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第十六個体観測録 王立学術院提出報告書控  作者: 黒瀬 量衡


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第一報 城壁外遭難後初期観測報告

件名 城壁外遭難後初期観測報告


提出予定先 王立学術院 辺境度量衡監査部門

宛先 辺境度量衡監査部門 上席監査官殿


整理者 王立学術院所属 辺境度量衡監査官補 アリア


記録種別 帰還後提出予定報告書控

作成時点 城壁外遭難後、保護地にて手元記録を再整理

対象事案 城壁外交易路における隊商崩壊、および未分類オーク群による保護後初期観測


---


一 要旨


 本控は、城壁外交易路における度量衡調査中、同行隊商がゴブリン群の襲撃を受けて崩壊した後、整理者が森内で保護された状況、および保護地において確認した未分類オーク群の初期観測事項を、帰還後の報告に備えて整理するものである。


 整理者を保護した大型個体は、王国一般分類上は「オーク」と記すほかない外見的特徴を有する。


 しかし、当該個体およびその周辺群には、通常の野生オーク記録と一致しない行動が複数認められる。


 主な相違点は以下のとおりである。


 一、水の用途を分けること。

 二、火を用いて腐敗物を遠ざけること。

 三、汚れた布と清い布を分けること。

 四、傷者を隔てること。

 五、若い雄の接近を制すること。

 六、荷、数、務めを粗く分けること。

 七、短い音により群れの行動を止め、戻し、分けること。


 以上により、当該大型個体を本控では暫定的に「大個体」または「第十六個体」と記す。


 この呼称は、王国公式分類としての確定を求めるものではない。帰還後、上席監査官へ報告する際の便宜上の仮称である。


---


二 遭難および隊商崩壊の経緯


 整理者は、城壁外交易路における度量衡の混乱、荷印、通行符、商会印、関税および通行税に関する調査のため、商会隊商に同行していた。


 同行隊商は、森内または森縁においてゴブリン群の襲撃を受け、隊列を維持できなくなった。


 襲撃時、ゴブリン群には秩序ある略奪の様子は認められなかった。


 確認できた行動は以下である。


 一、荷を選ばず裂く。

 二、封印、荷札、通行符を読む様子なし。

 三、商会印を識別する様子なし。

 四、噛む、汚す、散らす行為が多い。

 五、血、泥、腐肉、膿んだ傷、濁った臭気を伴う。

 六、通常の盗賊、野盗、税取りとは性質を異にする。


 隊商構成員の生死は不明である。


 整理者の公務調査帳、荷札写し、通行符控え、羊皮紙片の一部は、襲撃時に散逸した可能性がある。


 後日、それらが王国側に回収された場合、隊商壊滅および整理者死亡または喪失の根拠として扱われる恐れがある。


 捜索隊を派遣する場合、ゴブリン由来の腐敗汚染、噛傷、泥水、死体片への接触を避ける備えを要する。


---


三 大個体との初接触


 整理者は森内退避中に負傷し、一時意識を失った。


 その後、整理者を腐敗の強い場より運び出したのは、人間より著しく大きなオーク個体であった。


 外見上の特徴は以下である。


 一、人間より著しく大きい。

 二、長い腕、厚い胸腹、強い筋力を有する。

 三、牙および厚い顎を有する。

 四、獣毛を有する。

 五、獣臭は強いが、腐肉臭または糞尿臭とは明らかに異なる。

 六、革紐、荷帯、道具を吊るす輪、腰布、作業用の帯を身につける。


 当該装具は、王国の衣服または装飾とは異なる。飾りではなく、道具を携行し、荷を扱うための実用装具と見るべきである。


 当該大個体は、整理者をその場で殺害せず、捕食せず、腐敗臭の強い場所より離した。


 担ぎ方は粗暴ではあるが、負傷者を落とさぬよう支える形であった。


 現時点で確認できる事項は以下である。


 ――大個体、腐敗の強い場所を避ける。

 ――大個体、負傷者を持ち帰る。

 ――整理者を即時殺害せず。

 ――整理者を即時捕食せず。

 ――目的は不明。

 ――ただし、救命または隔離に類する行動の可能性あり。


---


四 保護地の状況


 整理者が目覚めた場所は、粗い布で囲われた幕屋状の場所であった。


 王国軍の幕屋ではない。


 商人の荷置き幕屋でもない。


 ただし、床は乾いていた。


 この点は重要である。


 王国軍務教育および獣害記録では、野生オークの巣は泥、糞尿、腐肉、古い血、虫、獣臭を伴うものとされる。


 しかし、整理者が置かれていた場所では、少なくとも以下の分離が確認された。


 一、飲む水。

 二、洗う水。

 三、汚れた布を置く場所。

 四、火へ近づけるもの。

 五、火から遠ざけるもの。

 六、乾かすもの。

 七、傷者へ用いるもの。


 整理者の傷周辺には、湯または温められた水で拭われた形跡がある。


 汚れた布は離され、湿った布は火の近くに置かれていた。


 この行動は王国施療院の正式作法ではない。祈祷、薬師の処方、軍医の手順とも異なる。


 ただし、水、火、乾き、布を用いて腐敗を遠ざけようとする反復行動が認められる。


 偶然の行動ではなく、作法化しかけた手順として記録する必要がある。


---


五 水、火、腐敗物の管理


 大個体の群れにおいて、水と火は単なる道具ではなく、場所および用途を分ける基準として扱われている。


 確認事項は以下である。


 一、水は飲用、洗浄、傷者用として分けられる。

 二、火は湿った布を乾かすために用いられる。

 三、火は腐敗物を遠ざけるものとして扱われる。

 四、灰は汚れを落とすものとして扱われる。

 五、腐敗した肉、汚れた布、黒ずんだ骨片等は、水場および寝床より離される。

 六、若い個体や小柄な個体はしばしば分離を誤る。

 七、大個体がその都度制止し、置き場を戻す。


 群れ全体が上記作法を理解しているとは言い難い。


 若い個体は、水場近くに腐敗した実を置くことがある。


 濡れた布と乾いた布を混ぜることがある。


 傷者の近くへ汚れたものを運ぶことがある。


 食うべきでないものを口へ運ぼうとすることがある。


 その都度、大個体は短い音を発し、行動を止める。


「まて」


「だめ」


「水」


「火」


 これらは現段階で王国語として理解されたものと断定しない。


 ただし、音と行動が反復して結びついている。


 音により、個体の動きが止まる。


 音により、場所が分けられる。


 音により、務めが戻される。


 単なる唸り声ではなく、行動制御に用いられる音と見るべきである。


---


六 森内危険図に関する所見


 整理者は帰還のため、隊商路、城塞都市、境界杭、荷車の轍、通行税小屋等の位置を確認しようとした。


 大個体は地面に線を描いた。


 当初、整理者はこれを地図と判断した。


 しかし、当該図には王国地図に必要な印は認められなかった。


 確認できなかったものは以下である。


 一、城壁。

 二、村。

 三、市場。

 四、橋。

 五、道標。

 六、通行税小屋。

 七、境界杭。

 八、荷車の轍。


 一方、図らしき線に含まれていたと思われるものは以下である。


 一、水のある場所。

 二、腐敗の筋。

 三、獣の出る方角。

 四、近づくべからざる線。

 五、ゴブリンの臭気が残る筋。

 六、大きな危険のある場所。


 以上より、当該図は王国へ帰還するための地図ではなく、森内で死なないための危険図と見るべきである。


 大個体が城壁への道を知らないのか、知っていても整理者を安全に戻す線として示せないのかは不明である。


 現時点では、整理者の単独帰還は困難である。


 ただし、公的報告において「帰還不能」と断じることは避けるべきである。王国側が整理者喪失を早期に確定する根拠とする恐れがある。


---


七 水場周辺の制止行動


 水場は、群れ内で特別に扱われている場所である。


 飲む水、洗う水、傷者に用いる水、汚れを落とす水は、完全ではないが混同されにくいよう分けられている。


 また、水場周辺では若い雄の接近が制される。


 整理者の幕屋と水場の間に、大個体が立つことがある。


 若い雄が近づくと、大個体は短く制する。


「まて」


 この音は単なる威嚇音ではない。


 行動停止の音である。


 接近禁止の音である。


 越境を防ぐ音である。


 若い雄は十分に理解しているとは言い難いが、この音により一時的に動きを止め、距離を取ることがある。


 この点は重要である。


 群れに欲がないわけではない。


 欲を消しているわけでもない。


 大個体が、場所と時を分けている。


 よって、当該群れを「安全」と記すことはできない。


 しかし、無秩序な野生オーク群と同一に扱うことも不正確である。


---


八 夜間水場に関する報告可能事項


 同期間に、夜間水場に関する観測がある。


 ただし、その詳細は本報告書控には置かない。


 理由は以下のとおりである。


 一、王国へ直載した場合、観測事項ではなく整理者自身の穢れ、恐怖、羞恥、または保護関係の誤読として扱われる恐れがある。

 二、整理者の証言能力、名誉、身分に対する不利益を招く恐れがある。

 三、当該大個体の行動を過度に有害または過度に好意的に読ませる恐れがある。

 四、若い雄への制止、清め、自制に関する観測と、私的接触の細目を分離する必要がある。


 本報告書控に置ける事項は以下に限る。


 ――大個体、夜間に水場へ離れることあり。

 ――大個体、整理者の幕屋周辺に若い雄を近づけず。

 ――大個体、自身の身を水により清める様子あり。

 ――整理者との距離を保つ行動あり。

 ――水場行動の細目は封緘羊皮紙へ移す。

 ――当該行動は、大個体に欲がないことを意味しない。

 ――むしろ、欲を時と場所で分ける行動と見るべきである。


 以上は、公的報告時に表現を慎重に調整する必要がある。


---


九 荷、数、務めの分離


 大個体の群れには、単純な数および荷の扱いがある。


 王国算術ではない。


 商人帳簿の記載でもない。


 ただし、石、棒、袋、荷の置き方により、多少、不足、分配を扱っている可能性がある。


 確認された分離は以下である。


 一、食うもの。

 二、乾かすもの。

 三、運ぶもの。

 四、火の近くに置くもの。

 五、水場から遠ざけるもの。

 六、傷者へ回すもの。


 これらは十分ではない。


 若い個体はしばしば誤る。


 しかし、完全には混ざっていない。


 大個体は、若い雄や小柄な個体に、短い音と身振りで務めを与える。


 確認された務めは以下である。


 一、荷を運ぶ者。

 二、火を見る者。

 三、水を運ぶ者。

 四、傷者の近くへ物を置く者。

 五、若い雄を遠ざける者。


 務めは固定された身分ではない。


 ただし、一時的な役割としては機能している。


 当該群れは、ただ群がって食うだけではない。


 少なくとも大個体のいる場では、荷と務めが分けられている。


---


十 異文化圏由来物品


 群れの荷置き場には、複数の文化圏由来と思われる物品があった。


 確認したものは以下である。


 一、金属札付きの布袋。

 二、鉱山印に似た刻み。

 三、重さを示すと思われる短い記号。

 四、人間王国の商会印とは一致しない封紐。

 五、破れた布片。

 六、道具として再利用可能な金属片。


 整理者は当該文化圏の本文を完全には読めない。


 ただし、辺境度量衡監査官補として、荷印、重量印、封紐の扱い、鉱山由来の印らしきものを一部判別できる。


 推定として、ドワーフ文化圏または鉱山ギルド系の荷である疑いがある。


 大個体の群れがこれらを作成したとは考えにくい。


 隊商襲撃後の回収物、放棄荷、または別経路より得た荷と見るべきである。


 重要なのは、大個体がこれらを全て食料または寝床材として扱っていない点である。


 袋は袋として残す。


 紐は紐として使う。


 金属片は飾りではなく、留め具または道具として扱う。


 破れた布は包むもの、拭うもの、吊るすものに分けられる。


 用途による分離がある。


---


十一 傷者管理


 肩に傷を持つ雌オークを確認した。


 この雌は、群れ内で捨てられていない。


 乾いた場所に置かれ、水を与えられている。


 大個体は、若い雄が近づきすぎると制する。


 また、汚れた布が傷へ近づくことを避ける。


 この雌の回復について、現段階では断定できない。


 ただし、傷の熱が想定より早く退く疑いがある。


 原因は不明である。


 可能性としては以下が考えられる。


 一、水、火、乾き、腐敗物の隔てによるもの。

 二、当該雌個体の体質によるもの。

 三、オーク雌一般の回復力によるもの。

 四、大個体の保護手順によるもの。

 五、その他未確認要因。


 公的報告時には、以下の表現に留めるべきである。


 ――肩傷の雌、捨てられず。

 ――水、火、乾き、隔てあり。

 ――回復傾向、継続観測を要する。

 ――原因は現時点で断定不能。


---


十二 整理者自身の状態


 整理者自身の状態について、本報告書控に置ける範囲で記す。


 整理者の身体状態は、帰還判断、救援判断、証言能力の判断に関わるためである。


 初期状態として、以下を確認した。


 ――負傷あり。

 ――意識喪失あり。

 ――目覚めた時点で飲水可能。

 ――傷周辺、清められた形跡あり。

 ――腐敗の進行、現時点で断定できず。

 ――歩行、当初は不安定。

 ――強い恐怖あり。

 ――ただし、大個体により即時殺害または捕食された事実なし。


 なお、整理者自身の羞恥、安堵、恐怖の変化、大個体に対する心情の揺れ、身体に関わる細目は、本報告書控に置かない。


 当該事項は観測に影響する可能性がある一方、公的報告時に整理者の証言能力を疑わせる恐れがある。


 必要に応じ、封緘羊皮紙へ分離する。


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十三 仮分類


 以上の観測により、当該大個体について以下の仮分類を置く。


 一、王国一般分類上はオークである。

 二、通常の野生オークと同一視するには、行動差が大きい。

 三、水、火、腐敗物、傷者、荷、務め、短い音を分けて扱う様子がある。

 四、群れ全体に自律的秩序があるというより、大個体を中心に秩序が生じている。

 五、現段階で文化圏とは呼べない。

 六、ただし、十五文化圏外に生じた秩序の芽として記録する価値がある。


 暫定呼称。


 ――第十六個体。


 この名は王国公式分類として提出するには時期尚早である。


 しかし、整理者の観測整理上は必要な仮称である。


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十四 危険事項


 現時点での危険事項を以下に整理する。


一 ゴブリン腐敗の危険


 隊商崩壊地点および森側へ散った腐敗の筋は、再接近すれば死に直結する恐れがある。


 捜索隊が入る場合、腐敗物、噛傷、泥水、死骸片、汚染布への接触を避ける備えを要する。


二 若い雄オークの危険


 大個体の制止がある限り、整理者への直接接近は抑えられている。


 ただし、制止が外れた場合、整理者の身が守られるとは言えない。


 当該群れを安全と評価することはできない。


三 王国側での誤読


 整理者がオーク群内で生存している事実は、王国において救命よりも穢れとして扱われる恐れがある。


 帰還時には、審問、隔離、虚偽記録の疑い、名誉喪失、職務継続不可の判断が生じる恐れがある。


四 第十六個体の捕獲または軍務利用


 大個体の水、火、腐敗物、傷者管理に関する行動は、軍務、捕獲、利用、尋問、または兵站研究の対象とされる恐れがある。


 群れの正確な所在、規模、清めの手順の細目は、本報告書控には記さない。


---


十五 提出保留事項


 以下は、公務調査帳本文または通常報告書本文へ直載するには危険が大きいため、本報告書控では細目を保留する。


 一、大個体が整理者を清めた具体的手順。

 二、夜間水場における大個体の私的行動。

 三、整理者の幕屋周辺における若い雄の接近と制止の細目。

 四、肩傷の雌の回復差に関する未確定推測。

 五、群れの正確な所在。

 六、第十六個体という仮称を王国公式分類へ出す時期。

 七、整理者自身の恐怖、安堵、羞恥、心情変化。

 八、整理者の身体に関わる細目。

 九、大個体との私的接触に属する事項。

 十、王国側で整理者の名誉または証言能力を損なう恐れのある記述。


 以上は、必要に応じて封緘羊皮紙へ分け、帰還後、上席監査官へ口頭補足のうえ取り扱い判断を仰ぐ。


---


十六 総合所見


 整理者は現在、王国一般分類上オークとされる群れの内にいる。


 この事実のみをもってすれば、王国側は整理者を失われた者と判断する可能性が高い。


 しかし、観測事実はそれだけでは処理できない。


 当該群れには、以下の事項が確認されている。


 一、水の分離。

 二、火の管理。

 三、灰の使用。

 四、腐敗物の隔離。

 五、傷者の保護らしき行動。

 六、若い雄の制止。

 七、荷の分離。

 八、数および務めの芽。

 九、短い音による行動制御。

 十、夜間における自制らしき行動。


 これを文化と呼ぶには早い。


 法、王、帳、婚姻、相続、裁き、税、暦、祭、対外交渉の制度は確認できていない。


 しかし、ただの野生群と記すには、すでに見過ごせない分離と手順がある。


 したがって、当該大個体を暫定的に「第十六個体」とし、継続観測の対象とする。


 今後確認すべき事項は以下である。


 一、短い音が他個体へ広がるか。

 二、水、火、腐敗物の分離が継続するか。

 三、傷者の回復傾向に再現性があるか。

 四、若い雄への制止が習慣化するか。

 五、荷、数、務めの分離が一時的行動に留まるか、手順化するか。

 六、整理者の帰還線を確保できるか。

 七、王国側へ報告する場合、当該群れをどの程度まで記すべきか。


 以上、帰還後の報告に備え、現時点の整理控として保管する。

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