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妻と夫と元妻と  作者: キムラましゅろう


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忘れない

「キミの能力を使ってあの球体を消すと同時に、ここに居る者の記憶も全て消し去ってくれ」


生まれながらにして持つ能力(チカラ)を使って、暴走した虚無の魔力と対峙しようとするわたしに、夫シグルドがそう告げた。


「………え?」


『キミのお父さんの記憶から、おじさんの事を消して欲しいんだ』


かつてタルバードおじさんに告げられた言葉が重なる。


ーー記憶を消す……?


呆気に取られただ押し黙るわたしに、シグルドは言った。


「国に…国王にアシュリの存在を知られてしまったからには、今の話を聞いた者の記憶からキミを消すしかない。そうでないと、残りの人生を滅茶苦茶にされてしまう」


「消す……記憶を……?」


かつての父親のように。


「でも……記憶を操作するのは許されない事なんでしょう……?」


「アシュリはこれから全ての国民を守るんだ。それくらいは許されて、お釣りが来るくらいだよ」


「……でも……」



でも、


それをするとなったら本当にこの場にいる全員になる。


ピンポイントに誰かを除外して記憶を消すなんてわたしには出来ない。



「それじゃあ……シグルドの記憶も消す事になってしまう……」


「……仕方ないよ」


「仕方なくないっ……シグルドの記憶から、わたしを消す?あなたの中からわたしはいなくなってしまうのよ」


わたしは耐え難い胸の痛みを抱えながらその言葉を押し出した。


シグルドの顔も苦しそうに苦痛に歪む。


「……それしか、方法はない」

「イヤっ!!」


わたしは大きな声で拒絶した。


「シグルドの記憶からわたしが居なくなるくらいなら、国から道具として扱われる暮らしを送る方がいいっ!あなたに忘れられてしまうなんて、その方がわたしは耐えられないっ!」


「忘れない」


狼狽え、取り乱すわたしにシグルドはキッパリと言った。


「俺はキミを、アシュリを、絶対に忘れない」


強い眼差しでそう告げられ、わたしの瞳から涙の粒が一つ二つと零れ落ちる。


「……無理よ……消し去るとなれば全部だもの……わたしに関する事は全て、その記憶から欠落するのよ」


「もし、もし最悪忘れてしまったとしてもっ……俺は必ず、またアシュリに恋をするよ」


「っそんなの分からないじゃないっ……変な女だと思って終わりかもしれないじゃないっ……」


「分かるよ。俺には分かる。俺は絶対にまたアシュリに一目惚れをすると。記憶を失っても女の趣味は変わらないさ」


「いや……怖いっ、無理よ……シグルド……」


体の震えが止まらない。

怖くて堪らない。

心の底から彼を失う恐怖が湧き上がってくる。


小刻みに震えるわたしの体を、シグルドが優しく抱き寄せてくれた。


震えを抑え込むように。

冷えてゆく心と体温を温めようとするように。


シグルドはわたしを抱きしめたまま呟いた。


「俺を信じてくれ。全てを片付けて、二人で家に帰ろう」


「シグっ…ルドっ……」


涙が溢れ出た。

彼のローブをしとどに濡らす。



「球体がまた大きくなったぞっ!!」


悲鳴に似た誰かの声が聞こえた。


虚無の魔力は待った無しで広がり続けている。


シグルド達が懸命に掛けた結界がもう役目を果たせていなかった。


球体が触れた場所から物や横たわっていた死体が消滅する。


本当に何も残らない、何も生まれない、虚無の空間が出来上がってゆく。


迷っている暇も、悲しんでいる暇も与えては貰えないようだ。



「アシュリ……」


シグルドが名残惜しそうに身を離し、わたしの名を呼んだ。


わたしは涙を拭った。


「……側に居てくれる?」


「そう言っただろ?」


「絶対にまたわたしを好きになってくれる?」


「当たり前だよ。アシュリこそもし俺が忘れてしまったとしても、また必ず俺のお嫁さんになってよ?」


「もちろんっ……何度でもあなたのプロポーズを受けるわ……」



わたしとシグルド、二人で並んで球体に向き合う。


わたしは自分の魔力を高めた。


難しい術式も、魔法陣も要らない。


わたしが頭の中でそう願えば、消し去る事が出来るから。


記憶の選出が出来るほどの器用さは持ち合わせていないけど。

あの虚無の魔力と、この部屋の範囲に居る皆の頭から自分に関する記憶を消すくらいなら一瞬で出来る。



わたしはシグルドの手を強く握った。


シグルドも強く、でも優しく握り返してくれる。



わたしはシグルドに言った。



「忘れないで」



虚無の球体を眺めながら、初めて出会った時の記憶が蘇る。



『ここの大家でアシュリと申します。困った事があればなんでも言って下さいね……って、なんですか?人の顔をジロジロと見て、わたしの顔になんか付いてます?』


『……大家さん……いや、アシュリさんっ……どうやら俺……一目惚れというヤツをしてしまったようです……』


『は?』





何故だかシグルドも今、同じように出会った日の事を思い出しているのだと分かった。


シグルドが力強く応えてくれる。



「忘れないよ」




『プロポーズを始めて丁度一年だ!プロポーズ一周年記念!めでたいよね!そして俺は絶対に諦めないよ、二年でも三年でも十年でも、キミにプロポーズをし続けるよ。アシュリさん、どうか俺と結婚して下さいっ!!」


『……十年も言い続けるつもりなの?……ぷ、ふふ…はい、いいですよ。プロポーズをお受けします。わたしをあなたのお嫁さんにして下さい』


『………………え?今……なんて……?』


『だから、あなたと結婚しますと言ったんです!』


『ホントに……』『はい』


『ホントのホントに………?』


『だからそう言ってるじゃないですか、シグルドさん……』


『アシュリっ!!』『きゃあっ!?』




シグルド……あの日の幸せな気持ちを、




「忘れないで」



「絶対に忘れないっ……!」




ーー愛してる



互いに心の中でそう呟き、




わたしは力を解放した。





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