旧セントラルエリアを登る。
「高層ビルに巻き付いた草木から、そよ風が吹くたびに葉が降り散る。それはどこまでもどこまでも落ちていき、ここからでは見えないほど下にある地面にそっと触れるだろう。その高さは、ここにあった旧文明の繁栄を強く感じさせるものであり、同時にそんな文明がなぜ滅びたのか、深く興味をそそられる」
周りにそびえ立ち、お互いに通路で繋がれた高層ビル群。
ところどころ欠けていて、構造物の内部が見えるほど大きく穴が空いているところもあるが、それでも崩れる気配がないのは、廃墟になってからあまり時間が経っていない証だ。
何時間もかけて登っても、その頂上が見えないほどの高さに生い茂る草木から、葉が、雨のように舞い落ち、夕焼けに輝くこの光景は、なんと表現したらいいのかわからないほど神秘的で、美しい。
…だというのに、隣にいる助手は、まるでゴミを見るような目で、美しい風景に魅入られている私を見ている。
「誰も聞いてないのに虚空に向かってポエム呟いてないで、さっさと食料と水、調達しに行きますよ」
「...そうだな」
私達にはあまり時間が残されていない。仕方がないが、助手の言うとおりにしよう。
「博士。ほんとう」
「食料はあと3日分、水は2日も持たない、そして昨日は何も収穫がなかった、おまけに移動用のホバーバイクはもう壊れる寸前で1日持ったら運がいい方、だろう?」
確かに我々は厳しい状況に置かれている。
ビルの壁を垂直に移動できるホバーバイクが無ければ、この高低差の激しく、老朽化によってろくに登れそうな足場もないこのビルをここまで楽に登ることは出来なかっただろう。
このまま上に登り続けて、ホバーバイクが途中で壊れたら………我々は地上と比べれば遥かに狭いこのビルの高層で、数少ない食料と水を神頼みで探すことになる。今なら、まだ引き返せるはずだ。しかし…
「分かってるなら早く降り『いいじゃないか』…はぁ?」
まだ諦めるわけにはいかない。人生をかけているのだ。ここまで来るのにも何十年かかったか。ギリギリまで粘らなければ、意味がない。
地上に降りて食料と水が手に入っても、ホバーバイクが壊れてしまったら、そこからまたこのビルを探索しに登り直すことはできないのだ。
ホバーバイクで1日かけて探索しながらこの高さまで来たが、それはつまり、まっすぐここまで登ったとしても、何日かかるか想像できないということを意味する。
そして、ホバーバイクなしでその日数分の食料と水を持っていかなければならないことも、忘れてはならない。
だから私は、こう言わざる負えない。
「長きに渡って旧文明が滅びた原因を探り続け、旅をしてきた我々だが、遂に原因を解明し、旅の終着点に辿り着こうとしている」
ここに来れば、分かるはずなのだ。
「…ここですか」
「そうだ。ここは旧セントラルエリア。旧人類の首都であり、旧文明が滅んだと思われる場所。これまでの旅で、この都市に近づくほど荒廃が進んでいないことが分かった。このことから、恐らく外側からだんだんと内側に、最終的にはここに旧人類が集まった思われる」
「博士の仮説では、旧文明を滅ぼしたのは外側から来た何かで、ここに近づくほど荒廃が進んでいないのは、旧人類はだんだんと内側に押し込められ、最終的にこの首都に追い詰められて滅亡したから、でしたね」
そして、その何かはおそらく、今までの旅で破壊痕や爆発痕といった戦争の跡がほとんど見られなかったことから考えるに、物理的に殴り合えるようなものではなだろう。
大流行するような感染力の高い菌、ウイルス、あるいは意図的にばら撒かれた生物兵器。分からないが、だからここに来た。
「確かに私はその可能性が高いとは思っているが、別に他の可能性が無いわけではない。もしかしたら、ただの集団自殺かもな」
「そんなことありますかね?」
助手が「そんなことありえないでしょう?」とでも言うような、自信がある顔で聞いてきた。
「その自信は何を根拠にした自信だ?もう少し考えてみろ。我々の技術ではまったく理解できないようなものが旧文明の都市で多く見つかっている。つまり、我々には想像もできないような発達した文明だったのだ。寿命を無くす、なんてことも出来るかもしれん。」
「それが?」
まだ自信のある顔で聞き返してきた。
「だから考えろと言っているだろう。永遠の生を手にした先にあるものはなんだ?」
「永遠の…幸せ?」
「永遠の時間だ」
「永遠の時間…なんでも出来そうで楽しそうですけどね」
「そう、なんでも出来るだろう。趣味に没頭する、闘争に明け暮れる、野望を叶える、ただ怠けることも出来るし、未解決の問題に執念深く取り組んで誰かの役に立つことも出来る」
「僕だったら…今と同じことやってそうですね。残念ですが…」
「何が残念なんだ?」
「話ずれてますよ博士。そんなこと、どうだっていいでしょう?」
「私は気になるが…そう言うなら話を戻すとしよ『そうですそうです』………ふむ。なんでも出来るという話だったな。ならば、なんでもやり尽くしたら、後には何が残る?」
「これは分かりますよ。永遠の時間…あ」
「そうだ。永遠の時間。何もやることがない、永遠の時間だ」
「でも、やり尽くすことなんてないんじゃないですか?趣味とか闘争とか、いくらでも出来そうですけど」
「それは、私達からすればの話だ。何百年どころか何億年、あるいはそれ以上に悠久の時を生きるのだぞ。廃墟探索が好きな私だとしても、流石に飽きが来る」
「その通り。ここは旧人類が最後の抵抗を行ったであろう場所だ。設備もその多くがまだ生きている。だからここでは、他の場所のほとんど損傷したデータではなく、しっかりと読めるデータが残っているはずだ」
「問題なのはそもそも損傷したデータすら見つかっていないことですよ。博士はこのビルの頂上にあるはずだと言っていましたけど、地上部分とビルのこの高さまでを探索して見つからなかったんですから、頂上にも多分なにもないでしょう?博士。ここが引き時ですよ」
そう助手が疑った目で問う。
「そう、損傷したデータさえ見つかっていない。ではなぜだ?他の場所では山のように、とはいかずとも、多くのデータを発掘することが出来た。そのどれもが損傷していてまともに読めたものではなかったが、しっかりとデータは残っていたことは事実だ。ここだけデータが見つからないことに違和感を覚えないか?」
恐らく、何かしらの理由があってデータが消えている。だとすれば、隅々まで探して消えていないデータを探すしかない。