ケーリオ師団長の訪問
溺愛しか勝たん
王宮魔術師団を辞してからも、俺は単独で新術の研究を続けていた。
本当にあともう少しのところまで来ている筈だから。
突き詰めた先に何があるのか……魔術、魔法を極めたい者には抗えない探究心が刺激されるのだ。
が、それももうやめようと思う。
古代魔術と現代魔術を融合させて作る新術の研究は様々な国で行われているが、
個人の特殊能力を術式によって再現するという試みは恐らく大陸史上初めてだろう。
あの虚栄心の塊の国王が、大国と対等に渡り合える力を欲しての新術開発だ。
アルステラの失くし子と呼ばれる者の能力は魔力を吸収し、魔術を無効化するという相殺能力らしい。
特殊な先祖帰りで、純度の高い魔力を持って生まれて来たがゆえの能力らしいのだが。
アルステラの失くし子。
特級魔術師アルステラは50歳の時に女児を授かった。
母は質の良い魔力を残す為だけに選ばれた没落貴族の令嬢だったとか。
腹の中の子に魔力を奪われ続け、その女児を産み落とすと同時に絶命したらしい。
いわば母親の命を奪って生まれてきた子。
その生まれた子の特殊な能力を、アルステラは直ぐに見抜いた。
そして我が子を育てるというよりかは、研究動物を飼育するかのような扱いで娘を育てていたというのだ。
衣食住は不自由しない。
しかし人間らしい、子どもらしい生活は一切させて貰えない、ただその能力の活用法を見出す為だけに生かされていたのだとか……
ーー親のくせにクソみたいな奴だな。
当然そこに愛情なんてものは無かったのだろうし……
魔術師団もアルステラに非人道的な研究は止めるようにと再三忠告はしていたようだが、本音は国としても戦力や強力な外交の取り引き手段になり得る能力者の研究を本気で止める気はなかったようだ。
そんな時、事は起きた。
当時八歳だったアルステラの娘が忽然と姿を消したのだ。
魔力残滓も追えず、魔力の探索にも引っ掛かからない。
まるで魔力と共にこの世から突然消え去ったかのように行方が分からなくなったという。
誰かが手引きして連れ出したのか、娘自ら出て行ったのか、一向に行方が分からないまま、ただ時間だけが経過して行った。
娘を失ったというよりは心血を注いでいた研究対象を失くした喪失感が痛手となり、アルステラは体調を崩して娘が消えた三年後に帰らぬ人となった。
そして今現在もアルステラの娘は行方知れずのままだ。
生きているのか死んでいるのか、誰も知らない誰も分からない。
その得体の知れない特殊な能力者が忽然と消えたという噂は瞬く間に広がり、いつしかその子はアルステラの失くし子と呼ばれるようになった。
今では人々の口の端に上る事もほとんどなくなり、都市伝説的な扱いとなっている。
それを今更。
ーー消えた娘と共に失われた能力を、人工的に再現してどうするつもりなんだ。
魔力も魔術も無に出来る力。
物理的な攻撃以外全てを相殺、消し去る事が出来る力。
そして大陸のどこの国においても、魔術が最も強力な戦力となっている。
その力で列強諸国と渡り合おうというのだ。
ダメだな。
過ぎたる力を持つには、あの国王の器は小さ過ぎる。
アシュリとの事に口を出されたのが原因で職を辞したが、それで正解だった。
俺の中では既に新術の構築は完成している。
しかしそれを形にするのはもうやめだ。
それよりも次は、効力があるかどうかは保障できないが、もしもの状況に備えて一応反転術式の構築を試みるか。
ーーそう思ったのには他にも理由がある。
新術が完成形に近付けば近付くほど感じるこの発動魔力の波動……
魔力の有無とは関係なく、人間個人誰しも持つ“気”、“気配”。
その“気”が、新術の魔力とよく似た人物を俺は知っている……
いやでもまさか。
ただの空似である事は間違いない筈だ。
そんな筈はない。
しかしそんな筈はない、と……言い切れるのだろうか。
アルステラの娘が八歳で姿を消してから十一年。
生きているなら娘の年齢は今、十九歳だ。
俺の二つ下。
最愛の妻、アシュリと同年齢だ………
◇◇◇◇◇
その日、事前の先触れもなくその人は訪れた。
夫シグルドと結婚する時にご挨拶でお会いしたのが最初で、以来何度か顔を合わせた。
その方の訪問を受け、わたしはとりあえず居間にお通しして、慌ててまだ寝ている夫を起こしに寝室へと駆け込んだ。
「シグルド!起きてっ!お客様よっ!」
彼の夜着を掴み大きく揺さぶるも、滑舌の良い寝言を口にするだけで一向に起きてくれない。
「うーん…アシュリ♡締め過ぎ♡そんなんじゃ保たないから♡」
わたしはシグルドの頭を叩いて文字通り叩き起こした。
「変な夢見てないで起きなさいっ!ケーリオ師団長がお見えになっているのよっ!」
「へ……?」
のっそりぬぼ~と起きながらシグルドが答えた。
「……師団長?」
そう。
シグルドが王宮魔術師団に所属していた時の上官であるアウグスト=ケーリオ師団長が突然、下宿を訪れたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます!




