お断りします
国王陛下の次席侍従だなんて大層な肩書きを持った人が突然わたしに会いに来た。
一体何の用だと言うのだろう……
わたしは頭の中に「?」を沢山産出しながらお茶の用意をする。
恩人である前の下宿のオーナーから譲り受けた東方の国の珍しい茶器を用いた。
茶葉もお客様用のとても良い品のもの。
その馥郁とした香りが居間の中に漂う。
次席侍従ガエタンさんは早速お茶を口に含んだ。
反応を見るに、お偉い方にもご満足頂ける味だったようだ。
お茶で口を湿らし、ガエタンさんは徐に本題に入った。
「私、周りくどい言い方は好みませんので単刀直入に言わせて頂きます。アシュリさん、スタングレイ卿と離縁して下さい」
「……………はい?」
聞き間違いかしら?
今、シグルドと離縁しろと言われたような気がするんだけど……
「離縁、離婚です。王国の輝かしい未来の為、延いてはスタングレイ卿の将来の出世の為に貴女には身を引いて頂きたいのですよ」
「はぁ……はぁ?」
思わず素が出てしまった。
だってこの人が訳の分からない事をいうから。
でもそれが気に入らなかったのかガエタンさんはこれまでの笑顔を消して、真顔で端的に告げてきた。
「昨今の高魔力保持者の出生率低下は、我が国において深刻な問題となっております。その貴重な高魔力保持者を少しでも多く世に生み出す為にはやはり、高魔力保持者同士の婚姻が望ましいとされているのです」
「……それで、魔力の無いわたしではシグルドには相応しくないと?」
「正直に申し上げればそういう事になります。配偶者が魔力無しとなれば、生まれる子の魔力の高さはたかがしれてますからね。これは王国の行く末を左右する、とっても大きな損失となっている事を理解して頂きたい」
「だから身を引けと?主人はこの事を知っているのですか?」
「はい。陛下御自ら再三に渡り、スタングレイ卿に貴女と離縁して高魔力保持者と婚姻を結び直せと説得されておられます。それなのに卿は一向に承諾なさいません。それならば直接貴女にお話をして離縁に応じて頂くのが手っ取り早いのではないかと思い至った所存です」
「そうですか……」
「もちろん、離縁に応じて頂ければ、貴女にはそれ相応の対価をお支払い致します。新たな縁談もご用意出来ますよ?」
「まぁ、至れり尽くせりですのね」
「当然の事でございます。……では承諾して頂けますね?」
手応え有りと見たのかガエタンさんが上機嫌で身を乗り出して言った。
わたしも上等の笑顔で答える。
「ふふ、お断りいたします」
「え?」
予想とは違う返事が返って来た所為か、ガエタンさんは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をした。
何故わたしがすぐに了承すると思っているのだろう。
理解出来ないわ。
「主人がわたしとの離縁を望んでいるのではない限り、わたしも離縁は致しません。王国の損失?申し訳ありませんがわたし達夫婦には関係のない事でございます」
「な、なんと不敬なっ……!国王陛下たってのお望みなのですよっ!」
「この国は君主制国家ではありますが、国王が一国民の婚姻にまで口出しするのはおかしいと思います。こんな事が他国に知られれば我が国は…いえ、陛下は無粋なお方だと笑い者にされてしまうでしょうね」
「無礼なっ!!」
バンッとテーブルを叩いてガエタンさんは怒鳴った。
そして今までの丁寧な態度を一変して居丈高に告げてくる。
「陛下を侮辱した罪で投獄してもいいんだぞっ!」
「わたしがいつ侮辱なんてしましたか?自国の国王が他国から愚者呼ばわりされる事を心配しただけです」
「それが侮辱だと言うんだっ!」
「どこが侮辱だと言うんです。辞書を引いて侮辱の定義の説明して差し上げましょうか?」
「このっ……生意気な口を叩きおって……来いっ!貴様を牢にぶち込んでやるっ!」
そう言ってガエタンさん…もうさん付けなんて要らないわね、ガエタン野郎はわたしを拘束しようと腕を伸ばして来た。
わたしは咄嗟に身構える。
だけどガエタンの手がわたしに届く事はなかった。
わたしの目の前に広くて大きな背中が突然現れる。
その瞬間鼻腔を擽る大好きな香り。
同じ石鹸を使い、同じ洗剤で洗った衣服を身につける。
わたしと同じ香りであるはずなのに、彼独特の纏う香りとなっていつもわたしを包み込む。
「シグルド」
転移して来た夫シグルドがわたしとガエタンの間に立ち塞がった。
そしてシグルドがわたしに向けて伸ばされたガエタンの腕を掴む。
「ヒッ!?ス、スタングレイ卿っ!?ど、どうしてこちらにっ……?」
突然現れたシグルドに驚き、そして慄きながらガエタンが言った。
シグルドは彼のものとは思えない冷たい眼差しでガエタンを見据え、答えた。
「どうして?それはこちらのセリフだな。なぜ王宮の侍従がウチに?それも俺の妻に声を荒げて掴みかかろうとしている、これは一体どうした事だ?」
静かに怒りを露わにするシグルドに、ガエタンは怯えた。
この状況、どう申し開きをしても彼の凶行は間違いない。
「ふ、夫人が陛下を侮辱するような…こ、言葉を……」
「へぇ?アシュリ、何て言ったの?」
シグルドがわたしの方へと顔を向けた。
わたしは彼の背中ごしに答える。
「国王が自国の民の婚姻に口を出すなんて他国から見たらどう映るのかしらね、と言っただけよ?」
「それだけで侮辱罪で牢獄に入れようとしたの?酷いね」
「酷いわよね」
「ああ。酷いなんてもんじゃない」
シグルドはそう言って再びガエタンの方へ視線を戻した。
冷たい、魔力を漂わせた眼差しで。
「ヒッ……」
ガエタンはその魔力に当てられたのか小刻みに震え出す。
「俺はキッパリと陛下にはお断りを入れた筈だ。お前もその場で聞いていたよな?それなのになんだ?性懲りも無く、今度は妻に直接言いに?俺の留守を狙って?……ふざけるな」
「ヒィッ」
シグルドはガエタンの襟首を掴んで引き寄せた。
そして振り返って、悲しそうな顔でわたしに言う。
「ごめんなアシュリ。嫌な思いをさせて……それに怖かっただろ?」
「少しビックリしたけどわたしは平気よ。多分シグルドが飛んで帰って来るんだろうなぁと思っていたし」
「うん。アシュリの感情の起伏を俺の魔力が感知したからね。アシュリには俺の魔力をマーキングしてるから」
「結婚して直ぐにその事を聞かされていたからね。その時はとんでもないなと思ったけど、いざという時は助かるわね」
「でしょ?ところでアシュリ。俺が無職になっても妻でいてくれる?」
「あら、王宮魔術師辞めちゃうの?」
「うん。もうつくづく嫌になった。今からコイツを陛下に突き返して、ついでに辞表も叩きつけてくるよ。一介の魔術師になってギルドにでも所属しようかな」
「それもいいわね」
「良かった!じゃあ行って来る」
そう言ってシグルドはガエタンを掴んだまま、再び王宮へと転移して行った。
「いってらっしゃい、気を付けて」
わたしはそれを見送った。
「ふぅ……」
静かになった室内に一人残され、わたしは思わず嘆息する。
わたしと別れるように上から…しかも国王陛下に言われていたなんて、知らなかった。
わたしに余計な心配を掛けまいと、シグルドはそれをわたしに伝えなかったんだ。
一人で受け止めて、一人で処理して、家にはそんな面倒事を一切持ち込まないで……
わたしはどれほど、シグルドに守られ、大切にされているのだろう。
さっきだって本当はとても怖かった。
大の大人の男の人に大声で怒鳴られて掴みかかろうとされて。
だから目の前にシグルドの背中が見えた時は泣きたくなるほど安堵した。
彼に愛されている。
彼を愛している。
わたし達はただ、大切な相手と穏やかに暮らしたいだけ。
だけどそれを許してくれない要因があるのだ。
彼の周りだけでなく、
本当はわたしにも………
「怖い……」
本当の事を話した時、わたし達夫婦は今と変わらず居られるのだろうか。
夫婦の問題だけではない、わたしの周りの人達は、わたしの真実を知っても、変わらずに居てくれるのだろうか……
「無理だろうな」
わたしは誰も居ない部屋で、小さな声で呟いた。




