第八話 代役のカモミール
次の日になった朝朗。
顔を隠したまま、まだ寝ている花達を摘んで店に戻ると、黒い馬車と騎士が整列している。
昨日の話し通りだとしたらザン第一王子が花を買いに来たのだろうか?
城からベルガード伯爵家の方角を考えると、ここは逆方向だ。
(何故、ここに?)
と思う気持ちが強く、こんなに朝早くにベルガード伯爵家へ行くのなら、レベックも早く発たなければならない。
一番見たいところが見れなかったらと思うと焦り出す。
レベックは店内に入ると、母親と話しているザン第一王子が居る。
近付いて会話を聞くと、どうやらマリー様に贈る花を探しいるそうだ。
「帰って来たわ。ねぇレベック。マーガレットってあるかしら?」
「マーガレットは季節的にもうないのは知っているが、この店に無いか?」
そういうことか、ザン第一王子はマーガレットを探すため花屋を転々としていた。
そして遂にこの店に辿り着いたってわけか。だが残念なことにうちにもマーガレットはない。
「当店にもマーガレットはございません。春の花ですので、どの店にも無いかと思います」
ザン第一王子は考え始めたようだ。
きっとマーガレットが大切な花なのだろう。そしてマリー様を迎えに行くのに必要な花なのだろう。しかし残念だが冬には咲かない。
「もうマーガレットの季節ではございませんので、野で咲く姿を見ることはできません。ただ当店は温室栽培していますので、咲いているカモミールならございます」
「カモミールか!」
どちらも白い花弁で真ん中が黄色い花だ。
素人目には区別がつかないだろう。と言っても思入れがあるマーガレットの代わりにはなれず、カモミールは似ているだけの花でしかない。
「そうだな。カモミールを頼もうか?」
レベックは少し待ってもらい温室へ向かう。
水晶暖で暖められた部屋は、温度を一定に維持し続けて季節外れの花を咲かせている。
世界には魔石と呼ばれる石がある。
魔物が居た時代。魔物を倒すことで得られるのがこの魔石だ。そして魔石に魔力を込め、水晶の力で魔力を取り出せることを知ってから、文明は急速に発展し便利な世の中になった。
暗い夜も明るくなり、寒い冬も暖かく、暑い夏も涼しく。
今、この部屋にある水晶には火属性と風属性の魔石が取り付けられており、暖かい風が吹いている。
レベックは早速、咲いているカモミールで花束を作り出した。
カモミールは香草の一種で、リンゴの香りがする。乾かし粉にして香草茶としても楽しまれている。
花が大好きなザン第一王子なら季節外れと知っているだろう。だが何故にマーガレットを探しているのだろうか?
花束を作り温室から出て、ザン王子に見せると瞳は輝き出し、手に取ると小さな花を見て楽しんでいる。
この花を渡す相手はマリー様なのだろう。
そして昨日言っていた様に、虐めから解放するために城へ連れ帰るのだろうな。また何か起こるかもしれないから、レベックも急いで身支度をせねばならない。覗きたいという欲望が湯水のごとく湧いてくる。
そして昨日の話の内容では、リリス様は婚約破棄となってしまいそうだ。
それには婚約破棄の契約書を交わさなければならず、近いうちに執り行われるのであろう。
ベルガード伯爵家としては、娘二人共を王家に嫁がせることはできなかったが、第一王子との婚約が成立すれば、上位の位に昇進も夢ではないだろう。
「温室栽培なので、四百銅貨になりますが宜しいですか?」
「あぁ、勿論だ」
「寒さには気を付けてください」
と言うと、ザン王子は店から出て、馬車に乗り走り去っていった。
急がないとだ――と身支度をするレベック。
「何処か行くのレベック?」
「母さん、ベルガード伯爵家へ行って来る」
そしてレベックも幌馬車に乗り、急いでベルガード伯爵家へ向かうのである。
あちらは騎士を連れての走行だ。速度はあまり出さないはず。それならまだ間に合うか?
雲の隙間から陽が差した。ティータイムでもしている頃だろう。
レベックは城門を出ると速度を上げ、急いでベルガード伯爵家へ向かう。
アマノス王家とベルガード伯爵家の恋話しを題するのなら『花が紡いだ恋』その演目の幕引きを、見ずして最終回だなんてあり得ない。
屋敷に到着すると、沢山の騎士が馬車を囲む。
ザン第一王子は中に入っている様子なので、幌馬車を離れに停めて裏口から屋敷に入ることにする。急なザン第一王子の来訪に、執事もメイドも絶え間なく忙しくしている。
レベックはこの前に覗いた扉まで来ると、ゆっくり扉を開けて隙間から中を覗く。
そこには全員が既に揃っており、バセスの出した三鞭酒を口にしている。もう話しは終わってしまったか?
するとザン第一王子が洋盃を卓子に置き、話し始める。
「この前、アル第三王子が来ましたよね。その時、マリーが妾の子で虐められていると聞きました。ベルガード伯爵よ。それは真ですか?」
直球過ぎる質問に、卓子の上で手を結んでいる手を解き、ゆっくりと三鞭酒を口にすると、
「妾の子というよりも、妹なのにザン第一王子と婚約したことが喧嘩の切っ掛けのようでございます――」
「待ってくださいお父様。わたくし自身が喧嘩したという認識はございません。義母と義姉と会話をしただけにございます」
この一言でザン第一王子の心を鷲掴みにしただろう。
なんと健気な心意気なんだと感心したことだろう。レベック自身も呆気にとられている。
まさにあざとい。
義母と義姉の罵声を受けても尚、笑ってみせた男気溢れる姿はここには居ない。
もしもマリー様が全て計画したことだとしたら?
マリー様は物凄く頭が良く計算が早い。そして相手の心を掴む手段を心得ている。
誰から教わったのか、それとも天性の才能なのかは分からない。
十歳でベルガード伯爵家へ来たのだから、本来の母と十年近くは一緒に過ごしたことになる。
そもそもマリー様の実の母親は、ベルガード伯爵の心を掴んだ女性でもある。
その血を受け継ぐマリー様は、色気が隠し切れず漏れ出している。こんなにも美しい女性に言い寄られたら、愛おしいマリー様の姿しか瞳に映らないだろう。
「マリーよ。君はなんて優し娘なんだ。我が妻に相応しい」
マリー様の心内を代弁するなら「よっしゃー!」といったところか、
そしてマリー様が評価されればされるほど、義母と義姉の評価が下がる。それも狙っていたとしたら、性悪女はマリー様の方ではないか?
リリス様の婚約はやはり破棄なのか?
「花を持ってまいれ」
ザン第一王子が言うと、うちの店から購入したカモミールを持った執事が、ザン第一王子の元へと行く。
それを手にして、目の前に座るマリー様の元へとゆっくり話しながら歩き出す。
「この花のこと。覚えているだろう?」
するとマリー様は考え出した様子。
この質問には即答できなければならない。きっと『花が紡いだ恋』に関する話の筈だからだ。マリー様は花を見つめ、そしてザン第一王子を見つめる。
「勿論覚えておりますわ。好きな花を持って来るって遊びのことですよね?」
「そうだ。私は弟のガルラとマリーとリリスの四人で遊んでいた時、好きな花を一輪持って切り株の上に置くって遊びをした。だがこの遊びは、雨が降り途中で終わることになる」
と言いながらゆっくりと歩き出し、マリー様の横に立つ。
「屋敷に帰ると、マリーは花を持ってはいなかった。その後、帰りに切り株を見に行くと、花が一輪切り株の上に置いてあったんだ。マリー、君が置いたのであろう?」
「切り株に置くという決まりだったため、雨が降る中、置いて来たのですが、皆が持って来ていたので驚きましたわ」
「私が摘んだのも同じ花だったんだ。花言葉は『真実の愛』『信頼』だ。その時に運命を感じたよ」
そう言って手に持つ花をマリー様に手渡し、見つめ合っている。
観客が居なければ、今直ぐにでも口づけしてしまうそうな雰囲気だ。これで妃はマリー様で決まりだな。
誰もが愛する二人を見て拍手をする。
ベルガード伯爵家も安泰だろうと皆が思っていただろう。そんな中で突然立ち上がるリリス様。
「待ってください。切り株にマーガレットを置いたのはわたくしですわ」
突然のことで皆がリリス様を見る。
沢山の目に晒され、立ち上がり花を見て、そのままザン第一王子を見つめる。
「わたしくしも花が好きで、良く本を読むのです。花を二つ摘み、切り株に一輪置いて、もう一輪は部屋に飾りましたわ」
「嘘を申すな。マリーが切り株に置いたと言っていたではないか!」
「いえ、置いたのは間違いなくわたくしでございます。ノースポールでもカモミールでもなく、マーガレットを置いたのはわたくしですの」
ザン第一王子はマリー様を見て、手に持つ花を見ながら話し出した。
「マリーよ。何故、切り株にその花を置いたんだ?」
マリー様は胸の位置に花を置き、大切に抱きかかえる。
それは子供をあやすかの様に抱きかかえ、上目遣いでザン第一王子を見る。
「それは大好きな花だったからです。とても良い香りがしますし可愛らしいから。花言葉は知りませんでしたわ。なんて素敵な花言葉なのでしょう」
「今、良い香りと言ったのか? リリスよ。お前が摘んだ花はどんな香りがする?」
「はい、チーズの香りがします。香りは残念でも花言葉は『真実の愛』『信頼』と大好きな言葉が並びます。当時『花占い』にハマっていたので植えられている場所は把握していましたわ」
ザン第一王子はベルガード伯爵を見る。
何が起きているのか理解できていない観客は、再度拍手で二人を包み込む。
この中で事態を把握しているのは、ザン第一王子とリリス様、そしてレベックの三人だけだろう。
「急に押しかけてしまい迷惑をかけたな。一旦帰ることにする」
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