第九話 花の精霊のお節介
(解決しないで帰るだと!)
アジェンが居ない状態では、流石に城には忍び込めない。
ザン第一王子は、マリー様を連れて帰らなかった。それは『花が紡ぐ恋』の相手が、マリー様ではなくてリリス様だったからだ。
運命の人がリリス様と知って、素直に認められない理由はリリス様の素性か?
マリー様と婚約して長年経過しているのに、その素性に気が付かなかったのは、マリー様が策士であり、その美貌に盲目となってしまったからか?
ザン第一王子が、外で指示を出している。
そろそろ出発するのだろう。目的は成し遂げられなかった。いや、根本から間違っていた。
結婚前に気が付けたのだから良かったではないか。
馬の嘶く声が聞こえる。
騎士を連れて馬車が動き出したのだろう。
そして父であるベルガード伯爵は、満面の笑みで結婚まで日がないことを喜んでいるかの様子。
「でかしたマリーよ」
「はい、わたくし幸せになりますわ」
「リリスは自身の行いを恥じるのだな」
「可哀そうな義姉様」
もうここには用はない。舞台は城に移動した。
入れないにしろ移動だけはしておこうと、レベックは裏口から出て離れに停めてある幌馬車に乗り込み、大地を駆ける。
(アジェンの奴、今何処にいる?)
走り出した幌馬車は城門を越えて城下町に入る。
すると大きく左に曲がる道を走り、西側へ進むと住居地へ到着した。ここからは幌馬車の速度を下げて走らないと、人を轢いてしまう。
そんなことで裁かれるのも嫌なので、パカパカと足踏み揃えて徐行する。
ゆっくりとそのまま走っていると、花屋たんぽぽの看板が見えて来た。
「ただいま。母さんアジェン来なかった?」
「アジェンちゃんなら、昼寝してるわよ」
今日は夜勤明けか?
って何故に俺の家で寝るんだアイツは!
家に入りレベックは自身の部屋に入る。
すると寝台に寝ているアジェンを見付けた。鎧を着たまま寝てたらどうしようかと思ったが、流石に脱いでいるな。
寝入っているところ起こすのは可哀そうだが、物語は終盤に差し掛かっている。
アジェンを連れて行かなければ城には入れない。
ここは止む無し。
「起きろアジェン! 敵が攻めて来たぞ!」
「な……なに? 何処だ。隊長は隊を編成して、襲撃に備えよ」
「アジェン。俺の部屋だスマン!」
一瞬で状況を把握したアジェンは、立ち上がりレベックの腹に殴りかかった。
その拳は重く、レベックに襲い掛ったのだが、ビクともしない出来上がった体を目の当たりにして驚いている。
「お前……」
それより時間がないと焦るレベックは、話しを端折りながら説明をする。
意味を理解したアジェンは鎧を着始めた。どうやら城へ行ってくれそうな雰囲気にレベックの口元は弧を描く。
「急がないと、聞けないんだよ」
「あとで旨いものでも奢れよ」
城門に近付くと門番が駆けよるが、アジェンの姿を見て敬礼をする。
「どの様なご用件でしょうか? アジェン師団長様」
「とにかく門を開けよ」
とアジェンが言うと、大きな拱門は開き中から風が吹き込んで来る。
金色の髪が風で靡き、肌を切るような冷たい風は、木枯らしとなって砂塵が宙を舞う。
レベック達は一気に走って城へと向かう。
きっとアジェンも続きが知りたいのだろう。今回で幕引きとなるかもしれないのなら、聞き逃すことなど許されない。
アジェンの案内で、この前と同じ扉まで走り、隙間を開けて中を覗く。
やっぱし話し合っていた。
アマノス王は椅子に座り、三人の王子が集まる中、難題は煩雑となり王子達を悩ませる。
「えっと、ザン兄様の運命の人はマリー令嬢ではなかったってこと?」
「そうだ。危うく間違えるところだった。マリーは強かな女だったよ」
「なら兄さんはマリーとは婚約破棄かい? それなら俺もリリスとは婚約破棄したいね」
ガルラ第二王子までも婚約破棄となったら、ベルガード伯爵家はどうなってしまうのだろう。
一時期は二人の王子と婚約をして、他の貴族からも一目置かれる存在だっただけに、他の貴族からしたらこの吉報は、笑い話だけではすまない。婚約者の座を射止めようと躍起になってお洒落して、その目に留まることを夢見て、美を磨く娘達の顔が目に浮かぶ。
今、アマノス家は三人の王子が婚約者不在となった。
十八歳となり王太子になるザン第一王子には、婚約者が居ないとならない。その日のために前々から準備してきたのに、あと一手という時に限って、婚約者不在となってしまう。婚約者を今から探すのも大変だろう。
(王太子になるのは遅れるか?)
急いだところで仕方がない。
じっくりと婚約者を探す時間を設けて、同じ轍は踏まないようにすることが大切だろう。
「私はマリーと婚約破棄します」
「ならザン兄様は、来月の王太子襲名は延期って感じかな?」
「俺もリリスとは婚約破棄だ」
「では、書面にて婚約破棄を行うため、ベルガード伯爵を近々呼ぶことにしようかの」
婚約破棄は二人、これでベルガード伯爵家から嫁に出る者は居なくなった。
子供の頃から遊び、自然と婚約者となって結婚する。
そのはずだった……。
何処で歯車が狂ったのかと問うのなら、マリー様がベルガード伯爵家へ来てからだろう。お淑やかに見えてあざとく、計算高い強かなマリー様は、第二王子では満足せず第一王子をものにしたかったんだ。
次期王に最も近い、第一王子を――そして王妃の座を狙っていた。
過剰な欲は身を滅ぼすと言うように、第一王子も第二王子も取り零し、その被害はリリス様にまで及んだ。
リリス様はどうにかしてマリー様を王子達から遠ざけたかったんだ。花を理由に離れへ行かせたのもそう。食事すらも離れでさせようとしたのもそう。マリー様によって今まで築き上げてきたものがこれ以上壊されないように、強硬策に出たんだ。
しかし、そんな努力も虚しく二人の婚約は進み、あと数カ月で結婚する。
リリス様にはもう策がなかった。中立な立場のアル第三王子が来た時に、胸の内を明かすことしかできなかった。
失敗に終わったかに見えたリリス様の叫びに、転機が訪れる。
ザン第一王子がカモミールを持ってやって来たことだ。あれはザン第一王子が大切にしている花の思い出、その相手はリリス様なのだと告げることができた。
「マーガレットを置いたのはわたくしですの」
と、やっと心の中の叫びが声となって発せられたのだろう。
◇◆◇◆
あれから月日が巡り、寒さも厳しくなって来た。
本来なら王太子になられるザン第一王子の宴が催される頃だが、街は静まり返り、平民にまで婚約破棄の噂が流れた。
「レベック、酒だ。酒買って来い」
「へいへい、買ってきますよーだ」
そんなレベックは、あれから何度もアジェンに頼み城に入るも、決定的瞬間には出会えなかった。
「それでベルガード伯爵家はどうなる?」
「結婚してたら侯爵以上かな、今回は婚約破棄だから、そのまま伯爵家じゃねーか?」
「婚約相手を間違えたのはザン第一王子だから、お咎めなしってわけか」
「皮肉だがな」
本当に皮肉としか言えない。
二人は『花が紡いだ恋』まで経験していたのに、最終的に相手を間違えていたとは情けない。そんなんじゃ運も避けて通るってものだ。
リリス様もマリー様も金髪に碧瞳に整った顔立ち、ベルガード伯爵家の血を受け継いだ美貌の持ち主だ。もしも『花が紡いだ恋』なんかなければ、そのまま長女のリリス様と婚約していたのではないだろうか。
良かれと思ってしたことが、逆に裏目に出てしまうことがある。
それをお節介と言う。
今回は花の精霊のお節介に、二人は惑わされたのだろう。
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