第六話 白き戦乙女
朝日が差し込み、キラキラと輝く太陽を見て、背伸びするレベックは掃除をし始める。
パカパカと聞こえる整った足踏みは、アジェンが乗る軍馬の足音だった。
「これから見回りか?」
「いや、仕事終わりだ。そうそうこの前の花をユーラ様に渡したら大層喜んでな、花屋に会いたいと言っていたんだ。どうだ昼過ぎにでも会いに行かぬか?」
「おぉ、それはいいね。何か手土産が必要か? 花束とかさ?」
「そうだな。新しい花束が良いかもしれぬな」
「あら、花束なら私を選んでくださいな」
オステオスペルマムがレベックに語りかける。
それを聞いたレベックは、ビオラを纏めてオステオスペルマムをあしらった。
桃色のビオラは珍しい。その花言葉は『少女の恋』だ。ユーラ姫も恋心を抱く相手が居るかもしれない。
まぁ、親に決められた相手かもな……。
と思うとオステオスペルマムの花言葉『変わらぬ愛』はまだ早すぎるか?
完成した花束を糸で結び、羊皮紙で包むと花束の出来上がり。どうだと言わんばかりにアジェンに見せると、
「お前に、こんな才能があるとはな……」
と言って母親と話している。
「アジェンちゃんがお嫁に来てくれたらいいのに」
おいおい、何を言い出す母親よ。こいつは戦闘に対して異常なほどの偏愛主義者だぞ。命が何個あっても足りぬわ。とレベックは思いながら商品棚の花達を整理した。
「お母さん、私にも選ぶ権利がありますので」
「そうよねー。でもうちの子とお似合いだと思うのよねー」
「止め止め止め。この話は止めな。それより昼過ぎってことは、うちで飯食ってけアジェン」
「そうだな。そうさせてもらおうか、お母さん、また来ます」
と言って、軍馬に乗ったアジェンは朝日の中を駆けて行った。
「母さん、飯にしよう」
家に入り卓子に置かれたパンを千切る。そしてスープに浸して口に入れると、懐かしさのあまり昔を思い出し、口に出して言っていた。
「元気かな月の女神?」
「母さんは今の方が良いと思うわよ」
「だよな。花は好きだからな」
そして朝食を済ませて、開店させると喫茶店の店主が花を買いに来たようだ。毎週買いに来てくれるお得意様だ。
全部後ろへ梳きあげる髪形に白い襯衣。茶色い前掛けの出で立ちは、とてもお洒落だ。店は軽食も旨く、香草茶もとても美味しい。
「いらっしゃいませ、お作りしましょうか?」
「お願いできるかな」
レベックは店の雰囲気を思い出し、白色と青色のビオラを手に取った。そこに黄色と紫色のビオラを足してみると、茶色壁に茶色い椅子のお店に映えそうだ。
「これで如何ですか?」
「おぉ、これは可愛いね! そうそう花を飾るようになってからお客様の入りが多くなってね」
「わぁ、嬉しい。私達のお陰よ」
嬉しそうな店主は、花束を持ち色を楽しんでいる。
この国は花好きが多いから、花屋として生計が立てられる。そして近くに環境の良い草原があるから、色々な花を積むことができる。
「それは味が良いからでしょう?」
「でも店が華やかになったのは間違いないんだよ。きっとそれでお客様が増えたんだと俺は思ってる」
「そう言って貰えると花屋冥利に尽きますね」
そして店主は、気に入ってくれた花束を持って帰って行った。
色々な店の店主が花を買いに来るので、他店の開店よりも早く店を開けないとならない。冬の今頃なんかは薄暗い時間から開店している。だからこうして朝早くに訪れて花を買ってくれるんだ。
一度買ったら、大体のお客様が買い続けてくれる。
物凄く嬉しいことだ。皆の優しさで成り立っている店だから、こちらもより良い花を提供しなければならない。
そして昼の時間になり軍馬でアジェンがやって来た。白い毛並みの馬は美しく、鎧を纏った姿は戦場を駆ける『白き戦乙女』と呼ばれている。
「お前、鎧着たまま行くのか?」
「当り前であろう。これが正装だからな」
王都アマノスの家紋である鼓が胸に描かれたフルプレートメイルは、アジェン仕様で白光りしているのが特徴だ。戦場で目立ってどうすると言いたいのだが、アジェンが目立つことで、敵を引き付け部下への攻撃を減らすのが作戦らしい。
いつか倒されるのではないかと、不安で仕方がないが、
「戦で勝つのなら私は何でもする。貪欲に勝利の二文字を掴むさ」
と、言い放つ。
そしてシックスローゼズの第一師団長になって、ますます戦の最前線で戦うようになった。
危なっかしくて見てられない。
「そうだレベック。入隊志願書を持ってきたぞ!」
「そんなのいらねぇー。それより飯食ったら姫さんの所へ行くぞ」
レベックは花束を持ち、軍馬を店に繋いだまま二人は歩き出す。街中を歩いていると警備兵が敬礼をする。流石師団長様だなと思いながら、城の門を潜る。手続きなどなく門番はアジェンの顔を見ただけで、構えた槍を収めた。
城に入ると薔薇の庭園が続く。この庭園だと四、五人は庭師が必要だろうなと思いながら、馬車が駆けるその道を歩くと、大きな二枚扉の前へ行く。
装飾が施された二枚扉を門番が開けると、白い壁に赤い絨毯が敷かれた城の中に恐る恐る入る。
何回見ても派手だなと壁に掛った絵画や、天井に描かれた絵を見ながら待っていると、執事が一人やって来た。
「アジェン様。どの様なご用件でしょうか?」
「ユーラ姫に会いたいのだが、いらっしゃるか?」
「はい、ご案内致します」
執事に案内されて、赤い絨毯を踏みながら階段を登って行く。壁に掛けられた絵は幾らだろうな?
飾られているとついつい見てしまう。きっと欲しくはないが見るのは好きな方だと思う。知識は全くなく画家の名前すら出てこない。くれると言うなら貰うだろうが、直ぐに売ってしまうだろう。
そんなことを考えていたらユーラ姫の部屋の前に来たようだ。
扉を叩く執事。立ち尽くして待っていると扉の奥で音がする。
「ユーラ姫様、アジェン師団長が来ております」
すると扉が開き、洋服を身に纏った黒髪の女の子が立っていた。
光が天使の輪を作り、サラサラと色艶の良い黒髪がレベックの目を捕まえた。
アマノス家は黒髪が遺伝するようだが、ザン第一王子だけ金髪だなと思いながらユーラ姫を見ると、手に持つ花束を手渡した。
「わぁ、綺麗。ありがとうございます」
するとユーラ姫がレベックを見て間が開いた。
…………
「名前だよレベック」
「あっ、そうか。俺はレベック=アル・ヘルメース。花屋の店主です」
「花屋さんなんだ。凄くかわいいです。ありがとうございます」
と言ってカーテシーをしてみせた。
「あら可愛い女の子だこと、私達を可愛がってね」
礼儀正しい女の子を見て、花の精霊も喜んでいる。
八歳とは思えないくらい落ち着きをみせ、礼儀正しく可愛らしい。アジェンとレベックが八歳の頃は木に登ったものだよなと思い出す。
家が隣同士で兄妹の様に育った二人は、遊ぶことに夢中だった。
やがてアジェンは剣を持ち、戦う術を学び出した。
「ねえ、これはどう飾ればよいのです?」
すると執事が部屋の中に入り、この前作った花束が飾られた花瓶を持って外に出て行った。
暫くすると花瓶に水を入れて持って来たのだろう。新しい花束を生けて窓際に飾る。
「凄く綺麗です」
とユーラ姫の目が輝いている。
「花言葉は『少女の恋』です。恋してますか?」
すると頬を赤らめて胸の前で手を結び、その瞳は輝き艶やかな肌は白く、唇は紅く。誰かを思い描くように目を閉じて上を向いた。
可愛いと言うよりも綺麗と言う方が似合っている。
そして歳を知らなければ八歳とは思えないくらい大人びて見える。
すると騒がしくなって来た。執事が走るなんて余程のことだろう。
聞こえて来た叫び声は近く、ユーラ姫も驚いている。
「父上、ベルガード伯爵家へ行くなとはどういうことですか?」
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