12話
倒れた少年をベッドに寝かせ、空色髪と深い青色髪の少女達は向かい合って座っていた。レヴィは少年を寝かせたベットに腰掛け、真白は自分のベッドに腰掛けている。腰掛ける真白はすでに服を着直している。
「それじゃあ改めて、何か訊きたいことは?」
深海のように青黒い瞳で見つめるレヴィ。それを受ける暗さのない青い瞳の少女は一度ベッドで横になっている少年に視線を向けた後で、自分に視線を向けてくる少女に対する。
「陸が聖女なのは分かった。でも魔王と契約したなんて聞いたこともない。あなたは本当に魔王?」
どうして男である陸が魔女になれたのか。それがもしかしたら聖女であるのが答えなのかもしれないけど、本来の聖女というものは神仏や精霊などと契約してなるものだ。だから魔王と契約して聖女になったなんて聞いたこともない。
そして目の前に居る自分のことを魔王だと名乗った少女。それにも疑問に思うところはある。
そもそも魔王とは魔族の一種であり、人類の敵である。それがこうして普通に話し合いが出来ていることが疑問でならない。
「その通りなのだ。我はれっきとした魔族の頂点である魔王。レヴィアタンなのだ」
「…」
改めて魔王と名乗るレヴィだけど、真白はそれを簡単には信じられなかった。
真白は魔王についてはある程度知っていた。世間的には隠されているわけではないけど、その存在を知っている者自体は少ないだろう。それは普通の人間だけでなく魔女も同じ、魔族と戦わない魔女達は知らない者も多い。
一応、魔族と戦う者たちは、魔族の一種である魔王とも戦う可能性があるので恐らく全員が知っているはずである。
それはともかくとして、真白はそれ以上に魔王のことについて知っていた。
それは真白が人工魔女だからである。
さっき陸が倒れた時にレヴィも言っていたが魔王は人工魔女を食べる。だから餌である人工魔女の真白はh職者である魔王について詳しく知っておく必要があった。
「私を食べる?」
空色髪の少女は魔王と出会えば食べられると思っていた。だからそう尋ねた。とは言っても本当にそうなるとは思っていなかったが。
「すでに陸が食べただろう。だから我は食べないのだ」
その答えが返ってくるとは思っていたが、それでも内心でほっ、と安心する。やはり魔王と対峙しているというだけで自分でも気づいていないがかなり緊張しているようだ。
それでも今まで魔王に抱いていた漠然とした恐怖を感じることはなかった。もしかしたら目の前の少女が全く魔王に見えないからかもしれないが、まだ完全に魔王であると信じられていないのも大きいだろう。
「どうして魔王が陸と契約してるの?あなたの目的は?」
真白が訊いていた話では魔王とは人工魔女を喰らうため魔界からこっちの世界に来ると聞いた。 数も分かっておらずどれだけ孫沿いしているのかも分からない。姿も多種多様。謎の多い存在だった。
だけど強いということは分かっている。それも普通の魔族とは比べ物にならないくらい。
それから今まで確認されてきた魔王たちは神話や伝承に出てくる怪物たちの名前を関している。
目の前にいる魔王と名乗る少女、その口から出てきた名前もそれにあたる。
レヴィアタン。旧約聖書に登場する怪物。
そして真白はその名に聞き覚えがあった。
「レヴィアタンって十年位前に現れた魔王のはず」
過去に討伐したとされていたはず。その時もかなりの被害が出たはず。
そんな危険な魔王がどうして人間と契約しているのか。出来るかどうかを今は考える必要はない。こうして出来ているのだし、第一に考えるべきはその目的だ。
青い瞳で、その青より深い青の瞳を見つめる空色髪少女。その視線に胸を張ってこたえる青色髪魔王少女。
「そうなのだ。我はそのレヴィアタンなのだ。それから、我の目的は『陸と番になる』ことなのだ」
「…え」
まったく予想していない言葉が返ってきた。
魔王は魔族の一種だから人類にとってろくでもないことを企んでいるのではと予想していたし、だけど陸もかなり信用しているようだったから、もしかしたら人類に味方してくれる魔王なのかと予想もしていた。だけど全くの予想外の答えだった。
番になる。
つまり夫婦になる。
つまり結婚する。
理解するのに数秒の時間がかかった。
「冗談?」
「冗談ではない。我は本気で陸と番になる子tが目的なのだ」
信じられないけど嘘を言っているようには見えない。この魔王の少女は本気で人間と結婚したいと言っている。
言っていることは理解できても、どうしてそうなるのかが理解できなかった。
『魔王は人類の敵じゃないの」
「他の魔王のことは知らんが、我は別に敵という訳ではない。我は『陸の味方』なのだ」
極論、この魔王少女にとって人類だの魔族だのはどうでもよかった。陸の味方。ただそれだけ。
陸の敵はレヴィの敵だし、陸の見方はレヴィの味方。
そう言っているように真白には聞こえた。
何故かはわからないけど、この魔王の少女は本当に人間の少年を好いている。
「分かった。陸の味方ならそれでいい」
真白には目の前の魔王の言っていることが嘘には見えなかった。本当うの所はどうかは分からないけど、それだけで真白は魔王ではなく一人の陸を慕う少女として納得した。それで十分だと思った。
そもそもこの魔王は自分のことを救ってくれたのだ。だったら彼女の言っていることくらい信じるべきだろう。
「うむ。理解してくれたな。それじゃあ我からも訊きたいことがあるのだ」
真白の質問に一通り答えたところでレヴィがそう切り出す。
深い青の瞳に見つめられて少し構える青い瞳の少女。
「何?」
「真白は陸を好いているか?当然恋愛的な意味で」
またもや予想外の言葉だった。どういう経緯で人工魔女になたのかなどを訊かれると持っていたが、全く関係のないことだった。
やはりこの魔王の少女にとって、他会人などは関係なk、陸に関することしか興味がないらしい。真白が人工魔女であろうがなかろうが、重要なのは陸に対してどう思っているかだった。
「…分からない。陸は私の希望。だけど好きかどうかは分からない」
ベッドで眠る少年に視線を向ける。
果たして自分は彼にいったいどのような感情を抱いているのか。
始めは期待だった。自分を呪いから救ってくれるかもしれない存在として。出会う前、彼のことを訊いてから期待していた。出会ってから、ついさっきのことだけど好感を抱ける相手だと思った。実際救ってくれた。
これで好きじゃないなんて言えない。
だけど、その好意がどのような種類の者なのかは自分でもはっきりと分からなかった。
「…」
真白はレヴィの質問に答えることが出来ずに考え込んでいた。
自分を救ってくれた少年へ視線を向けるも答えは出ない。
「分からないならそれでもいいのだ」
「もし、私が陸を好きだって言ったらどうするつもり」
黙っていた空色髪の少女にレヴィは穏やかな声で告げる。っそれを受けて真白は好きだとと絶えた時のことを訊いてみる。
魔王の少女は陸と番になると言ったのだ。だったらもし自分が陸を好きだと言えば何かされるかもしれない。レヴィの恋敵になってしまうのだから。
だけどレヴィは態度を変えることなく、不機嫌な様子を一切見せることなく、むしろどこか楽し気に告げた。
「陸を好きならそれでいい。陸の見方が増えるのは我にとっても嬉しいことなのだ」
「私が邪魔じゃない?」
「別に邪魔とかはないのだ。陸を好きな奴が増えてくれた方が嬉しいのだ」
この少女には独占欲というものがかけたもないのかもしれない。番になるというなた普通自分以外の者に好きな相手を渡したいと思わないだろうし、他の誰かがその相手に好意を抱いていると宇野も面白くないはず。
そもそも目の前に居る少女は人間ではなく魔王だから、その辺の感覚が違うのかもしれないけど。
「もしわあたしと陸が結婚するとしてもいいの?」
「うむ、何度も言っている通り嬉しいことなのだ」
楽し気に頷くレヴィ。
それを見て真白はますます分からなくなった。
魔王とはいったい何なのかと。
「あなたにとって陸はそんなに大切?」
「当然なのだ。陸は我の半身だから大切な存在なのだ」
早乙女陸とレヴィアタンは運命共同体。
それを真白はなんとなくは理解した。この二人はt区別な関係であると。
「変な魔王」
一言呟き、無表情な顔ながらも少しの微笑みを浮かべる真白。
「だけど、嬉しい。それと、改めてありがとう」
「うむ。共に陸の嫁として仲良く するのだ」
「…まだ嫁じゃない。私は…陸のお姉ちゃん」
より嬉しそうにして頷くレヴィ。
それを見るとやはり魔王には見えなかった。
「ところで、陸は本当に大丈夫?」
「心配ない。人工魔女を喰らった時はいつもこうして倒れるけど次の日には目覚めるのだ」
少年があ人工魔女を宇食ったのはこれが初めてではない。 以前にもこういうことがあった。
その時もこうして倒れたが、何の後遺症もなく目覚めることができた。だから今回も明日の朝には元気に目を覚ますはずである。
「よかった」
安心する。
眠っているようにしか見えないけど、もし何かしらの後遺症があったらと不安にも思ったが、レヴィがこういうなら問題ないだろう。
この魔王の少女が陸のことを心配しないはずがないだろうから。
「何かお礼がしたい。何がいい?」
「我に訊かず本人に訊くのだ。その方が陸も喜ぶのだ」
「分かった。でもあなたにもお礼がしたい」
「我は陸が真白を喰らうことが出来たからそれでいいのだ」
「…そういえば、私はどうして無事?」
自分を救ってくれた少年と種所に何かを俺したいと思って尋ねる。陸に対してはレヴィの言った通り彼が目覚めてから訊くとして、それとは別にレヴィにもお礼がしたかった。
だから訊いたんだけど、返ってきたのは真白を食らうことが出来たからいいということ。
この深い青髪の少女も魔王だからそれは納得できるけど、ちとつそこで疑問が浮かぶ。
どうして自分は無事なのか。
「喰らったっていうなら、私が無事なはずがない」
魔王は人工魔女を食らう。それは文字通りの意味で物理的に食するということ。当然それでは食された側は無事であるはずがない。
だけど真白は無事、どころか魔法を制御できるようになっている。
これはいったいどういうことなのか。
「人工魔女とは『魔王のため』に無理矢理に魔法を覚醒させられた存在。だから魔力が不安定になっているのだ。それを制御化に置くことで力を取り込むことがあ出来る。それだけなら物理y的に喰らう必要はないのだ」
「だったら何で食べる?」
「色々と調整が面倒だから喰らうのが手っ取り早いからなのだ」
「成程」
陸が真白の紋章に口をつける前、レヴィは細かな調整をした。それは被食者側にとっての安全の確保のために必要なことだった。少し違うイメージになるが、暴走する余った部分を食らったといった感じだ。
だけど本来魔王が被食者側のことを考える必要もないため、手間なく力を取り込むため直接食している。そしてあまりの部分だけなんて中途半端だ。
「それに力を全て取り込むためには完全に喰らう必要がいる。今回のようにただ口を付けただけでは全て取り込むことが出来ないのだ」
当然、力を欲する魔王が中途半端で済ませるはずもなく、すべての力を取り込む。
「だからキスが必要だった?」
「うむ。『口をつける』という行為が必要だったのだ。それに、お姫様を救うのは王子様のキスと決まっているのだ」
冗談っぽく言う深海のような深い青髪の魔王少女。
「そっか、私がお姫様」
「陸の嫁は全員お姫様なのだ」
「だからまだ嫁じゃない」
軽い冗談を挟んだが、表情を先程までの真面目なものに戻しレヴィが言葉を紡ぐ。
まだ魔王が人工魔女を食らう理由があったようだ。
「もう一つ、他の魔王に力を奪われることもなくなるのだ」
被食者である人工魔女が無事ということは、まだ食べられるということだ。つまり他の魔王に力を取られる可能性がある。
特に魔王同士で敵対しているわけではないが、かとって親しくない相手に力を渡すわけもない。
基本的に魔王は自分本位。自分が一番である。他人のことなど考えない。
「…私はまだ狙われる?」
改めて真面目な顔で告げられた言葉に真白の胸に消えていた不安がよみがえる。
魔法は制御できるようになった。
だけど、それは魔王に狙われなくなったわけではない。人工魔女である以上、魔王の餌であることにはかわらない。
魔法を制御することが魔王に狙われなくなることではないと思い出した真白は無表情な顔を曇らせる。
「うむ、それは今まで通りなのだ。真白が魔王共に狙われるのは変わらないだろう」
はっきりと言葉として聞くことで、より深く考えてしまう。
もしも魔王に見つかれば、本当の意味で食べられてしまう。当然それは死ぬ問うこと。それだけじゃない。力を取り込むということは自分の力を使われるということ。きっとそれは人類を苦しめるものになってしまうだろう。
やはり自分は人類にとって、災いなのではないか。
そんな不安と共に考えを巡らせていた空色髪の少女に魔王の少女は声を掛けた。
「だが、安心するのだ」
そこで一度言葉を切り、ベッドで眠る少年へ視線を向ける。
「陸が守てくれるのだ」
「…それは」
「陸のそばに居る限り、必ず守ってkれる。だから安心してそばに居るといいのだ」
「…うん」
確証なんてなかった。
だけど、確信できた。
真白もベッドで眠る少年へろ視線を向ける。
レヴィの口にした言葉を聞き、何故か真白は安堵した。
きっと、この少年、陸は自分を守ってくれる。ついさっき救ってくれたように、必ず守ってくれる。そう心底から信じることが出来た。
「…私も、お姉ちゃんだから陸を守る」
守ってくれると確信した真白は胸が温かくなるのを感じた。その温もりを少しくすぐったく感じつつも、その温もりを返していきたいと思った。
「うむ、お互いに守り合えば無敵なのだ。弱い人間はそうした方がいいのだ」
嬉し巣に頷く魔王少女。
見下すような言い方をしていたが、やはりレヴィは魔王。それは仕方ない。
それよりも嬉しそうな姿を見て真白は和やかな心になった。