爆心地で
作中、毛根を離脱した毛髪についてや、光輝く頭皮について触れます。
ご不快に思われる方もいらっしゃると思われますのでご自衛のほどよろしくお願い申し上げます。
また、残酷な表現をした場面もあります。こちらも苦手な方はご自衛下さい。
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ケーリオ師団長と共に王宮へ着いて直ぐに、陛下への謁見を願い出た。
王宮魔術師団を辞した俺からの目通りの申請を復職の頼みだとでも勘違いしたのだろう、陛下との謁見は直ぐに叶った。
いつもの謁見の間に通され、陛下の訪いを待つ。
すると侍従が開け放った扉から歓び勇んで陛下(52)が入って来た。
「スタングレイ!久しいなっ!其方が辞めてしまってから、魔術師団は大混乱だったのだぞ。しかしまぁよい、こうやって戻って来てくれたのなら、全て水に流そうではないかっ」
高くもない低くもない声で陛下は開口一番そう言った。
俺は玉座のある壇上の下で師団長と並んで頭を下げ、礼を執ったままで答えた。
「陛下におかれましては恙無くお過ごしのご様子で祝着に存じます。しかし何か勘違いしておいでですが、私はもう復職する気はございません」
「なにっ?何故だっ、給料なら上げるぞ!それにもう、今の妻と別れろとは言わん」
「私が今日参内いたしましたのは……
と話し始めた時に、急に陛下が「あ、頭を上げてよいぞ」と言ったので、陛下の方へ顔を向けながら話を続けた。
が、一瞬ピクっと反応してしまったのは仕方ない事だろう。
新術の開発の下知が下った頃から比べて、明らかに陛下の毛髪が著しく減少していたからである。
もともと多くはなかった国王陛下の毛髪。
しかし今では後頭部と、右耳上に僅かに残った毛束があるのみ。
しかもその毛束を頭の上に被せるように流した不可解なヘアスタイルをしていた。
頭頂部に黒い絵の具の付いた絵筆で一本線を引いたかのようなヘアスタイル……
その時、黙ったままその頭を見つめた俺のケツを師団長が隣から軽くツネってきた。
あの頭を見て俺が吹き出すと思って釘を刺してきたようだ。
最高に笑える頭だが笑うわけないだろう。
あんなふざけた頭になるようにしたのは他ならぬ俺なんだから♪
新術の無理な開発を押し付けられ、アシュリと別れて他の女を妻にしろと言いやがった時点で、俺の毛髪制裁の対象者となったのだ。
徐々に、日に日に、確実に、毛根と毛髪を決別させるべく呪いに近い嫌がらせ魔術を陛下に掛けた。
まさか光輝く頭皮を隠すためにあんなふざけたヘアスタイルにするとは思いも寄らなかったけどな。
俺にメラニーという汚物を当てがおうとしたり、アシュリに不快な思いをさせた事への報復としてはかなり手加減してやったつもりだ。
まぁ次は眉毛も抜け落ちるようにするつもりだけど。
しかし今はそれどころではない、俺の復職の話をする陛下の与太話はスルーして新術の試験展開の事について触れた。
「陛下、開発された新術の試験展開の下知を下されたとお聞きしたのですが、本当でしょうか?」
俺の言葉を聞き、陛下は若干ドヤり顔で満面の笑みを浮かべながら答えた。
「おぉ…!そうだ!我が国の威信をかけて取り組んだ偉大な新術が見事に完成したのだっ!そして余はその完成した新術の絶大なる効果を確かめるべく試験展開を命じたのだっ!」
ーーいい年こいて。語彙力が子ども並みだな。
どうしても半目になってしまう目を懸命に見開こうとする俺の隣で師団長が陛下に進言した。
「陛下、その試験展開はどうぞお取りやめ頂けるように再三お願いしている筈ですが」
師団長のその言葉を、如何にも聞き飽きたという表情を浮かべて陛下は返した。
「そちもしつこいな。その話は散々議論した後に、予定通りに行うと決まったではないか」
「議論、あれが議論と申されますか。陛下が一方的にご自身のお考えを述べられ、そのまま裁可されたものではございませんか」
「生意気な口を叩くでない」
全く聞き耳を持たないクソ野r…陛下に、今度は俺が進言した。
「陛下。私も同意見です。例えもし、新術が非の打ち所がないほどの完成を見せたとしても、やはりあのような術は使用するべきではございません。どうかあの術はこのまま凍結し、使用禁止の処置をお願いしたいと思います」
俺までそんな事を言うとは思わなかったのだろう、陛下は眉間に皺を寄せ、明らかに機嫌が悪そうに言った。
「……ほとんどそなたの功績で完成された新術だぞ?日の目を見たいとは思わんのか」
「この術に携わった者だからこそ、その恐ろしさが分かったのです。陛下、あれは無理に術式を起こして使用するべきものではありません。あの力は数々の偶然が重なって力を持って生まれた者にのみ制御出来る力です。どうか諦めて下さい」
まるで遊びを禁じられた子どものように、そして楽しみにしていた新しいオモチャを取り上げられた子どものように、陛下は玉座から立ち上がり声を荒げた。
「じゃあどうしろと言うのだっ!!その天啓を持ったアルステラの娘は行方知れず、生きているのか死んでいるのかも分からないっ!代わりの方法を用いらねば、列強三国(ハイラント、ハイラム、アデリオール)と対等に肩を並べる事など出来んのだぞっ!!」
「どう足掻いたってその三国と張り合おうなんて無理ですよ。我が国なんてせいぜい三国の脇にピトっとくっ付いてるのが関の山ですって」
「な、なんだとっ!そちはそれでもこの国の魔術師かっ!」
「もう国に所属する魔術師ではないですからね」
「くっ……まぁいい。今更何を言ってももう遅い。もう既に試験展開は始まっているのだからな」
「はぁっ!?」「陛下っ!!」
「喧しいお主らはそこで指を咥えて、この国の新しい時代の幕開けを見ているがよいわ」
「っなんて事をっ……」
「ここまでバカだとは思わなかったな」
俺が思わず吐いた言葉を、先日ウチに来た次席侍従のガエタンが聞き拾い、喚き立てた。
「陛下に対してなんて無礼なっ!!スタングレイ卿、口を慎みなされ!」
ーー煩ぇな。お前にもハゲ散らかす呪いを掛けてやろうか
と思ったその瞬間、凄まじい衝撃波が謁見の間に到達した。
密度の高い禍々しい魔力。
魔力のない者や少ない者が一瞬で魔力障害を引き起こすレベルの高圧力な魔力だ。
なんだこの魔力は……
俺が構築した術式では起こり得ない、明らかに暴発した事を物語る魔力の波動だった。
今の衝撃波を受け、低魔力保持者の陛下や魔力無しの侍従たちは魔力焼け…魔力障害を起こして苦しそうにしている。
この謁見の間で平気でいられるのは魔力の高い俺と師団長と、そして数名の近衛騎士のみであった。
俺は陛下を問い詰めた。
「試験展開は結界が施されたあの部屋で行われているのですねっ!?部屋への入室にはやはり陛下の認証が必要なんですねっ!?」
魔力焼けを起こし顔面蒼白となりながら、陛下は頷いた。
俺は陛下の首根っこを掴んで師団長に告げた。
「師団長っ、現場に向かいましょう」
「あ、ああ」
そして俺たちは魔術暴発の爆心地と思われる結界の部屋へと転移した。
入り口付近にある術式陣に陛下の手を翳す。
国家機密がぎっしり詰まったこの部屋へは国王の認証がないと入れない仕組みになっているのだ。
ガチャリと解錠される音が聞こえた。
結界魔法を自分自身と陛下に施し、俺は扉を開ける。
そこには……部屋の中心には白い、球体の様なモノが存在した。
白く発光しているような、そこだけ切り取られて何も存在しないような、得体の知れない白い丸。
平面なのか球体なのか、推し測る事も出来ない。
俺は側にいる師団長に尋ねた。
「……俺が構築した術式に“何か”手を加えましたか……?」
「お前の術式の上に仮定していた術式を加え、そして最後にメラニー=オーウェンが〈状態安定〉の術式を書き込んでいたが……」
「絶望しかないな……」
俺は一人呟いた。
未完成の術式に状態安定を施して完成としただと……?
術を無力化させる術式を重ねて無効化するのに余計な時間が掛かってしまう。
その間にあの術の塊が再び暴発するか広がって王宮を飲み込む可能性の方が高い。
封印して閉じ込めるか……
あんな比重の大きそうな魔力を封じ込む事など出来るのか……?
一応構築しておいた反転術式も最早効果が期待出来そうにないほど、あの魔力は錬成され高純度な力の塊になっている。
あれに触れるとどうなるのか……
答えは部屋の中に転がっていた。
試験展開を行なっていた数名の魔術師の体が、
……下半身を残すのみとなって転がっていた。
暴発に触れた体の上半分は消え去ったのだ。
俺は陛下にこの状態がよく見えるように、首根っこを掴んだまま前に突き出して言った。
「陛下……これがどういうモノか分かりますか?あんたの虚栄心が生み出した、全てを無にする物体ですよ。あんなモノをどうやって制御するというんです?今ここでやってみて下さいよ」
「ヒィッ……!」
白い球体とその周辺に転がる死体を見て、陛下は小さく悲鳴を上げた。
「クソがっ……」
本当は残った毛髪もこの場で引きちぎってやりたいくらいだったが、今はこんなバカに構っている状況ではない。
俺は師団長に告げた。
「とにかく出来る限りの事はやってみます。師団長は一級以上の魔術師を招集して下さい。そして医務室のジャン氏という医療魔術師に、下宿に戻って妻に逃げるように伝えて欲しいと言って下さい。あと、王都の民にも避難勧告を。気付きましたか?この球体、さっきから少しずつデカくなっている……!」
「なにっ!?」
師団長は息を呑んで白い球体を凝視した。
だけど今は少しでも迅速に行動して貰いたい。
「早くっ!」
俺が急かすと師団長は「わ、分かった……っ」と返事をして部屋を出て行った。
陛下は腰が抜けたのだろう、身動き出来ず逃げる事が叶わないようだ。
ガチガチと歯の根が合わないほど怯え、なんとか後退りをしようとジタバタしている。
丁度いい。
責任を取って付き合って貰う。
地獄へ道連れにしてやる。
……だけどチビんなよ。
冷静になる為に一つ、深呼吸をした。
あんなモノ、何とか出来る自信はないが、せめて愛するアシュリが無事に逃げ果せる時間くらいは稼ぎたい。
ーーアシュリ。
ごめんな、帰れないかもしれない。
だけどお前だけは絶対に守りたい。
絶対に王宮で食い止める。
呼吸を整えて魔力を練る。
出し惜しみはしていられない。
最初から全速力でいく。
術式を詠唱して結界の魔法陣を展開させた。
それを遠隔で操作し、球体を包み込んだ。
すかさず二陣目の魔法陣を展開し、更に球体を包み込んだ。
それを幾重にも重ねてゆく。
やがて応援に駆けつけた高位魔術師達と協力してとにかく封じ込めに掛かった。
術のおかげで幾分かは球体の成長というか空間の浸食は防げた。
しかし幾ら結界や封印の陣を重ねてもやがて相殺されてしまう。
イタチごっこだが、それでもこの方法を続けるしかなかった。
その間に何か手を打たねば。
どうするか、一か八か反転魔法を掛けてみるか。
しかし失敗したら取り返しがつかない事になる。
一瞬で王都全体に暴発が広がる恐れがあるのだ。
そうなればアシュリが逃げ切れない。
どうする。
……決まってる。俺の命が尽きるまで、結界魔法を掛け続けるのみだ。
アシュリは絶対に死なせない。
俺の命。俺の全て。
アシュリ……最後にもう一度、会いたかったなぁ。
キミの笑顔を見たかったよ。
最後に見たのが泣きそうな不安な顔なんて。
アシュリには笑顔が一番似合うんだ。
まぁどんな顔のアシュリも可愛いけどな!
アシュリ。
アシュリ。
愛してる。
俺は更に魔力を込めて魔法陣を展開させた。
正直もうかなりキツい。
でもやめられない。やめたくない。
この身がどうなろうと……
その時、
「シグルドっ!」
この世で一番大好きな、一番聞きたかった声が聞こえた。
まさか。
そんな筈はない。
俺は恐る恐る声がした方を見た。
「……嘘だろ?……アシュリ……?」
「シグルド……!」
最愛の妻アシュリがこの爆心地に現れ、
そして俺の胸に飛び込んで来た。




