[第一章:厄払い神、降臨]その4
「…嫌、なのです?」
「そうじゃ。質問ぐらいなら、と言ったじゃろ?それ以上は気が乗らん。気分じゃないのじゃ」
ミルは上半身を床に投げ出し、続ける。
「おぬしは儂の身を削った下ネタにも鈍い反応じゃし。つまらん、つまらん、つまらんのじゃ。…実につまらなくて」
そこで、ミルは思いがけないことを言う。
「儂の使い手として認める気分にならぬのじゃ」
「…使い手?」
ミコはその言葉に眉を顰める。
(一体なんのことなのですね…?)
行った[リーチュ]は災いを祓う神を降ろすものだ。
そして、神とは工具や包丁などのような道具ではない。である以上、ミルが道具などであるという前提でしか成り立たない、使い手などと言う言葉は出来ないはずである。
そう変に思ったミコは、ミルに尋ねる。
「…ミルさん。あなたは今使い手と言いましたなのですね」
「そうじゃな」
身を投げ出した、地面に寝転がった態勢のままのミルに、ミコは続ける。
「一体どういうことなのですね?使い手などと言うのは。まるであなたが…災いを祓う力を持つあなたが、道具かのようではないなのですか」
その問いに、ミルは顔だけあげて、あっさりと答えた。
「そうじゃよ?儂は道具じゃ。神と言うことにされとる、災いを祓うための道具じゃよ。そういうものとしてさっき、お主に作られたんじゃよ」
「…私が…?」
ミコは疑問から首を傾げ、先ほどの自身の行動を振り返る。そして、ある可能性にすぐに思い至る。
「…もしかして、さっきの[リーチュ]…?」
「そうじゃ。お主がやったそれで、儂はつくられたんじゃよ。道具として、な。バブーじゃ」
「…」
ミルの言葉を受け、ミコは考える。
(つまりは…あの[リーチュ]は前書きとは少し違うものだった、ということなのですね)
巻物には神を降ろすと書かれていた。だがそれは、本物の神を降ろすわけではない。
災いを祓う力を有した、神の名を冠し、その形をした道具を作成、降臨させるというものだったようである。
(紛らわしい前書きなのですね)
一応ミルは神と言うことになっているし、災いを祓う([災塊]接触の)力は持っているようなので、嘘というわけではないようだが。
(まぁ、それはいいなのです。ミルさんが本物の神かどうかは今さほど重要ではないなのですし)
そう結論付け、[リーチュ]の内容についての思考を締めたミコは、ミルに言う。
「ところでミルさん。使い手として認められないとは?」
「…ああ。そうじゃな、説明ぐらいはしてやるのじゃ」
ミルは体勢を変えず、話始める。
「…儂は災いを祓う道具として、確かに、お主が言ったとおりの力を持っている。だがそれは、儂の任意で使えるものではない」
「任意では。…誰かの許可がいると?」
ミルは右手を左右に振って否定する。
「ちょっと違うの。儂の力を使うのには、使い手がいるのじゃ。儂は道具じゃからな。道具が勝手に力行使しても困るじゃろ?だから使い手…主と言ってもいいが。それがいなければ、儂は力を出せん。このままじゃただの究極変態π少女じゃ」
「…なるほど」
究極変態少女などという珍妙な言葉は無視して、ミコは相槌を打つ。
「…そして、じゃ。儂はお主を使い手と、主として認めたくない!」
「…つまらないから、なのですね?」
「そうじゃ!」
その言葉と共に、ミルは飛び起き、ミコに両手の人差し指を突きつける。
「お主はさっきの儂の下ネタにまともに面白い反応をしなかった!共感性羞恥で赤くもならず、性的な理由で興奮もせず、常識を理由に怒りもせず、なによりまるで興味がない!無視されるよりマシ程度、そんな淡白な反応じゃぁ、全く持って面白くない!」
「…むむむ、そんなにダメだったなのですか」
「そうじゃ!お主は儂の主として、芸人としてのレベルが全く足りておらん!さっきの消しゴムツッコミぐらいしか見るところがない!だからつまらん、つまらんのじゃ!そんなつまらん奴とは、行って友達が精々、主とは認めん!だから協力は無理で嫌なのじゃ!」
「…むぅ」
不満を爆発させるミルに、ミコは思う。
(困りましたなのですね。下ネタに冷静に対応していたのが失敗だったとは。あそこまで振ってきていたのなら、せめて盛大なツッコミぐらい入れるべきだったなのですね)
そこで、ふとミコは思い立つ。
「…ミルさん」
「…なんじゃ?言っておくが儂の主張は曲げる気はないぞ!」
「そうでしょう。それは勢いづき方を見ていれば分かるなのです。だから…私が今、あなたのお眼鏡に叶う私になって見せるなのですね」
「…なんじゃと?」
ミコの思いがけない行動に、ミルは驚いて目を見開く。
そんな彼女を見ながら、ミコは思う。
(ミルさんが望むような反応をしていく。…まぁ私の性格とは合わないのですが、これも[奇災]解決のため。自分を曲げてでもミルさんに認められ、協力を得るなのですね!)
「さぁ、ミルさん。私に再び下ネタを。今度こそ面白い反応をしてみせますなのですね!」
「お、おう…。それじゃぁ…まぁ、行くぞ」
突然のミコの宣言と行動に戸惑いをみせつつ、ミルは気を取り直して再び自身のしめ縄をつまむ。
そして、下ネタ発言に移る。
「ほれ見るがいい!この下には儂の素晴らしいぺったん胸じゃ!さぁどうじゃぁ!」
その振りに、ミコは返す。
「う、うわーーうわー、す、すごすぎる…!」
わざとらしく腕を広げ、体を前に向かってくの字にして。
「…は?」
「これは刺激的だー、共感性羞恥で悶えるー、常識的にあり得ない、恥ずかしく、そして興奮するー」
若干力んだ真顔で、ミコはそう言う。
さらに言葉は棒読みに近く、感情はあまり籠っていない。内容もついさっきミルの言ったことそのままである。欠片程の工夫もない。
「興味を持たざるを得ないというものー」
「……」
渋い顔をしてミルは沈黙する。
それから、無駄にのけ反っていたミコを手招きする。
「…どうだったなのですね?」
至って真剣にミコは問いかける。
そんな彼女の肩に手を置き、ミルは言う。
「…0点じゃ」
「え?」
「多分お主、向いてないわ。こういうの」
一瞬の沈黙。
「え゛」
絶句である。
「あー。…面白い反応をしてみせるとか言った時点でそんな気がしたのじゃが。お主は無理じゃな、儂の求めとるみたいのは。というか見ててなんかむかついてきたし、うむ。…無理を言って悪かった。だからもうやるな。寒い」
「…そ、そうですか」
(頑張ったなのですが…)
[奇災]解決のため、ミルの協力を得るため、いたって真面目にやったミコは、若干ショックを受けた。
そのために少し肩を落とした彼女に、ミルは少しバツが悪そうな様子を見せる。
「…えーとまぁ、気にするな。誰でも向き不向きというものがある。お主にはこっちは無理だっただけじゃ。あまり気を落とすな」
「…ですね。ところでこれじゃやっぱり主はダメなのですか」
「立ち直り速いなお主!?」
「ああ、はい。そう簡単に落ち込んでとまるわけにはいかないので」
([奇災]解決のためには)
当然のように、というか当然と言った気持ちでそう返すミコに、ミルは言う。
「…お主別方向のギャグは向いていそうじゃな」
「なのですね?」
ミコは首を傾げた。
「…まぁそれはいいとしてじゃな。やっぱりお主は、儂の主としては認められん」
「…ううむ、やっぱりそうなるなのですね」
「そうじゃ。やっぱりお主じゃと儂の気が乗らん。気が乗らんのを使い手とは認めたくないし、無理にやっても儂の性能というのはおそらく落ちる。そんな気がする…多分そう言う風にでいておるんじゃ…」
一度ミコを落ち込ませたせいか、先ほどよりは勢いの削がれた様子でミルは言う。
「それにな」
ミルは続ける。
「そもそも儂、言った通りさっき生まれたばっかりで、つくられた際に入った情報…儂の力とエロネタ以外、よく知らんし、生まれた世界の状況もよくわかっとらんのじゃ。そんな状態で協力しろと言われても難しいのもある」
「なる、ほど…」
(力の方はともかく、なんでエロ系入ってるなのです?)
などと、あの[リーチュ]の内容を書いた相手(おそらく自分の先祖あたり)に疑問を抱きつつ、ミコはミルに言う。
「つまり、ミルさんは赤子のようなものと」
「そんなところじゃ。バブーって言ったじゃろ?まぁ、厳密には違うような気もするが」
「…ふむふむ」
ミコは腕を組んで思う。
(まぁ確かに、そんな状態で急に協力を要求されても、素直にはいと言い難いのは、分かるなのですね)
振り返ってみれば、ミコはミルに対し、かなり簡略化した目的を伝えたに過ぎない。それでいきなり協力してくれ、は無茶なところもあるだろう。
「分かったなのですね。それなら、まずは私が、この世界について説明するなのですね。そうしたら、協力…というか主にするかのこと、考えなおしたりしてくれます?」
その言葉に、ミルは腕を組んで考え、言う。
「…そうじゃな。まぁ、ないこともないといったところじゃな」
(…十分ですね。ちょっとでも可能性があるなら)
少しでもミルが心変わりするかもしれないのなら、それに賭けていい。
また、仮に変わらないのだとしても、ミルが生まれたこの世界のことを教えるぐらいは、生み出した者の責任として、やってもいいだろう。
そう、ミコは思う。
「では、ミルさん」
「あ、さっきから気になっておったが儂は呼び捨てでよい」
「なのです?ではお言葉に甘えて、ミル」
ミコはミルを見る。
「あなたの心変わりを期待しつつ、説明をするなのですね。私が生まれたときからずっと生きてきたこの世界のことを…」
「おう。なら、ありがたく聞かせてもらうことにするかの」
「ええ」
ミコは頷く。
「それでは…」
そうして、ミコは始めようとする。
この世界のこと、この地を覆う数々の[奇災]のことを、ミルに教えようとする。
…そんなときであった。
「グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァウッ!!」
『!?』
奇妙な咆哮が、神社の外で多数上がったのは。




