嫌われたらどうしてくれるんだ!
俺、シグルド=スタングレイは幼い頃に事故で両親を亡くし、遠縁だったオーウェンおじさんの家に引き取られた。
俺が十歳の時の事だ。
父親譲りの高魔力保持者だった俺の血を一族に取り込みたいという狙いがあったようで、引き取られてすぐに一番年齢の近かったオーウェンおじさんの末娘、メラニーと婚約を結ばされた。
それが嫌なら孤児院に入れると脅されて、他に身寄りのない天涯孤独な俺はそれを受け入れるしかなかった。
「……師団長、新術開発の編成チームの中にメラニー=オーウェンの名があったんですが」
俺がそう言うと、魔術師団師団長であるアウグスト=ケーリオ師団長が肩を竦めながら答えた。
「……彼女は現代魔術の研究者としては国内トップだからな、この際私情を挟まずに協力して取り組んで貰いたい」
「じゃあ俺はこの任務を辞退させてもらいます」
「却下だ。お前以上に古代魔術に精通した人間はいない。彼女とは遠縁なだけに魔力の相性もいいはずだしな」
「別れた妻と一緒に仕事なんて、アシュリに誤解されて嫌われたらどうしてくれるんですかっ」
俺が心底恨みがましい目を向けると、師団長はいけしゃあしゃあと言いやがった。
「一緒に働くだけだろ。誤解されないように気をつければいい」
「んな無責任な。そんな事言っていいんですか?もし妻に捨てられるような事になったら俺はショックで魔力を暴走させてしまう自信がありますよ。そうなったら国土のほとんどを燃やし尽くしても収まらないでしょうね」
「おい、俺を脅す気か?」
「脅しじゃありません。事実を述べただけです」
「……とにかくこのプロジェクトは陛下の肝煎りなんだ。簡単に辞退なんて出来るとは思うなよ」
その言葉を聞いた瞬間、ホントにこの師団長室くらいは消し炭にしてやろうかと思った。
ーーアシュリ
その名を心の中で思い浮かべるだけで、とても温かな気持ちになる。
何も持たない、何も要らないと思っていた俺が初めて欲しいと…大切にしたいと思った人。
魔術が使い放題だというだけで適当に決めた下宿の大家だったアシュリ。
初見はただ単に今まで周りに居なかったタイプの美人だなぁと思った。
元妻を含め世話になったオーウェン家の女性は皆どこかズレた感じだったし、他の魔術師の同僚の女性も似たようなものだった。
蜂蜜色の髪をふんわりと編み込んだ髪。
きちんと手入れをされているんだろうなぁと思う肌は艶やかできめ細やか。
薄く手を加えられた化粧はきっと、彼女の顔立ちの良い箇所を更に魅力的にするためのものなのだろう。
清潔そうな皺一つ無いワンピースをきちんと着こなして、背中なんて丸まってないし膝頭は揃えられて座っているし、石鹸のいい香りに包まれているし、笑顔がとても柔らかい。
もう全てがビックリするほど女性的で驚いた。
それに何よりアシュリは性格がいいんだ。
口数は多い方じゃないし、素直な感情表現は苦手そうなのだがそんな事が美点になるほど穏やかで優しく相手の気持ちを慮る事が出来る。
とにかくもう全てが完璧ですぐに彼女に夢中になった。
大家と店子の関係なんてイヤだ。
ただの友人なんて論外。恋人になれたら嬉しいけどもっと確かなもので繋がりたかった。
こんなバツイチの男が求婚したら迷惑だろうか……だろうな……でも魔術は術式を唱えないと力は発動されないし、想いは口にしないと伝わらない。
まぁこれは先輩の受け売りだけど。
とにかくアタックあるのみだ!とそう思い、俺はアシュリにプロポーズをして、何度断られても何度も何度もプロポーズをし続けた。
そして一年後くらいに漸くプロポーズを受けて貰えた時の嬉しさは忘れられない。
もう死んでもいいと本気で思えるほどに嬉しかった。
嬉し過ぎてすぐに押し倒してしまったけど。
女性に発情したのもこれが初めてだったから、もう、なんというか……歯止めが効かなかった。
そうやって俺はアシュリを手に入れる事が出来た。
俺が借りていた部屋はそのまま研究室として使わせて貰い、生活の場はアシュリが住んでいる大家の部屋へと移した。
彼女との暮らしは全てが温かく、優しく、穏やかで愛おしい。
かけがえのない、本当に大切な夫婦二人の暮らし。
初めて自分の人生を生きているのだと実感出来る日々だった。
それなのに……
今さら過去の遺物が現れるなんて。
昔から俺の事を魔道具と同じ扱いをしてきた元妻、メラニー=オーウェン。
仕事だからって近付きたい相手じゃない。
案の定、王宮で行われたチームメンバーとの顔合わせで再会した瞬間、図々しい距離感に嫌悪した。
その後すぐに始動したプロジェクトに忙殺され曖昧になっていたがこれではいけない。
やはりちゃんと今の状況をアシュリに話さねば。
アシュリに誤解されて嫌われて捨てられる、そんな恐ろしい可能性を潰さねば。
そして仕事を終えて帰宅して、
俺はさっそく最愛の妻に告げた。
「アシュリ、伝えておかなくてはならない事があるんだ」