突然の訪問者
ーー術式展開の理論は間違っていないと思うんだ。
問題はなぜ古術と現代術の融合が上手くいかないか。
融合出来ないという事はどちらかの術式に何かしらの原因がある訳で……
くそう。
とっとと新術を完成させて王宮魔術師を辞めたいのに、中々前へ進まない。
もう全て放り出して他国へ移り住みたいりところだが、アシュリはきっと恩人から譲り受けたというこの下宿は捨てられないと思うし……
そういえば恩人といえば、アシュリは一体どんな恩を受けたんだ?
「シグルド」
ーー子どもの頃からこの下宿に住んでるというし、俺みたいに引き取られたとか?
命の恩人的な?
それなら誠実なアシュリの事だ、恩人が遺したこの場所を何が何でも守らなければと思っているだろうな。
「シグルド」
ーーそれにしても俺の嫁はどうして声までもイイんだ?
美人だし優しいしスタイルもいい。メシは何でも旨いし掃除も洗濯も上手、縫い物だって出来るんだ。
あの手は魔法の手だな。魔力が無くて何が悪いんだ。
そんなものが無くてもアシュリは凄い。
それなのに王の奴、くだらない事を言いやがって……
「シグルドってば!!」
「へ?……アレ?」
「アレ?じゃないわよ。顔を上げてくれないと髭が剃れないでしょ」
「ん?髭?」
シグルドが呆けたようにこちらを見る。
魔導書を広げながら、完全に思考の海に浸っていたようだ……
このところシグルドは新術の開発を取り憑かれたように急いでいる。
帰宅した後も深夜まで仕事をしていて、寝ても覚めても新術の事ばかり考えているようだ。
どうやら開発が頓挫していて出口が見出せないらしい。
昨夜も遅くまで原因解明の為に調べものをしている途中で撃沈したらしく、朝机に広げた書類の上に突っ伏して眠っているシグルドを発見した。
これ自体は珍しい事じゃない。
魔術バカのシグルドは魔術の事になると寝食を忘れてのめり込む事が多く、一度そうなったら生活無能力者になって人間らしい生活をしなくなる。
お風呂にはいらなければ髭も剃らない。
下手すればトイレに行く回数も減らして研究にのめり込むのだ。
今朝も起こしたはいいが、早速新術の事に脳の機能を全て持って行かれて何も出来ない赤ちゃんのようになっている。
なので顔を蒸しタオルで拭き、髪に櫛を入れ、こうやって髭も剃っているのだけれど、思考中のシグルドはやたらと頭を揺らすので危なくて剃刀を持つ手が震えてしまう。
眉を剃り落としちゃっても責任取れませんよ。
「いくら仕事が大変でも、最低限の身支度は必要よ。王宮に勤める人間なら尚更ね。もう少しで終わるから少しだけじっとしてて」
わたしはそう言いながら夫の髭をあたる。
わたしという妻が居るんだから、見窄らしい魔術師にはさせないわ。
「……ごめんなアシュリ」
「今に始まった事じゃないでしょ。でも睡眠はちゃんと取って欲しい。食事は無理やり口に突っ込めるけど、睡眠だけはわたしにはどうしようもないもの。あ、でも睡眠薬を盛る事は出来るわね」
「ははは。ごめん、いつもありがとうアシュリ。本当に愛してる」
「ふふ。……まぁ……わたしも?」
シグルドみたいに素直に表現するのはわたしにはハードルが高い。
それでも想いを告げられた時には想いを返したいという気持ちはあるのだ。
そんなわたしの気持ちをシグルドは充分理解してくれている。
今も優しい眼差しで見つめてくれて、そして……
「ちょっとぉ!朝のダイニングでぶちゅぶちゅキスなんてしてんじゃないわよっ!」
「あ」「ち、」
いつも寝起きは人外になって登場するメラニーさんが今朝は珍しく人間としてダイニングにやって来た。
「ったく、朝から盛ってんじゃねーわよっ」
「二十四時間盛ってた奴に言われたかねぇ」
「フン」
「おはようございますメラニーさん」
わたしは朝の挨拶をしてメラニーさんの朝食を配膳する。
契約の中に食事の用意も含まれているし、大家としてその他の責務もちゃんと果たすけど、メラニーさんには極力関わらず、適度な距離を保つ事にした。
彼女の為人は先日の不貞疑惑の一件でそれなりに垣間見れた。
彼女はきっと、
シグルドとの復縁を狙っている。
そんな女、追い出せばいいと言われるかもしれないけど、王宮魔術師団と交わした契約書は魔法契約書だ。
余程の事がないと契約解除は出来ない。
例えば家賃の滞納、窃盗、騒音や異臭騒ぎ等で他の住民に迷惑を掛ける……とかであればこちらから契約を切る事も出来るのだが、大家の旦那に色目(?)を使う……とかいう曖昧なものでは契約解除は出来ないのだ。
ちょっと……いやかなりモヤっとするけど、ここはシグルドを信じて、わたしはわたしなりの対応をするしかない。
「やった!今日の朝ごはんはベーコンエッグだぁ♡」
「……どうぞ召し上がれ」
笑顔、笑顔と。
◇◇◇
「じゃあ行って来るよ」
「いってらっしゃい」
そう言ってわたしの頬にキスをしてシグルドは転移して行った。
シグルドは自宅から王宮への往復は転移魔法を用いる事を許されている。
王宮への転移は限られた者しか許されていないのだ。
さすがは国内で三人しかいない特級魔術師の一人、というべきか。
家では甘えたのダメダメな可愛い旦那サマだけど。
下宿の人達が皆仕事に出て、掃除や洗濯を済ませて一休みしている時に、共用玄関のチャイムが鳴った。
「はーい、どちら様でしょうか?」
わたしがドアを開けて応じると、そこには身綺麗にした如何にも王宮の高級官吏然とした男性が立っていた。
「突然の訪問で失礼します。貴女は王宮魔術師シグルド=スタングレイ卿の奥方で間違いないでしょうか?」
「ええ……はい、そうですが、どちら様ですか?」
わたしがそう尋ねると、男性はキリっとした顔をしてこう告げた。
「申し遅れました、私は国王陛下の次席侍従を務めておりますガエタンと申します。奥様に折入ってお話がございます」
「国王陛下の……次席侍従……?」
何故そんな人がウチに?




