれないかな」
笑顔で手をさしのべながら問いかける。さあ、どうな―――。
「オヤジー。カルピスひとつ」
「あいよー、100円ね」
ちょっ、おまっ、話聞こえねえって。って、うわっ。ボクが氷の上に!?
ちょっ、確かに早く移動させてほしいって言ったよ!?前言撤回するから。彼女の返答が気になる、気になるよ。
あっ、彼女が手を握った……んだよな。
見えなくなってきてる。後生だから、返答の様子を見させてくれー。
ボクの叫びむなしく見せられたのはボクたちカルピスと同じ白色の歯だった。あっ、虫歯発見。
お題:孤独
「ボクが生きている理由はなんだい?」
青年は椅子に深く腰を掛けて問いかけた。その問いかけに機械的に答えが発せられる。
「人類すべての為です」
「キミはいつもそればかりだ。何回目だい?その回答は?」
「質問自体は2万5350回目。回答は新規アップデートにより更新されてからは260回目となります」
「……皮肉だよ。そんな言葉を聞きたかったわけじゃない」
ため息をつく青年。機械的に答えを発するのは当たり前だ。青年が問いかけたのはアンドロイドなのだから。
「お仕事の時間です。移動してください」
「一応聞くけど拒否権は?」
「その権利は貴方様には与えられておらず私も与えられません」
「分かってるよ」
そのまま深く椅子に掛けたまま肘掛部分にコマンド入力をすると自動で椅子が動きだす。その流れに身を任せる事数秒で数えきれない資料とスーパーコンピューター、その他特殊な危機がほとんどを占めている部屋にやってきた。
「まずは管理調査からか」
パチンと指を鳴らすと先ほどの、基本生活を見てくれるアンドロイドではなく、研究の手伝いをしてくれるアンドロイドが表れる。
「カプセル内液体の濃度に変化は?」
「ありません」
「体温、生命活動は?」
「体温は変化なく、生命活動は停止状態です」
「分かった……」
そう答えてため息をつく少年。20個の緑の液体で満たされた巨大なカプセルには青年と同じシルバーブロンドの青年が胎児のようにくるまっていた。
当たり前だ。彼らは青年のクローンなのだ。そして、この青年事態も。
「全く……始めるか」
青年がカプセルから目を放してパソコンに触ろうとした瞬間、アンドロイドがその動きを制するように喋りだす。
「本日は三ヶ月に一度のバックアップデータ取得の時間です」
「ああ。そうだったね」
青年はまた深く面倒くさげに息をつきアンドロイドが持ってきた色々な配線がつながったヘルメットをかぶる。
するとバチッという音が鳴り響く。
「終了です」
「ほらっ。持って下がってくれ」
「はい」
アンドロイドが返事をして帰っていく。
青年の頭には極小のマイクロチップが埋め込まれている。ある程度の教養がある人間なら知っての通り人間の脳は電気信号でやりとりをしている。もちろん、生き物が使う電気信号のやり取りと機械での電気信号のやりとりは違うのは明らかだが、その違いを修正しアイクロチップ内に記憶媒体、思考回路をコピーできるようにしたのだ。そうして体が衰え使えなくなったとき……マイクロチップを取り出し、カプセル内にあるクローンの新鮮な体に埋め込むのだ。そう、つまり彼は擬似的に不老不死を手に“入れさせられた”存在なのだ。
青年がこの発明をしたことを後悔するのは発明から数十年後のことだ。
「……声音認証、ひとまるにーごーはち、データDA12起動」
『声音認証、及びパスワード、データ公開確認。広がります』
パソコンの返答と共に複雑な数式、及び英語で書かれた用語の羅列等……すべてが書かれていた。
「核戦争で潰れた世界を再生するプログラムを作るためにボク一人を地球に残しての社会政策ね……。バカだな」
青年は唇を思いっきりゆがめる。
2150年に起きた第三エネルギーを求める世界規模の戦争。その終着地点が核の冬だった。地球は荒廃し多くの生命体が生きていけない状況に陥った。その際に世界各国の話し合いで日本出身の最高の科学技術者一名を残し、火星及び月へと移住していったのだった。その技術も青年が作ったものなのだが。
「Loneliness of regeneration policyね」
この政策の名を告げる少年。青年も初期はこの政策を成功にこぎつけるために研究を続けていたが……数十年という月日が過ぎて男の心は孤独に耐えきれず壊れたのだった。その結果現在彼が行っている研究は―――。
「モードコマンド。SP」
青年が声をかけると別のコンピューターが反応してまた数式が表れる。これらの数式を理解できるのは彼だけだ。だから彼を監視する目が月と火星にあるのだが彼にとってはどうでもいいことだった。
彼の新たな研究。それは太陽に特殊なレーザー―――彼曰くパンドラレーザーを照射し太陽という天体の時間を加速させて太陽を爆発させようというものだ。
「孤独は嫌だよね?1人は嫌だよね?みんな、死のう」
彼はさらに皮肉気に笑みを浮かべてパンドラレーザーの最終調整へと移っていった。
自分と同じ孤独な人物を出さないように。
お題:超どんでん返しできめなさい
携帯の着信を知らせる音が鳴り響いたのは昼前の事だった。
風が吹いて桜の花びらが舞い散っていく様子を窓の外に見ながら亜美は鬱陶しげに電話をとった。
「もしもし?」
『おー、俺俺。晴人』
「だから何回も言ってるでしょ?名前がディスプレイに表示されるんだから誰からの電話だとかわかるんだって」
『もしかしたら別の奴かもしれねーじゃねえか』
「その時はその人が言えばいいの。基本的にはディスプレイに表示されている人がでるんだから」
これ何回目と小さくため息をつく亜美。
「それで?なんのよう?私今からお昼作ろうと思ってたんだけど」
『つまり暇だったわけか』
「話聞いてた?」
呆れる亜美。だがそれもいつもの事かと立て直す。
『まあ、ともかくよ。お前が大学で寮にいっちまってからしばらくたつわけじゃねえか』
「しばらくというか、もう一年だけど」
『おうよ。久方ぶりに声を聴きたくなったわけだ』
「LineやらTwitterやらで連絡取り合ってるじゃない」
『だから声だよ声』
「なんか、今日の晴人いつも以上にウザいんだけど」
やたらとテンションの高い晴人にこれは話が長くなりそうだと舞い散る桜を見ながら亜美は思う。
亜美の通う大学は実家から電車を二時間半乗り継いでそこからスクールバスに揺られることおよそ30分で着く小高い丘の上に建っている。実家から通えないことも無いのだが通学時間を勉強にあてたいという本人の意思と家族の応援により一人暮らしを選択した。
今日は平日だが、新入生の入学式のため部活にもサークルにも入ってない亜美は家でのんびりいとしていた。
対して幼馴染である晴人は父親の職業である染色職人を継ぎ弟子の身であった。ゆえに二人の会う時間が減ったのは確かに事実としあり、声のやりとりは久しぶりのものとなるのだった。
『それで元気にしてるのかよ』
「ほどほどにね。そっちこそどうなのよ」
『俺をなめちゃいけねえ。着々と伝説の職人への道を歩んでいるよ』
「伝説って、いい意味で伝えられる場合と悪い意味で伝えられる場合とあるんだけど」
『分かってるっての。だが、伝説は伝説だ』
「大丈夫なんでしょうね?」
おかしな返し方をする晴人に眉をひそめる。
昔から大雑把なところがあった晴人が職人の道に進むということには驚きを禁じ得なかった亜美。今でもなお、信じられないほどだ。
「まあ、いいけど。というか元気にしてるかという質問にはおじさんとかも含まれてたんだけど」
『オヤジ?もちろん元気に毎日のように、お前のオヤジさんと一緒に呑んでるよ』
「はあ。ほどほどにするように言っておいてね」
『そうしようと思うんだけど先に俺が酔いつぶれてるからな』
「アンタも呑んでって、私達まで未成年でしょうが!?」
唐突なカミングアウトに驚く亜美。だが、らしいといえばらしいものだ。
「もう……。知らないわよ」
『いまどき未成年だからって一滴も酒飲まない奴もいねえだろうよ』
「まあ、そうかもしれないけど、ガンガン飲むのとは違うんじゃない?」
亜美自身も大学の友人などに呑まされたことはあったため強くは出れなかった。
酒と言えばそういえばもう花見の季節だ。部活に入ってる友人が新入生を部活に勧誘するために花見を開く準備に忙しいといっていた。自分自身も入学当初は勧誘の嵐がすごかったものだと一瞬邂逅した。
『と、ところでよう。亜美』
「なに?というか、いい加減食事作りたいんだけど」
『カップラーメンか?』
「それなら片手間に作ってるわよ。それで、なに?」
台所近くに置かれている残り物の冷凍の飯と材料、卵とケチャップを片づける。
オムライスを作るならば炒飯と違い暖かいご飯の方がよいことは亜美も知っているのだが、ただの昼食にそこまで時間をかける必要性もないだろう。
『いや、なんだ……硬派で勉強一筋だったお前にも浮いた話の一つや二つあるのかとおもってな』
「は、はぁ?浮いた話って……そんなものないわよ」
亜美の声が裏返る。今までそんな話を振ることも振られることも無かった亜美にとってすれば免疫などなかったのだから声が裏返るのも仕方がなかった。
『なんだ?彼氏いねえのか?』
「どうでもいいでしょ」
『好きなやつもか』
「う、る、さ、い」
『もしかして処女?』
「黙れ童貞」
間髪入れずに返す亜美。
他の友人―――特に男性の前では絶対に言わないが晴人の前では素もでる。幼馴染と称するより悪友、腐れ縁等の言葉の方が正しいのかもしれない。
『おーおー、口悪いね』
「電話切っていい?」
『待って待って。いいたいことがあるんだよ。今日こそ』
「今までのが全部前置きだったわけね」
『ともかく次からは真剣だ』
「はいはい」
『きちんと聞けよ』
「はいはい」
『亜美。俺はお前の事が好きだ』
「はいは……は、はぁ?」
適当に流そうと思った矢先、無視できない言葉が晴人からでた。
『亜美が帰ってくるまで待とうかと思ったがよく考えたらお前に好きなやつができる可能性もあるんだから黙ってちゃだめだと気付いたからな。言わせてもらったぜ』
「あ、アンタ何言って」
『聞こえなかったのか。俺はお前の事が好きすぎてヤバイつってんだよ』
「さっきと言ってる事ちがうじゃない」
慌ててもう優先順位もなにもわからずとりあえず目先のおかしな部分からツッコンでいく。
『ともかく返答は二つに一つ。YesかNoだ」
「なんの冗談……あっ」
小さく声を漏らす。
冗談、というより嘘。そして大学の入学式のある日にち。
「エイプリルフール……?」
『あっ?あぁ、今日はそうだな』
「晴人……。人の事を遊ぶなんてどういう了見よ!?」
怒鳴る亜美。エイプリルフールであることを思い出させた怒りと想い。
「こんな事して……絶対に許さないんだから!」
『いや、違っ———』
「私の気持ち返してよ!嬉しいと思った私の気持ち返してよ」
『えっ……?』
時が止まったような錯覚が二人に訪れる。だか、それは文字通り錯覚で、桜の花びらは舞をやめない。
「一人暮らしも苦渋の決断だった。だけど、将来アンタを支えていきたいからそのための投資だと思って我慢して勉強に時間を費やした。なのに、なに?アンタはなんなの?」
『亜美……?』
「私はアンタの事が、晴人の事がずっと好きだったって言ってるの」
ダムの決壊のように言葉がこぼれ落ちる。涙がこぼれ落ちる。亜美にとってこんな嘘はつかれたくなかった。冗談でも心を振るわさせられたくなかった。
『亜美。時間見てみろよ』
「えっ?」
『いいから』
言われるがまま時間を確認する。デジタルの電波時計は12時1分と示していた。
『エイプリルフールの嘘をついていい時間は午前中だけ……。俺が告白した時にはもう午後になっていた』
「晴人?」
『もう一度いう。亜美。俺は偽りなくお前の事が好きなんだ』
「……バカ」
小さく涙声で文句を言う亜美。
この罵倒は真実なのか嘘なのか。亜美の口元には薄い笑みが浮かぶ。亜美は続ける。
「晴人———」
桜は舞う。綺麗に舞う。
それは新入生を歓迎して舞っているのかそれとも……。
風とともに舞う桜は腐ることのない綺麗な思い出を人に形つくらせる。
お題:最低5回はループさせなさい
「リセットしますか?」
憎たらしい無表情で無機質な男が私に問いかける。
どこかで聞いた噂。
どうしようもなく、悲しみで苦しんだ時、怒りに震えた時、後悔した時……、男は現れリセットさせてくれるという。
怪人アンサーやメリーさん、口裂け女にトイレの花子さんみたいな都市伝説だと思っていた。だけど、男は実際に現れ私に問いかけてきた。
冷静な私は頭のおかしなおっさんがふざけているのだと思った。だけど、悲しみで苦しみ、怒り、後悔している私は彼に頼った。
「ええ、リセット。リセットして」
震える声で、一縷の願いを乗せる。
「かしこまりました。では、リセットを開始します」
男がいうや早く、指を鳴らすと私の意識は飛んだ。
「お母さんのバカ!」
目尻に涙をためたユウキが私を罵して走る。
「ユウキ!」
慌ててユウキの後を追いかける。ユウキにはまだ早かった。伝えるべきでは無かった。今になればわかる。だけど、リセットされたのは伝えた後。だったら、これ以上はもう、失敗はしない。
「待って、ユウキ!」
私の涙をためた声にユウキは立ち止まった。きっと、涙を子どもにみせるのはこれが最初で、最後だ。そうしなければならない。
「ゴメンね、ユウキ。だけど、聞いて。お姉ちゃんは病気で亡くなったの。もう、会えないの」
「嘘だ!昨日まで一緒に遊んだもん!嘘つきはいけないんだ!」
私の言葉を無視してイヤイヤと首をふる。その気持ちがわかってしまって、私は判断が遅れた。また、ユウキは走り出す。そして。
ドンっ。
つっこむトラック。跳ねるユウキの体。血の海にならないのが、それが逆に真実味を出す。
「な、なんで……」
また、やってしまった。また、殺してしまった。
膝から崩れ落ちる。そんな私にまた男の声。
「リセットしますか?」
「する!早く、リセットして!」
ヒステリックに叫ぶ。
また指を鳴らす音。私は意識が飛んだ。
「待って、ユウキ!」
私の意識はユウキを追いかけるところから始まった。初期位置の違いに驚きながらも体を動かしユウキに追いつく。
このまま死んだというのは嘘でまた戻ってくるよと伝えようか?そう考えるがそれは問題を先延ばしにするだけだし、既に姉が死んだということをユウキに伝えてしまっている。嘘を嘘とわかるくらいの知識はもうユウキにある。却下だ。
「ゴメンね、ユウキ。だけど、聞いて。お姉ちゃんは病気で亡くなったの。もう、会えないの」
「嘘だ!昨日まで一緒に遊んだもん!嘘つきはいけないんだ!」
私の言葉を無視してイヤイヤと首をふる。
だけど今回はギュッとユウキをつかんでいる。逃げ出すことはできないはず。
「お姉ちゃんは戻ってくるんだ!だって、お姉ちゃんは嘘はつかないもん」
「嘘?」
「約束したもん!お姉ちゃんと明日も遊ぼうねって。だから、約束したんだから守るんだ!守らなかったら針千本なんだ!」
「お姉ちゃんはね、守ろうとしたの。だけど、守れなかった。許してあげて」
涙ながらに訴える。私の腕の中で暴れるユウキ。それでもギュッと押さえていると、唯一自由に使える口で私の腕を噛んだ。
「イタっ!って、ユウキ!」
痛みで解放してしまいユウキは走り出してしまう。
また、この光景が……。
猛スピードでつっこむトラック。跳ねるユウキの体。
また、やってしまったと足を折る。
「リセットしますか?」
またこの声が頭上から聞こえる。
「リセット。早く!」
指のなる音ともに私の意識はとんだ。
「お姉ちゃんはね、守ろうとしたの。だけど、守れなかった。許してあげて」
気が付くと私は涙ながらにユウキを抱きしめていた。
そうして暴れるユウキ。この後、またすぐに腕を噛まれる。
「っ……。ん」
唇を噛んで痛みに耐える。このまま耐え続ければ。痛みに耐えれば。
「……ユウキの好きにさせよう」
「あなた」
私の肩を優しくたたく夫。だけど、ダメ。この腕を離したら。
「ねっ?」
「あっ!?」
優しく腕をほどかれる。その隙にユウキは逃げてしまう。このままじゃまた。
猛スピードでつっこむトラック。跳ねるユウキの体。そして驚き叫ぶ夫。
だけど私はごくごく自然に視線をさまよわせる。
いた。
「リセットしますか?」
「リセット!」
指を鳴らす男。また私の意識が飛ぶ。
「あっ!?」
気がついたら優しく腕をほどかれてユウキが逃げるところだった。
このままじゃ間に合わない。また。いや、待って。
頭を高速回転させる。
ユウキを行かせないことばかりに気をかけていたが、トラックを止めることができれば?
そう考えたときには走り出す。
「おい!?」
夫の声。だけど気にかけている時間はない。
「止まってー!」
トラックに向かって叫ぶ。たとえ間に合わなくてもブレーキを踏んでくれれば命だけは助かるかもしれない!
「えっ?」
だけど、トラックは止まる気配を見せない。
跳ねるユウキの体。ユウキにつっこむ瞬間に見えるトラックの中で状況がよく理解できた。
よく考えれば子どもが目の前に飛び出れば普通急ブレーキをかけるはず。なのに一度も書けていなかった。そのはず。運転手は居眠りをしていたのだから。
「リセットしますか?」
またこの声。正解はあるのかと詰問したいがそれをこらえる。
「リセット」
無表情につぶやく。指の音。意識が飛ぶ。
気がついたら私は走り出していた。今回はここからか。
だけど待って。トラックに呼びかけても仕方がない。ならば自分の足を信じるしかない。
「ユウキ!」
私はユウキを抱きかかえようとする。間に合う。まだトラックはつっこんでいない。
「危ない!」
私達に迫るトラック。そんな私達を跳ね飛ばすのはトラックではなくて夫。
だけどそれのせいで抱きかかえたはずのユウキを離してしまう。
夫と一緒に転ぶ私。そこはトラックの進む範囲外。だけど、離してしまったユウキは……。
また跳ねるユウキの体。
「リセットしますか?」
「リセット」
どんどん声から感情が失われていく。指のなる音。私の意識が飛ぶ。
気が付くと私はユウキを抱えて立っていた。
「危ない!」
夫が私たちの前にやってくる。だけど、これに当たったたらユウキを……。
私は夫をよける。
「えっ?」
驚く夫。
だけどこれではまた同じ。視線をさまよわせると男の姿が。
「リセットしますか?」
「リセット」
無機質に答える。指のなる音。意識が飛ぶ。
気が付くと私はユウキを抱えて立っていた。目の前にはトラック。
「リセッ―――」
言い切って指がなるのが先か、トラックに跳ねられるのが先か。意識が飛んだ。
気がついたら誰かが泣いていた。なんとなく私はこういわなければならない気がした。
無表情に無機質にその人に尋ねる。
「リセットしますか?」
お題:主人公の性別を曖昧にしなさい
薄い白い雲を抜け、地上に降り立ちミークエルは大きな羽をしまい辺りを見渡す。
「酷い光景」
ミークルエル——通称ミールは思わずつぶやく。
辺りには人の行き交う様子や光もなく、綺麗な風景も、緑すらなかった。あるのは荒れ果てたビルや文明の築いたであろうと想像できるものの後だった。
「全く、やめてほしいよ」
つぶやきは続く。辺りに誰もいないと思い込んでいたからだ。だが、それは思い違いであることがわかる。
パキッと音がなった。辺りに響いた。
「ん?」
ミールは振り返る。音の発生源を見る。
「ヒッ」
「……人間。まだ、生きている」
ミールは岩陰に隠れていた少女を見て驚く。事前に知らされていた情報では人間は、いや、生物はいないと思われていたからだ。
「キミは生き残って」
問いかけるミール。だが、少女からの返事はなかった。
「こっちは忙しい。早く教えて?」
ミールは少々苛立ったように問いかける。もし生き残っているのであれば少女をどうするのかを上の人間に聞かねばならないし、もし死者であるのであれば、少女を天空より上に連れて行くか、マントルのように深い地中に引き渡さねばならなかった。
ジッと見つめられた少女は恐る恐る問いかける。
「あなた、何者なの?」
「……ミークルエル。皆はミールと呼んでる。自己紹介はした。さあ、あなたは何者なの?」
「私は……。皐月」
「そう、皐月。それでどうしてあなたはここにいるの?ここに多段型核兵器が落ちて数日。ここにいた生物は死んで、他から生物が、ましてや人間ほどの知能の人がやってくる必要性は感じないけど?」
問いかけるミール。皐月はそれには答えず、瞳を潤ませ、そしてとうとう泣き出してしまった。
「ちょ、ちょっと」
人間の涙に戸惑いを見せる。
ヒックヒックと泣きじゃくる少女に声をかける。
「ど、どうしたの……?」
「お父さんと、お母さんは」
「えっ?あぁ」
そこでようやく理解する。自分と彼女では生死感が異なるということを。
「えーと……悪かったね」
ミールは困ったように言う。そしてこんなにむせび泣く様子から少女が人間であることにある種の核心をもった。
皐月は謝るミールを上目使いで見上げる。
「あなたは……天使さん?」
皐月の質問。ミールはどうしたものかと考えるがまあいいかという自己判断のもと告げる。そもそも、地上にはばたき舞い降りた地点で誤魔化せる方法は無かった。
「ええ。一応はそういう存在」
「何しにここに来たんですか?」
「一つの大きなエネルギーが多くの人を殺したから、死んだ人物が天国へ行く資格のある人物なのか否かの判断が難しいからわざわざ降りてきた。情報集め」
「……人間ってバカですね」
「天使だって似たようなものだよ」
目を細くさせて過去に思いを馳せらせる。
「どういうことですか?」
「天使たちも大きな争いをしたことがあるの。そこで多くの天使の心臓が止まることになったの」
「へー。というか、天使にも心臓ってあったんですね」
「一応生物に近い形になってるからね。ただ、寿命は人間の10倍以上あるけど」
説明に関心深そうにうなづく皐月。
天使たちの争いの原因。それは一羽の天使の恋だった。
その天使は許されざる恋をした。その恋を断罪すべきか否かで方針は別れたが、結局は断罪側の天使が勝ったのだった。
「それで、天使さんは私をどうするんですか?」
はっと気が付きおびえたように声を震わせる皐月。
先ほどからおびえて悲しみの顔しか皐月は見せていなかった。天使であるミールにそんなことは知ったものではない。だが、なぜかほっとけなかった。
「本来なら天使の存在を知った人間の処遇は上位天使たちが決めることになってる」
「……それで、どのように決められることが多いんですか?」
「大体は処刑してそのまま生命の流転の流れに乗せる」
「しょ、けい……」
言葉を失う皐月。天使はその長い寿命故に死しても特に悲しむという感情が湧くことも無いのだが、たかだか百年前後で寿命を終える人間は違うらしかった。
絶望に支配されまたしても瞳を潤ませる皐月。
トクンと小さく胸がはねさせられる。呼吸が微かに乱れる。
300歳と、天使にしてはまだ若いミールではあるのだがが、この気持ちがどのようなものであるかは分かる。恋だ。
「させない」
「えっ?」
「大丈夫。天使、ミールの名に恥じないようにあなたを守る」
「ミールさん……!」
「っ」
抱きつく皐月に反射的に防御を張ろうとするが、自制してミールはそっと皐月を抱きしめる。
天使は想いが具現化し子を孕ませる。ミールはまだ子を成すには若いがもし、子を産むことのできる年齢であるのであれば互いに想いを絡ませ合っている今の状況であれば子を孕むことも出来るだろうという感想を無意味に抱いた。
「血は争えないな」
「えっ?」
「なんでも無い」
首を降るミール。皐月は首をかしげるがパッと顔を伏せてミールから手を離す。だが、ミールが手を離してい無いため皐月の体は密着したままだった。
———絶対に恋は天使とすると思っていたのにな。
ミールは自虐する。
天使通しの争いの原因である恋は人と天使によるものだった。そして、その罪を犯したのはミールの親だった。人と恋に落ち、ミールを見捨て人間界に逃げたのだが、最後には人間もろとも殺害された。
ミールは迫害されることなく、むしろ身勝手な親をもった被害者として丁重に扱われた。故に親に対しても人間に対しても特に感情は湧かなかった。それに、ただ上からの命令のまま親を討ったのはミール自身でもあった。
だが、恋をするということだけは無いと思い込んでいた。それが、今ではドクンドクンという胸の早鐘が体内に煩く鳴り響かせているのだからお笑い種だと感じていた。
「ねえ?」
「はい?」
「上手く逃がしてあげるから安心して」
「はい」
皐月の瞳に吸い込まれそうになりながらもミールはそう優しく伝えた。
「あっ、そういえば皐月はどうしてこんなところにいたの?」
思い出す。生命の反応が無かったはずである。それなのにどうして?
「お父さんたちの後を追って……それで、それで……」
「もういい。ごめんなさい」
無粋なことを聞いたと反省するミール。つまりは離れたところにいたのにここに多段核兵器が落ちてからやってきたらしい。おそらく多くの静止を乗り切ってやってきたのであろうことは容易に想像できた。
「……それで、それで……!!」
「うっ」
フラフラと皐月から離れる。腹に小型のナイフが深々と突き刺さっていた。
「死んだお父さんとお母さんの後を追って調べたらミークエルが殺したってことがわかった。それから機会を待っていたら、この戦いが起きたから、貴方を、天使に復讐するチャンスが得られたと思った」
少女の姿が漆黒の羽に包まれる。それは堕天した天使の羽だった。
「皐月……」
「サータルだ。私とアンタは腹違いの兄弟」
冷ややかな目を向けるサータル。ミールはもう耐えられずに地に伏せる。
「じゃあな」
漆黒の天使は羽を羽ばたかせ天界へと向かう。
最後にもっとも許されざる堕天との恋をしたミールの羽は黒くなっていく。ミールが堕天となるのかそれとも死するのが先なのか、それを見届けるものはいなかった。
お題:性別を曖昧にしなさい
それは光の爆発だった。後になって葵はそう語った。
医学の進歩には目の見張るものがある。超小型カメラを瞳に内蔵させそこに映ったものを電気信号化させ脳内に写す技術が開発されたのだ。
「それでは、いいね?」
「はい、お願いします」
最終確認に深々と頭を下げる。その頭を下げた真正面では無く、ややずれた位置に医師はいた。声の発生源で大体の場所が捕捉できるとはいえ完全ではない。こういったズレはよくあった。
「ああ、必ずやキミに光を見せよう」
「はいっ!」
葵は大きな声で返事する。医師の声には、医師としてのプライド以上に、幼い頃から葵を見守ってきたが故に産まれる親心のような、暖かいオレンジ色が含まれていて嬉しく感じさせた。
この技術は動物実験では成功しているが人間に行うのは初めての試みだ。絶対に安全な手術ではない事は真剣味を帯びた赤い声でなんども伝えられたがそれでも葵は手術をしたいと言ったのだった。
「それじゃあ、頑張るのよ」
「別に自分が頑張るわけじゃないんだけどね」
「でも、葵だけ頑張ら無いわけにはいか無いでしょ?」
「そうだね」
母の心配そうな青い声と励まそうとしてくれるオレンジ色の声に自分は大丈夫だという思いをのせ伝える。
父は何も言わなかったが気配で自分を心配してくれているのは十二分に理解できた。だから、心の隅に微かにある青色を隠して黄色やオレンジの声を出した。
「行ってきます」
告げ手術へと向かう。全身麻酔がかけられる。意識を失った。
長い夢を見た。その夢は白黒でもない。全体的にボンヤリとした像で動いている。
最初の映像は3歳のクリスマス。自分はリカちゃん人形を持っていた。リカちゃんはある場所を触るとたくさんお喋りをしてくれた。それごたまらなく嬉しくてリカちゃんと初めての友達になった。
夢の自分は無邪気に白い笑い声をあげていた。
リカちゃんは手触りから大きな瞳に括れた体から美少女である事が理解できた。
見えなくても美少女や美男には人相応の興味がある。こんな風になりたいなと憧れだって持っていた。
次のシーンは4歳の自分だ。たくさんの人形やドールハウスを使ってお話を作っていた。その内容は支離滅裂。起承転結も無ければ現実に反するもの、ありえ無い設定だらけでファンタジー小説でもない。だけど、なぜか楽しかった。今でもお話を考えるのは好きだった。点字となっているものや音声デバイスになっているものを利用したり、他の人からの読み聞かせで沢山の本を読んでいる。
次のシーンでは人形を持っていなかった。かろうじてリカちゃん人形は持っていたがそれも遊ばなくなっていた。
5歳の自分は声を色として理解しその色で感情を理解する事が出来るようになっていた。本当の色は見た事ないのだがそれでもなぜか色を確認する事ができた。
人形達が発する声はどれも透明だった。感情がない事に気付いてしまった。
そんな葵がハマったのはアニメだった。アニメの声には怒りの赤黒い色や喜びの黄色、恋心の桃色が沢山観れた。
その色達に葵は興味がわいていたのだった。
人の声を色で理解するのは楽しかった。嘘がすぐ分かり時には大人を驚かせた。
次々に記憶が巡る。
幼稚園に遊戯、運動会、文化祭、体育祭、修学旅行……。そこにはボンヤリとした像だけが残っている。この手術が終わったらもう一度それぞれの場所を訪れてみるのも面白い。
その決意をして葵は瞳を開いた。目に入ったのは白だった。
いや、白だったというのは後から分かったことだ。自分の思い描き声の白としていたものとは多少違っていた。
ゆっくりと視線をずらす。本でみた内容から察するに、1人は男性的なスタイル、もう1人は女性的なスタイルをしていた。
「葵!?」
「葵、目が覚めたんだな」
オレンジ色の声が鼓膜を揺らす。
「お父さん、お母さん?」
「ええ、そうよ」
この2人がそうなんだと認識する。瞳は映像を写していた。
「見えてるんだな」
「うん」
葵はうなづく。目を走らせる。情報を統合していく。あれが椅子というもの。あれがテレビというもの。あれが木で葉っぱ。とするとあれが緑色。
急激に増えた情報で頭が爆発しそうになるごそれ以上に感情が爆発していて気にもかけない。
「そうだ。父さん先生を呼んでくる」
父親が慌てて病室から出て行く。
「どう?世界は?」
母親が落ち着いた澄んだ水色で尋ねてくる。
「すごい。比喩表現でなにかが煌めいたってあってそれが理解できなかったけど今なら分かる。今、世界が煌めいてみえる。光ってすごいんだね」
「ええ、そうよ」
母親が柔らかい色を———いや顔をする。この表情がどんな表情の名前なのかは葵は知らないが少なくとも悲しみや怒りといった負の感情でないことは確かだった。
「先生を連れてきたぞ」
父親が一人の男を連れて帰ってくる。
「どうだい、気分は?あっ、私は———」
「先生の声ぐらい分かります」
「っと、そうか。そいつは失敬」
苦笑いをする先生。食い気味すぎたらしい。そして先生の着る服、これが白衣というものなのであれば、最初に観た色が白だということがその時に初めて理解できた。
「元気そうでよかった」
「ありがとうございます」
「こちらこそだよ。キミは目の見えない人の希望の光になるんだから」
「そうですね」
謙遜するのもおかしな話なので素直に受け止めた。
「なにか、欲しいものはあるかい?」
「欲しいもの……。いっぱいありますけど、鏡ですかね」
「あっ、それならお母さんが持ってる。はい」
カパッと手鏡を出す。そこに自分が映る。初めまして、葵。
そこに映されている顔が美人や美男と呼ばれる類のものなのかどうかは葵には分からない。だけど、色々と分かる。瞳の大きさや髪の長さや骨格のライン。
ぎこちなく笑ってみせる。
「これが笑顔」
「ちょっとぎこちないけどね」
お母さんがいって笑う。お父さんと先生も。自分も伝染する。鏡に映ったものやみんなの表情でわかる。本当だ。確かに先ほどの笑顔はぎこちなかった。
そしてそれが分かってさらに嬉しくなる。本で理解できなかった数々の見えることによる描写、ものの形や風景、性的描写、それらがわかる世界に今自分がいる。
ゆっくりでもいい。曖昧なものを無くしてはっきりさせておこう。胸に手をやり強くそう決意した。
お題:性別を曖昧にしなさい
それは悪魔の所業だった。本の最初のページはこの文で始まっていた。
村の責任者たちによる投票で10年毎に奇跡の子を選ぶ。
奇跡の子は村の中心にある池に丑の刻に1人で訪れる。その後、その池の主の要求に応える必要性があった。
ここまでの文でその要求がなにであるかはすぐに推測できた。
古来より荒ぶる神や化け物を沈めたのは人柱だ。特に処女の生き血は素晴らしいという表現はよく耳にした。
文を読み進めていく。私の予想は的中していた。
主の要求は喰うことであった。少女を喰らうことで神は大人しくなり、村に繁栄をもたらしてくれるのだという。
今のご時世ではあり得ない話ではあるのだが過去は違う。私はこういったまやかしや伝承をしらべそれがいつ潰えたのかについて研究していた。ローカルな伝承だったためかなり遠くまで来ることになってしまったのだが。
ページをめくり一気に飛ばす。人柱をどうして、どのようにしてやれば神を抑えられるようになるのかなどには興味がなかった。
最後の人柱は右も左もわからぬ村娘だった。大人たちによりおめかしをされ、最後の晩餐を受け牛の刻の少し前。池の前に差し出される。
そこからはその時の様子を記したのだろうか、会話調で記されていた。現代版に訳されてはいるが。
「ここはどこなの?」
「キミはココで村の為に頑張るんだ」
「村の為?どうしてお父様たちは泣いていたの?どういうこと?」
「泣いていたのは娘が村の為に役立ってくれることを嬉しく思ったからだよ」
「そうなの?」
「ああ、そうだよ」
思わず苦笑いを浮かべる。もしこの会話が本当であると仮定するのであればこの村の幹部と思われる男はかなりずるがしこい性格をしているようだ。確かに村の為に役立ってくれるのは嬉しいだろうが、命をかけるのだから親が泣く理由が他にあるのは確定だろうに。それにこの村娘の様子からさっするに、何も知らされていないようだ。これは少し興味があったので書き留めておく。伝説の中には神に忠誠を表し喰われる必要性があるものもある。これは人柱になる少女が人柱であると自覚する必要性はないようだ。メモを終え文章を読み始める。
「それじゃあ、私は行くから言われた通りにするんだよ」
「はい」
こうして男は去って行った。村娘は一人池の桟橋の近くまで行き祈るように手を合わせる。
「池の主よ。この機を見るのは我と貴方だけです。我が心をあなたに捧げ、この純血を浴びてください。私の血肉が池の主にお気に召されますことをここに願います」
しばらくの間村娘はそうしていた。どれくらいの間だろうか……。
「…………?」
なにか言い表しようのない違和感を感じる。なにがおかしいのかはわからないがなにかがしっくりとこなかった。人柱の年齢?いや違う。大人もあれば女児の伝承もある。では性別?いや、神は女性を求める者が多い。だから男性が人柱で感じるならまだしも、今回は女児であるのだから、それも違うだろう。では、なんなのだろうか?この違和感は。
違和感の正体には気づけないままだが、この本を読み進めればなにか答えがみつかるのではと読み進める。
しばらくの祈りの後、まるで竜のような―――いや、竜そのもが表れる。この池の主、竜神だ。
「汝が今宵の生贄か」
「生贄?」
「ああ。朕を満足させるものかと説いている」
「多分、そうです」
「今宵は旨そうな女児だな」
竜神はそういい大きく口を開ける。ここで初めて食われるということが村娘はわかるのだろう。普段なら。
「えっ?」
どういうことだ?普段ならということは今回の村娘は知っていたということか。
「それではいただくとしよう―――がっ!?」
大きく開かれた口に尖った石が突き立てられた。ドクドクと竜神から血があふれ出す。
「き、貴様……」
「死にたくない」
村娘は小さく呟く。だが竜神はもう話を聞いていなかった。これは人間が神にたてついた瞬間だ。神は人間に多くの利をもたらすとともに害ももたらす存在だ。
「後悔するがいい……!!」
竜神は身を沈める。ゴゴゴという大きな音が辺りに鳴り響く。
なるほど、神にたてついたからこの伝承は潰えたらしい。だが、それは神がいるという前提の話だが。竜神など信じられない。
あっ。
そこで大きな違和感の正体を知る。そうだ、辻褄が合わないのだ。
なぜ私はこの本を読むことができるのか?おかしい。
この本は会話調で記されているのだがこの会話をだれが書いたというのか。あの場には村娘と竜神しかいないはずだ。では男が隠れてみていたのか?
いや、人柱の儀式は通常人柱と神と一対一で行うものだ。それに、村娘は祈りで自分と龍神しかいないということを宣言している。ということは、この村娘はこの場から逃げ出して……?
ここから先の文章は途切れ途切れに書かれていた。辛うじてわかる部分のみを書き出しているようだ。
村には大きな洪水や干ばつが続いた。必然的に村は壊滅した。
村は最後の力を振り絞り村娘が何かしたのではと考えた。だが、証拠はつかめぬまま全員野垂れ死んだ。
おそらく村にしてみれば不可解だったのだろう。奇跡の子はこの儀式を知らぬ箱入りの女児を選んできたはずなのにと。
真相は村の者共は闇の中だ。だが、一つ記すとすれば、村娘にはとても良く似た双子の弟がいたらしい。
「ということは……。いや、でも」
この文が何を表しているのかはわからない。だが、もしこれが真実なのだとするならば村娘は……。いや、さすがに気がつくのでは?
私は本を閉じてこの伝承について更に調べることにした。
お題:ひたすらバナナを食べなさい
私の娘はバナナを抱きしめていた。
いや、本当にどうしようかと頭をかく。
「絵里ちゃーん。お母さんにそれ返してー」
「やっ」
「絵里ちゃーん」
三歳に入り言葉をよく喋るようになった絵里はいわゆるイヤイヤ期というものに突入している第一次反抗期となっている。
リビングでクリーム色の壁に立ちギュッとバナナを抱きしめている。窓からさす西日が眩しい。絵里の位置からは眩しくないだろうけど、これも絵里の作戦だったら本当に驚く。
「えりちゃんの!」
「さっき半分食べたでしょー?まんま食べられなくなるよ?」
「やっ!たべれゆの!えりちゃん、まんまたべれゆの」
こうなったらどうしようもない。バナナのなにがそんなに気に入ったのか。いつもならそこらへんに散らばっている人形や絵本に興味を示すのに見抜きもしない。
このぐらいの時期は何に対しても親の私に反抗するし、どうでもいいじゃんなんて思うような質問をしてきたりだとか。子どもの教育は難しいというのは知っていたけど正直想像以上だ。お母さんはそんな子育てを20年以上もやってきたんだよねぇ。まあ、高校生の時はともかく大学からは寮に入ったから資金面での援助がメインになったんだけど。
「って、あぁ、もう」
「んふっー」
どこか満足そうな絵里。自信満々にバナナを剥いて私に見せてくる。
「こーら」
「あー、えりちゃんのー」
「だーめ」
バナナを取り上げる。ただでさえ、腹にたまるものの代名詞のような存在なのにこれ以上食べさせるわけにはいかない。私はバナナを木のテーブルの上のお皿に載せて絵里と視線を合わせる。
「絵里」
「んぅー」
頬を膨らませて不機嫌そうだ。だけどもキチンとお話ししないと。こういう所からきちんと教育しないと。
お母さんに言われたけどこういうときに別なものを与えて誤魔化したらダメなんだよね。それは子どもを甘ったれにする原因だとかなんとか。といっても、公共の場とかはいたたまれないから絵里がもっと小さいときは時々そうしちゃったけど。
「バナナそんなに好き?」
「……うん」
やっとまともに反応してくれる。子どもはきちんと目を合わせて喋れば納得してくれるし感じてくれれる気がする。子どもは子どもなりの思考回路があるのだ。
「だけどバナナいっぱい食べたらぽんぽんいっぱいになるよね?」
「うん」
「ぽんぽんいっぱいでまんま食べれる?」
「たべれない」
「まんまはちゃんと食べなきゃダメだよね」
「うんっ」
「じゃあ、バナナはまた今度にしようね」
「やっ!」
元気いっぱいに否定なされてガクッと首を落とす。目線がジュータンに向かう。まるで漫才のようだがお互いに本気だ。
いや、漫才師も本気なんだろうけどそれとはまた違う。なんていうか、ベクトルが違う本気さだし。
「バナナを食べたらぽんぽんいっぱいになるよね?」
「うん」
「ぽんぽんいっぱいでまんまは?」
「たべれない」
「まんまはちゃんと食べなきゃ?」
「だめぇ」
「じゃあ、バナナはまた今度ね?」
「やっ!」
無限ループって怖いよねって、そんなことはどうでもよくて、こうなると大変だ。
多分絵里の中では一つ一つの事は理解できてるんだと思う。
バナナを食べたらお腹いっぱいになるし、そうなったら食べなきゃいけないご飯が食べれなくなるという事が。だけどそれ以上にバナナを食べたいからそのわかっている一つ一つの事が繋がらないんだろう。このぐらいの時期の子にはよくある事だ。
「バナナさんのおふく、はやくぬがすの!」
「お服……?あぁ、皮のことか」
なんて詩人な表現なんだろう。この子には創作の才能があるのかしら?なんて親バカ発動してる場合じゃないわよね。旦那なら間違いなく発動してたと思うけど。どうして、父親っていう存在は一人娘を可愛がるのかな。
「でも、バナナさん食べたらお母さんの料理食べられなくなっちゃうよ?お母さん悲しいな、絵里ちゃんがお母さんのまんま食べてくれないの」
「むぅ……たべれゆ。バナナさんのおふくぬがしてからでもたべれゆ」
少しひるむ。お母さんが悲しい作戦だ。絵里の体云々じゃなくてお母さんが悲しいから食べて欲しくないと説得すればいけると思う。なんとなく、私もこれが一番辛かった覚えが微かに残っている。
「絵里ちゃんがバナナさんが好きなのはよーくわかった。だから明日もオヤツはバナナにしよっか。そうだ、デザートをバナナの使ったものにしてあげる。どう?」
「むむむ……」
絵里選手、長考に入りました。
この小さな体にいっぱいいっぱい色んなものが詰まっていていっぱいいっぱい悩んでいるんだと思うと微笑ましくもなる。頰が軽く緩みそうになるがなんとか堪える。
絵里を妊娠した時、本当に嬉しかった。なぜか分からないけどエコー写真を見せられた時、このお腹の中に命が宿ったんだということを理解できた。つわりは大変だったけどそれでも、赤ちゃんがいるんだって強く認識できた。
そして絵里が産まれてからは、本当に大変だった。夜泣きは多分すごい方だったと思う。旦那も手伝ってくれたからまだよかったけど、本当に辛い時もあった。この子は私を苦しめたいのかとも思った。だけども、夜泣きは自分の生存率を上げる為第二子、第三子を産ませないようにするためのものだと教えられ、なんだか体が楽になるような気がした。まだ十二分に思考もできてないと思わされるようなこの体で、必死に生きようとしているんだということを知れたから、人間って、絵里って凄いんだなって思えた。それに、お腹の中では手を伸ばせばすぐに私に触れられていたのに急に一人にされてそのストレスで、みたいな話も泣く理由として聞いたことがある。赤ちゃんって、頑張ってるんだって思えた。
絵里はどんどん成長していき、初めて喋る言葉はパパかママかなんて言い争いをしていたら初めての言葉が『えいちゃん』で、恐らく自分の名前を言おうとしているものだったから二人して顔を見合わせて笑った。確かに絵里に一番話しかけていた言葉はエリだったかもしれない。
「おかあさん……?」
「あっ、あぁ、ごめん。なに?」
どうやら私の方が長考をしてしまっていたらしい。
「やっぱり、バナナさんのおふくぬがしたい」
「あー、……ん?」
そこで一つ違和感を覚える。絵里は一度もバナナを食べたいとは言ってない。さっきからバナナの服を脱がしたいと言ってる。まさか。
「絵里ちゃん、バナナさん、お服脱がしたいの?」
「うん」
あー、やっぱり。
絵里はバナナを食べたいんじゃない。バナナの皮を剥きたいんだ。多分、最初絵里にバナナ渡してそれを剥く姿に大袈裟に反応しすぎたからバナナを剥けば私が喜ぶと思っちゃったらしい。これは私のミスだ。
「じゃあ、絵里ちゃん」
「んぅー?」
「さっき言ったようにバナナさんを使ったデザート作るから、お手伝いしてくれる?バナナさんのお服を脱がす」
「うんっ。おてつだいすゆー!」
「よしっ、じゃあキッチンに集合!」
「しゅーごー」
トテトテも拙い歩きでキッチンにいく絵里を追いかけ、剥きかけのバナナを掴んでどんなバナナ料理を作ろうかと考え始めた。
お題:ひたすらバナナを食べなさい
「くそっ……、ここまでか」
「ふっ、油断したな」
「どうして……ブルータス、お前もか」
「それではな」
そういって倒れ伏す者の胸を刺す。
「なに遊んどんねん」
呆れたようにツッコム久人。「えー」とでも言いたげな表情でしぶしぶと席に戻る美樹と亜美。
ここはローマでもなければそんな時代でもない。畳のしかれた狭いワンルームだ。
「というか、この仕事なんなんよー」
そういって美樹を刺そうとした、剣に見立てたバナナを剥いて口に含む。
「アシスタントプロデューサーの仕事だ」
「というかこの特番絶対こけるやろ」
ぶつぶつと文句を言う亜美は企画書の資料を久人に投げる。
「まあ、確かにな」
資料を受け取って小さく頷く。
『芸人!バナナすべりコンテスト』と題されたそれはただただつまらない空気を醸し出さしていた。
内容は大御所から若手まで呼んで大量に用意されたバナナの皮で転びながらハーフマラソンを走るというもの。判定はハーフマラソンの順位によって得られたポイントとバナナの皮でどれだけ滑ったか、そしてその滑り方の芸術性を見るというもの。
「山内Pが古いのよ」
美樹は小さく毒づく。
「立案で一番山内さんをよいしょしてたのはお前やろ」
「あんなの、ごますりに決まってるでしょ?古いだけで、なんもおもろいことを考え無いくせに権限だけは強いからね。吸える養分はすっとかないと」
「……こえぇ」
「なんか言った?」
「いえ、なにも」
ぎろりとにらんだ美樹にすごすごと頭を下げる久人。その様子を見てから亜美は耐え切れなくなったという風にバナナの山の中に体を埋める。
「というか、なんであたし達だけで大量のバナナを消費しなアカンのよ……。おかしい」
「それには完全同意だ」
「耐えられへん。もうお腹いっぱい!」
その様子を見てため息を吐いて久人は立ち上がる。
「ちょっと行ってくる。美樹少し手伝って」
「なに?」
「流石に普通のバナナは飽きたからな……。少し手加える。調理場には色々そろってたはずやからそれ使うわ」
「そうやね。私も同意。亜美は?」
「あたしここで待っておくー」
「了解。いこっ、久人」
「あぁ」
美樹と共にバナナの山から適当につかんで調理場へと運び出す。その途中に久人は口を開く。
「山内さん、これが最後の仕事らしいな」
「せやね。だからこそ最後に好きなことやらしてあげようとしてるんやろうけど」
「これで視聴率取れると思うか?」
「5%」
「ひくっ!ゴールデンなのに」
「二けたは絶対いかんと思うけどね」
「まあ、そうだな」
近くの台にバナナを置く。
「それで、どうするの?」
「とりあえず……ミキサーあるからバナナオレと……ムースぐらいなら作れるかな」
冷蔵庫や棚の中を確認しながら呟く久人。
「了解。はい」
「おう」
牛乳を受け取り少しミキサーに入れる。
「皮を剥くのが面倒……」
「今企画の主役様だぞ」
「わかってるわよ」
面倒そうにバナナの皮をめくってポキポキと折ってミキサーに入れる。
「スイッチオンっと」
ボタンを押すと……。
「あれっ?」
ミキサーが回らない。まさかと考え何度も何度も押すが回らない。
「まさか、故障してんのか?」
軽く青ざめる久人に深いため息を美樹はつく。
「コンセントを付けずに回るミキサーではないんだけどね」
「えっ?あっ、ああ」
これはうっかりしていたと久人は顔を少し赤くさせてコンセントをつける。
「ウチにあるのがコードレスだからつい」
誤魔化すように早口で告げながらスイッチを押すとガーという音を立てておとなしく回転し始めるミキサー。
「そういう所は変わんないよね、久人」
「もうこの仕事4年目なんだけどな」
久人、美樹、亜美は同期にあたる存在で久しぶりに同じ番組にかかわることとなっていた。理由は若くてそこそこキャリアを積んだ連中というものに奇しくも当てはまってしまったわけなのだが。
「そのことをいってるんじゃない」
「えっ?」
グラスを用意しながら呟く美樹。
「高校の頃から変わんないよねって」
「……多少は成長してると思うけど」
「私からしたら全然変わってない」
「これは手厳しいな」
頭をかく久人。美樹と久人は同じ高校の出身だった。大学は別で、しばらくして疎遠になっていたのだが偶然にも同じ職業を選択して再会したのだった。
グラスにできたばかりのバナナオレを注ぐ。水分が足りなかったのかドロリとしていた。
「楽しかったよね」
「そう、だな。バカなこともしていた。正直今やってるのも高校の文化祭レベルだな」
「久人は、後悔してるん?」
「なにを?」
「私に、告白したこと」
「…………するわけねえだろ」
ぶっきらぼうに答える。
「なんで別れちゃったんだろうね。私達」
「会える時間が減ったからだろ」
それ以上でもそれ以下でもない理由。
「そうかも」
ただのガキの恋愛ごっこ。久人はそう思っていた。だからこそ自然消滅という形で二人は別れてしまった。
「ムースは作っとくからこれ先持ってって」
そこまで口にした久人はその続きを紡げなかった。
どうしてこんな話題をいまさら美樹がふったのか……。少し考えればわかることだったかもしれなかった。
「私は、今でも久人が好きだよ」
久人の手をつかみ見上げる美樹。
「忙しさにかこつけて会えなくて……メールすらできなくて、後悔しかしてない。だからこそ、もう一回ここで会えた時は嬉しかった。久人は?」
「……アイツまってんぞ」
「誤魔化さないで。それに亜美は……協力者」
「くんでたか」
どこかのタイミングで二人きりになるのを探っていたんだろう。亜美を調理場に誘ったのは美樹だがそれは逆の意味の、二人きりにさせてくれというサインだったのかもしれない。
「俺も、後悔していた」
「……」
続きを待つ美樹に久人は吹っ切れたように声を上げる。
「好きだよ。美樹」
「私も」
ギュッと抱きしめる。
手のひらから滑り落ちた恋はバナナの皮で滑るという企画で戻るというのはある意味皮肉なものだった。
お互いに暖かさを認識していると、カシャという場違いなシャッター音がなる。
「ゲット」
「亜美は来ないでって頼んでなかった?」
「さぁ?」
とぼけるように首をかしげる亜美。
「裏切り者」
「バナナオレ美味しかったよ。それじゃっ、ムースも待ってるか」
「待ちなさい、亜美!」
「キャー」
裏切りを見たカエサルは暗殺されるが、今度はバナナという剣を裏切られた美樹が持ち、ブルータスこと亜美が逃げる。
「滑って転ぶなよー」
自身もバナナオレを口にしながら久人は注意を呼びかける。その味はいつかしたキスの味を思い出させる甘さがあった。
お題:ひたすらバナナを食べなさい
私は弘明と机を挟んで向かい合う。その弘明は頭を下げてそれをズイっと私の前に差し出している。
「……弘明は就活も終わったってことで家族旅行に行ったんだよね」
「はい」
「スカイツリーをメインにした東京巡りだよね」
「はい」
「彼女に対して買ったお土産のこれは?」
「……大阪プチバナナです」
「地元やん!すぐそこで売ってるよ!パクリ商品!!」
思わず声を荒げてしまう。おかしい。こんなの梅田駅とか新大阪駅とか行ったらたくさん売ってるよ。
「旅行楽しかったんだ」
「原宿とか池袋たか楽しかったです」
「アニメイトの本店もいったんだっけ?」
「そうですね」
「うん、たくさんお土産ポイントあったのになんでコレなわけ!?いや、実は食べたことなかったけどおかしいでしょ!」
「おっしゃる通りです。もうしわけない!!」
「いや、いいけど」
そこまで謝られたら仕方ないから私はあきらめて大阪プチバナナを開けて口にする。甘いバナナクリームとふんわりしたスポンジがおいしい。
「もう10年近いんだっけ、これ」
「そうそう。東京ばな奈のパクリ商品なんだよなぁ。面白い恋人で一時期問題になったけどそれより前にやってたしな」
「にしてもさ」
もう一個プチバナナを手に取りながら口にする。
「それにしてもプチのないのがよかったな、やっぱり」
「どうぞ」
「うん、ここまでよんでたの?なんでカバンの中から普通のバナナが出てくるわけ?」
「食べる?」
「弘明が食べて」
「……いただきます」
大人しく口にする弘明。ここまで頭が回る人がどうして彼女の私に対してのお土産を忘れるのか。天然というか、不思議というか。
「本当は大阪黒たまご餅と迷ったんだけどね~」
「それも東京黒ごまたまご……だっけ?のパクリ商品だよね」
「でも突っ込みやすいのはこっちだよね」
「怒るよ?」
「わっ、つつ。ご、ごめんなさい」
私は笑顔で弘明の持っているバナナの皮の部分を握りつぶす。必然的に身の部分が上に上がって口に入り込む。
「こう考えたら大阪って本当にパクリというかオマージュというか……多いよね」
もう一つ大阪プチバナナを手に取りながら呟く。というか普通に美味しいから困るんだよね……。これで不味かったらもっと怒れるんだけどそうじゃないから怒りづらい。
「まあ、面白ければなんでもOKだしな」
「それは言えるな」
不思議だけど事実だから仕方がない。
「それにしてもさ、次は一緒に行きたいよな」
「私と?まぁ……最終面接まで行ってる会社が三つあるから、そのどれかに引っかかったら行けるかなって思う」
「うん。じゃあ、絶対行こうぜ!」
「は、はいはい」
無邪気にそんな風に言うからもっと怒れない。顔に熱が上がったのがわかるからそれを隠すようにキッチンへ行く。
「飲み物だしてなかったね。アイスコーヒーでいい?」
「ハーブティーで」
「ないわよ」
弘明をはいはいと相手にしつつインスタントのコーヒーを手早くつくって持ってくる。
「ハーブティーはー?」
「東京土産はー?」
「いっただっきまーす」
本当にこの人は……。
というか、私のこれは洋菓子だしあうけど弘明のバナナとコーヒーって会うのかな?まあいいや。あうならあうでいいし、あわないならあわないで罰ゲームということで。
「でもさ、せっかくだからみやげ話ぐらい聞かしてよ」
「おう!」
「じゃあ、スカイツリーはどうだった?」
「えっとなぁ……とりあえず高くてさ」
「いや、それは知ってるけど」
呆れつつも嬉しそうに話す弘明を微笑ましくも思う。
大学にはいって結構早めに付き合うようになってもう三年か。たまにどこに惹かれたの?と聞かれることあるけどそんなの私にもわからない。フィーリングが合うというかなんというか。
だけどこんなふうに楽しそうに、嬉しそうに話している姿を見るとやっぱりこういう所に惹かれたのかななんて思う。
私はそこまで気分を表すようなタイプじゃないから対比的に感じるのかもしれない。自分にない部分を求めるのかな。
「うん、だけど単独行動の時にメイド喫茶にいった話を私にはするのはどうかな?」
「えっ?あっ……」
楽しすぎて忘れていたのかこの人は。
「別に束縛する気はないし女友達と遊んでもらってもいいんだけど、メイド喫茶でデレデレした話はどうかな?」
「べ、別にデレデレしてるわけやないって。その、やっぱり秋葉原にいったらいっぱいあるからこういうのも体験の一つとしてね」
「大阪にもメイド喫茶ぐらいあるでしょうが」
「いっていいわけ!?」
「黙って行って!!嬉しそうな顔するな」
直情的な人だよな。少し悔しくなる。
「メイドさんにどんなことしてもらったの?」
「おいしくな~れ、萌え萌えキュンっていう感じのかなって思ったけど店ごとに色々違うんだということがわかった」
「一軒だけじゃなくて、梯子していたことが発覚した」
「あ、いや、二軒だけだから。ねっ?」
うるうると上目使いで……見つめられる。この人はもう……。
「はいはい。わかったわかった。彼女が私でよかったわね。束縛性の強い人だったら本気で怒られてたよ」
「そうっすね」
「というかお土産忘れた時点で大問題な気がする」
「ヤンデレでなくてよかった」
「二次元では好きだよね」
「実害がこっちに向かないから愛でれるよね」
ちょっとこっちが誘導したらすぐポロポロいうから面白い。この人詐欺とかにあわないかな?大丈夫だとは思うけども……。
「弘明は自分あてのお土産とか買わなかったの?」
「俺?えっと……」
食べ終えたバナナの皮をゴミ箱にすててからガサコソと鞄をあさる。持ってきてるんだ。
「これこれ」
「んー?」
出してきたのは小さめの黒い箱。私は何コメかのプチバナナを地面においてティッシュで指を拭く。
「開けていい?」
「ああ」
笑顔で頷く弘明。そんなにいいものなのかな。
なにが入ってるのかなと少しドキドキしながら開ける。
「えっ……?」
中に入ってたのはエンゲージリング。
「銀座で買ってきた。まだ学生だから高いものは買えないけどさ……」
ただ黙って思わず彼の顔をみつめてしまう。
「澪。仕事も落ち着いてお金もたまったら結婚しよう」
「最初から、これを狙って……?」
「あぁ」
胸の高鳴るものを抑えきれない。
「ダメか?」
「……バカ。ダメなわけないじゃん」
「よかった」
柔和に笑う彼。
手のひらの上だったのは弘明じゃなくて私だったみたいだ。
「澪」
手を優しく握られ左薬指にエンゲージリングを付けられる。
「実は東京バナナも用意してる」
「ばーか」
顔を見合わせて笑いあう。本当にこの人は……。大好きな人だ。
随時更新予定!




