深苑とReica
「……ミ……ソ……ノ……」
夜明け前の海は、思っていたよりも静かだった。
波の音も、風も、まるで僕の決意を知っているかのように、何も言わず、ただそこに存在していた。
ここに来たのは、これで終わりにするためだ。
疲れた、と言えば簡単だけど、本当はもう、何も感じなくなってしまったことが怖かった。怒りも、哀しみも、罪悪感も、どこか遠くに霞んでいく。
そんな自分が、生きている意味を見出せなくなった。
「いっそ……このまま……」
呟いた声が波に溶けていく。周囲には誰もいない。誰にも気づかれずに、消えていける。
そのはずだった。
けれど。
「……ミソ……ノ……」
あれは――風の音? それとも……声?
いや、そんなはずはない。
ここにいるのは僕一人だ。
それでも、耳の奥に張りついたようにその声が離れない。
「ミソノ」
三度目に名前を呼ばれたとき、足元に何かが触れた。
冷たい、水とは違う感触。
ぞくりと背筋が凍る。
視線を下げると――
「……レイカ……?」
波打ち際に、その名前が自然にこぼれ落ちた。
「お前……死んだんじゃ……なかったのか……?」
「深苑、久しぶり」
その声は、まるで春の朝のように穏やかで、ついさっきまで僕を支配していた恐怖を一瞬で忘れさせた。
「何…してるの…?」
僕が震える声で問いかけると、彼女は首を傾げながら答えた。
「あなたに会いたくて、会いに来たのよ」
その言葉に、胸の奥が妙にざわめいた。
そんな訳がない。彼女は僕の事を憎んでいるはずだ。
「違う……お前は……」
その声を追いかけるほどに、胸の奥がざわついた。
思い出したくなかったはずの記憶が、霧の向こうからぼんやりと顔を出す。
あの日、僕は彼女を――星に変えてしまった。
言葉にできない罪悪感が、再び波の音に溶けていく。
一瞬の間に乱れた心を無理に落ち着かせた。
「いいよ…ちゃんと答えて」
深く息を吸って吐き出した。
「君は"誰"?」
レイカの正体は、題名の「Reica」にもヒントがあります。彼女と深苑は一体どのような関係だったのか。彼女の本当の目的は何だったのか――。そうした設定や背景は、あえて読者に明示せず、物語の奥に隠しています。それが今回の作品の特徴です。
本当は、「深苑がレイカを星にした」という事実も伏せたままにしたかったのですが、さすがに分かりにくいとの声を頂、やむなく書き加えました。
第三者からは理解しきれない恐怖をお楽しみ下さい。
最後の一文で察した方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも、レイカは本当に"レイカ"だったのでしょうか。
海には危険がつきものです。
皆さんも海に行く際はお気をつけて…