18話
順調に真白の魔法制御の練習、もとい魔族の対処を進めていた早乙女陸と白銀真白は一段落したところで一息ついていた。
「大丈夫か?かなりの数を倒してたと思うけど」
これまで二人が合計で倒した魔族の数は軽く百を超えている。二人の周りを見渡してみると動かなくなった魔族の亡骸が大量にあった。
「まだまだ、大丈夫。殆ど、陸が倒してたから」
とは言え、空色の髪を揺らす少女が言った通りその主犯格は陸だった。倒れる魔族の多くは少年が一人で倒していた。真白が倒したのは一割もないのではないだろうか。
「陸こそ、大丈夫?」
だから魔族とは言え大量の死体が大量にあるという地獄のような光景を作り出した少年を心配して損なkとを言う真白。相手は魔族なので気にするのは少年のことだけ。他の者なら精神的にくるものがあるかもしれないが、この空色髪少女には何も感じることではないようだった。ただこの光景は少年の功績としか受け取っていない。
真白にとって魔族とは絶対的な『敵』だ。人類にとっての害悪でしかない。
だからこそ空色髪少女は全く気に留めることはなかった。
「流石にこれだけの数は対峙したことないけど、一体一体は弱いし魔族退治は慣れてるから余裕だ」
そして陸にとっても同じだった。少年も空色髪少女と同じく魔族に対しては倒すべき敵としか認識していない。よって真白の心配する言葉にあっさりと返すだけだった。
二人ともこの状況に全く動じていなかった。
「凄い数を倒してた。凄い」
「真白だって、かなり成長したんじゃないか?魔法のレベルも上がってる気がするし、一体倒すのも早くなってるしな」
「そう?…そうかも」
などと穏やかに会話している。
だけど、そんな強メンタルを持ち合わせている者ばかりではない。
「な、何これ…」
呆気にとられるような、信じられないものを見た時のような、そんな驚愕が思わず漏れ出たような声が聞こえてきた。
その囁かれた音に気付いた少年少女はそろって身体を向ける。そこには長い赤髪を靡かせる少女がいた。
「姫神も来てたのか」
呟きながらも当然かと内心で納得する。この真っ赤な髪の少女も陸たちと同じクラスの生徒だ。ならばこの状況において、この場に居ないはずもない。
周りには誰もいないので姫神芹佳も一人で行動していたのだろう。授業中の芹佳の訓練の様子を思い出してみれば、それも当然かと再び納得する。
「これ、あんたたちがやったの…?」
呆然と呟くような言葉が赤髪少女から漏れる。緊急事態だというのに、それに合わない表情で灰色髪と空色髪の二人を見つめていた。
「うんん。これは、大体陸がやった」
「…一人で?」
「そう」
驚いたような顔で問いかけてきた少女に対して空色髪少女は淡々とした口調で返す。そんな真白の言葉を受けて芹佳は更に驚きの色を強くした。
「あんたは、一体…」
とんでもないようなものを見る目で少年を見つめる芹佳。
「…惚れた?」
「…は?」
ずっと少年を見つめていた芹佳に対して真白がそんな発言をした。
唐突な訳の分からない言葉に赤髪少女から疑問の音が漏れる。
「陸の凄いところを見て、惚れたのかなって」
「そ、そんなわけないでしょ!誰がこんな奴のことを!」
補足するような空色髪少女の言葉に芹佳は今度は顔を赤くして強い口調で反論した。あまりの斜め上からの真白の言葉に先程までの驚愕とした感情はどこかへと消えていた。
「でみ、ずっと見つめてたから」
「見つめてなんかないわよ!ただこいつが何者なのか気になっただけよ!」
「陸のことが、気になるの?」
「言い方!」
淡々と無表情に続ける真白。次々と出てくるその言葉に芹佳は必死にツッコんでいた。
全くこの空色髪少女は変なことばかり言って。その言い方だと芹佳が早乙女陸のことを好意的に見ているように聞こえてしまうと、呆れを半分含め、そんな勘違いは困ると強く否定する赤髪少女。
空色髪少女の狙い通りというわけではないが、芹佳の心からこの地獄のような光景のショックがかなり抜けていた。
「…今はそんなことを話している場合じゃないと思うんだが」
そこで二人の話に割り込むようにして少年が口を開いた。
それを聞いて赤髪少女ははっとして少年に鋭い視線を向ける。
「これはどういうことよ!」
「どうとは?」
「だから、どうやって一人でこんな数倒せるのよ!あんた何者なの!」
今度は怪しむようにして鋭い視線と共に強い口調で精神的に詰め寄ってくる。
それを受けて陸は曖昧に答えた。
「まぁ、色々とあるんだよ」
「何よ、色々って」
「…そんなことよりも、」
「話を逸らす気」
鋭い視線から逃げるようにして少年は視線を横に向けながら強引に話題を変えた。
「まだ魔族は大量にいるんだ。今はそっちだろ」
「くっ、そうね」
不満を大きく表に出しながらも少年の言葉は正論だったので不承不承に頷く。
「ほら、あっちの方に魔族が大量にいるぞ
「分かってるわよ。
支持しないでくれる」
少年が指す方にはまだまだ大量の魔族が居た。芹佳もそれは理解しており李少年のことは気になるがそちらへと集中することにした。
「何ぼさっとしてるの、行くわよ!」
魔族のいる方へと掛けていく赤髪少女。
何故この少女はそうも自分に当たりがきついのだろうと思いながらも今はそれはどうでもいいことなので思考の外に追いやって芹佳に続いていく。
「それにしても、一向に数が減る気配がないな」
大量の魔族を視界に収めながら呟く陸。
先程から少年は一人でかなりの数の魔族を倒しているはずだ。その証拠にこの辺り一帯には多くのマゾkの亡骸が転がっている。だというに、それに終りが見えてこない。倒しても倒しても次々とどこからか沸いてくる。まるでアリの巣を攻撃しているみたいだ。
そんな状況を異常に思いながらも、しかし今は目の前に集中するしかない。
「て、これなら一緒に居る必要はないな」
魔族たちが集まる場所へと到着した三人だが、次の瞬間には一体の魔族が倒れた。その身体には激しく電撃が走っていて誰が祖手をやったのかは明白だ。
「何、サボってんのよ」
言いながらまた一体の魔族を討伐する赤髪少女。
手にした薙刀のようなものにバチバチと電流を纏わせたものを振り回しながら、魔族と対峙している。
そんな光景を見ていた灰色髪の少年に鋭い視線と言葉を飛ばす。自分は働いているのに、何呑気に見ているんだと。
「あぁ、悪い。これなら俺たちがここに居なくても姫神一人で大丈夫だなと思ってだな」
何よそ見してるんだとばかりに横から襲い掛かってきた獣型の魔族をあっさりと一刀両断しながら落ち着いた口調で思ったことを口にする陸。
そんな様子を見た赤髪少女はぎょっとしたような表情を一瞬浮かべた後、再び鋭い視線を少年へ向ける。
「確かにこれくらいの魔族なら私一人でも全然大丈夫だけど、こうも数が多いと体力が持たないわ」
再び雷を纏った薙刀で魔族w倒しながら少年に返す。
魔族一体一体は姫神芹佳にとっても大した強さではない。この程度ならいままで多く倒してきた。しかし今回に限っては数が問題だ。一人で対処するには圧倒的に魔力が足りない。
「ていうか、あんたは大丈夫なの」
言って気付く。この男は自分よりも多くの魔族を倒している。それは見渡せばわかる。周りには大量の魔族の亡骸があるのだ。真白の言うことがほんとうなら、これらの殆どはこの男のしわぁだという。
ならば自分よりも多くの魔力を使っているはずである。
なのにもかかわらず、この男は全く疲れているように見えない。それに今もあっさりと魔族を倒していたが|魔法を使っているようには見えなかった《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。それはつまり魔力による強化だけ戦っていることになる。対魔族戦において効率の悪いこと。より多くの魔力を使うことのはずである。
だから心配とかではなく、純粋な疑問からそんな言葉が漏れていたのだ。
「あぁ、これくらいなら慣れてるから大丈夫だ」
「これくらいって、こんなに魔族が出てくることなんてないでしょ」
「確かに数が異常だけど、それだけだ。一体一体は大した強さじゃないから体力も全然温存できる」
「…」
そんなはずはない。
魔族の最も効率のいい倒し方は魔法だ。それを無視している時点で体力を多く消費するはず。
実際、芹佳も雷を薙刀に纏わせずに、つまりは魔法を使わずに魔力による身体強化のみで魔族を倒すとなると体力を多く削られる。
「それより、おかしくないか」
「あんんたが?」
「いや、俺じゃなくてこの状況だよ」
また魔族を一刀両断しながら赤髪の少女に話しかける。
今も必死な立ち回りで魔族と対峙している空色髪少女を視界に収めつつ、自分の役割を果たしながら思考しての言葉だ。
「状況って魔族の数が多いこと?それは確かにおかしいけど、ていうか、さっきからあんたは何をやっているのよ」
さっきも少し思ったことを改めて考える。これも芹佳が加わったことで先程よりも余裕が出来たからだ。
その意見を求められた赤髪少女はその内容も気にはなっていたが他にも気になることがあった。
先程から話をしている男がもの凄い勢いで魔族を倒している。
それにちらちらと真白の方を確認して不自然な立ち回りをしていた。
「今の俺は真白のサポートだから」
「サポートって、この状況でよくそんな余裕があるわね」
「姫神だって話しているじゃないか」
空色髪少女は魔族に集中していて二人の会話に入る余裕はない。しかし灰色髪の少年と赤髪の少女は話しながら魔族を相手するという余裕を見せていた。更にその上少年は真白を気遣った立ち回りをするという信じられない行動をしている。
「まぁ、私にもサポートが居るし」
「?」
芹佳の呟いた言葉に首を傾げる少年だったが、話す気がなさそうなので深くはツッコまないことにした。こうして今は軽口をたたいているが、まだそこまで仲良くなったわけではない。出会ってまだ二日目。深く踏み込むには付き合ってきた時間があまりにも短すぎる。
白銀真白の場合は例外だが。
「それより、あんたその剣ちゃんと使いなさいよ」
少し重たい空気(そもそも状況的に軽い空気なのがおかしいのだが)を感じて話題を無理矢理に変える。
本人でも気づかないうちに嫌いなはずの男と話すのに少し抵抗感が薄まっているようだった。こういった緊急事態というのもあるのかもしれない。
「あぁ、これか。これは全く使い慣れてないから普通の剣として使った方が使いやすいんだよ。頑丈だし」
陸が手に持っているのは昨日もらったばかりの『水刃剣』だ。全く手になじんでいない。この剣の特殊効果である水の刃を飛ばすというのも、剣に魔力を込めてから剣をふるう必要があり、その工程には全く慣れていない。それなら叩き切るとい単純な作業で使った方が扱いやすい。
それでもこれあで使っていたものとは手に持つ感覚が違うため、いつも通りとはいかないが振り回すだけなので大した支障はない。
そして『水刃剣』は魔装なのでちょっとやそっとでは壊れない。少しくらい乱暴に扱っても問題ないのだ。
「確かにそうかもしれないわね。あんた昨日ここに来たばかりだものね」
頷いて納得する。この男は昨日学園に入学してきたばかり。武器を手に持つのも初めてのはず。それを一日やそこらで使いこなせるはずがないのだ。
…あれ、何かおかしい。
納得した赤髪少女だったが一つ、重大なことに気付いた。
「あんた、何で来たばかりなのにそんなに戦い慣れてるのよ」
鋭い視線を少年に向けながら問い詰めるユニ問いかける。当然その時も雷を纏った薙刀を振っるっている。
「…」
そして当の問い詰められるような形になっている少年の動きが止まった。
この学園に入学したばかりということは、魔女として覚醒したばかりということになる。魔法が強力というっだけなら特に気になることはない。そういうものだと理解できる。
しかし、戦闘という面ににおいてはそうじゃない。ある程度は才能という言葉で納得できるが、それでも限度があるだろう。訓練して技術を磨く必要がある。特に目の前の男の戦う様は素人のものではない。慣れているものの立ち回り方だ。
基本的に魔族に対抗できるのは魔女だけ。
なら、この男はいつ魔族と戦っていたのだろうか。
動きを見るに魔族との戦闘が一度や二度といった少ない数にも見えない。本人の栗からも慣れていると言っていた。
入学するのに色々な手続きもあるだろうから魔女になったのがここ数日ということではないだろう。それでも覚醒してからそこまで長い時間は経っていないだろうから、、その間に多くの経験を積んだとは考えられない。
つまりは、
「もしかして、今まで無登録でいたの?」
日本では魔法に覚醒したらすぐに役所に届け出る必要がある。それをこの男は怠っていた。重くはないが決して軽いという訳ではない罪である。
「ま、まぁ、色々あるんだよ」
訝しむような視線から目を逸らして追求から逃げようとする。だけど今いるのは戦場。動きを止めている場合ではなかった。
「おあっ」
赤髪少女の言葉で動きを止めてしまっていた少年の横から一体の獣型の魔族が襲い掛かってきた。
ただ陸もそれには既の所で気付き何とか身体を大きく横に倒すことで回避に成功した。だけど、不意を突かれてのことだったので変な声が漏れてしまった。
それに出てきたのは声だけではない。
「へ、ちょっと、」
少年は驚いて大量の水も出してしまっていた。
それにより襲ってきた魔族は水圧で押し流される。とはいえ、水量が多いだけで勢いはそこそこだったので魔族は流されるだけで大したダメージにはなっていなかった。
だけど大量の水の向かう先には赤髪の少女がいた。当然、その少女も巻き込まれることになる。芹佳も予想外の方向から大量の水が押し寄せてきたせいでとっさの回避をすることが出来ずに巻き込まれてしまう。
そう、雷を纏った薙刀を手に持ったまま。
これは不幸な事故だったのだろう。大量の水にバチッと激しい音と共に強力な電撃が一気に流れる。
最初に押しやられた魔族はもちろん、その先にいた複数の魔族は感電することになりかなりのダメージを受けることになった。中には絶命したものもいる。
「あ、えっと、大丈夫か?」
ビショビショに濡れ尻もちをついている赤髪少女へ声を掛ける少年。見た目をただ濡れているだけでダメージを受けたようには見えないが、凄い電撃だったので少し心配になる。
が、どうやら無事のようでカッと鋭い視線を向けてくるだけだった。
「何するのよ!」
ビショビショになった制服で強く言い放つ芹佳。
昨日もビショビショにされ、また今日も。
これだから男はと、恨みのこもった強い視線を少年に向ける芹佳だった。