第五話 どうして
「私は聞かされていないですがね」
アル第三王子が不機嫌そうな顔をする。
マリー様が妾の子ということを、聞かされていないようだ。それについてベルガード伯爵が口を開く。
「アマノス王には話しておりますが、この話をした時は、まだお二人は子供でしたもので、わたくしからは話しておりませぬ」
「まっ、父から聞かされているかってことだよね。流石にザン兄様は知ってると思うけど、帰ったら聞いてみるよ」
すると運ばれて来たスープに匙を浸し、ゆっくりと口に運ぶ。
グーーー
こんなの見てたらレベックは腹が減ってきた。腹の虫も鳴くってもんだ。
予定ではもう家に居て昼飯を食べている頃だろうが、こんな面白いものはそうそう見れるものではない。三度の飯より大切だ。
もしもザン第一王子が妾の事を知らないとしたら?
これは大問題だろう。リリス様もマリー様も婚約破棄、ベルガード伯爵家は没落。領土はなくなり家を追われ、他の街へ移り住むのかもしれない。
それならばまだ運が良い方だろう。
磔や市中引き回し、または火刑など残忍な刑が待っているかもしれない。
流石にアマノス王に嘘をつくなど、あり得ないと思いたいがな。
食事中は静かなものだが、それが逆に異様な空気を感じてしまう。
もしもアル第三王子の機嫌を損ねたら、今回の話しはなかったことになるだろう。数年もかけてきた計画が水の泡と化すのだから冷や汗ものだ。
きっとベルガード伯爵は必死だろう。仲の悪い姉妹。仲の悪い母親と妾の子。吉報は寝て待てと言うが、のんびり昼寝でもしてたら、崩れ去りそうなほど不安定な関係はやじろべえの様で危うい。
まだまだ安心はできない。
こんなのが見れるなんて、花を植えに来て大正解だったよ。もしも叶うのなら第一王子と第二王子を交えた席での会話も見てみたいのだがな。そして第一王子がマリー様の正体を知り、妾の子と驚く様が見れたなら、どれだけ幸福なことか。
だがそれはここベルガード伯爵家ではないだろう。アマノス家へ出向き、晩餐会などで食事をして話し合いが行われる時に話題として上がるかだ。それを見るのは運だけではどうにもならない。
相手はアマノス家だからな。一国の主が居る席へ行けるはずもなく、覗く機会すらないだろう。
さて、氷菓子、肉料理と来て、菓子を楽しんでいる。
流石全員作法はできている――当たり前なのだが――流石だと感心する。レベックも作法は学んだが、チマチマ食うことに我慢ができず、一緒くたに皿を全て並べてもらいたい。
食器がぶつかり合う音すらしない無音の空間は、見ているこっちも緊張してくる。流石貴族は違うと思いながら、レベックは恐る恐る唾を静かに飲み込んだ。この音が聞こえてしまうのではないかと思えるほどに静かだからだ。
(誰か話さないのか?)
レベックは会話があるからこそ食事は美味しいものだと思っている。黙々と食事だなんて、味はちゃんとするのかと問いたい。「旨い」って言葉は自然と出るものだ。もう食べ慣れた食事に感動すらないのか?
卓子を囲んで話しながら酒を飲み、今日起こった出来事でも話して会話が弾む。それは昔話でもいいよ。思い出話でもいい。会話で盛り上がり、美味しい食事で盛り上がり、腹も盛り上がり、それが食事ってものだろう。
そんなことを考えながら覗いていると、アル第三王子が口を開いた。
「うん、流石だね。とても美味しかったよ」
「それは、嬉しい限りです」
食事は大成功といったところかな?
一緒に食事を食べている者、食事を作った者、側で見守る者。そしてレベック。全員が緊張していた。そしてこの言葉に肩の荷が下りたようだ。
と、安心してはいけないのだが、失敗を重ねてしまったベルガード伯爵家の者達からしたら、この“流石”の二文字は有難いお言葉だろう。
「さて、言っとくことがある。僕の兄様達を傷つけたら、僕が直々に手を下すよ。あの二人と違って僕は慈悲がないからね」
その瞳は、ベルガード伯爵を見ているようだ。
鋭く、賢く、威圧的なその瞳は獲物を狙う鷹の様。その爪を立て、もぎ取って飛び去りそうなほど、鋭利な言葉の刃を向けられたまま離れない。
あまりにも好戦的な瞳に対峙することすらできず、下を向き
「畏まりました。そのような事は決してないと誓います」
と言うベルガード伯爵が小さく見える。
たったの十二歳だが、大の大人相手に立ち振る舞う姿は、これがアマノス家かと誰もが驚いただろう。
敵に回してはならない。
とさえ思ったに違いない。
アル第三王子は「あの二人と違って僕は慈悲がない」と言ったが、第一王子も第二王子もあのアマノス王の血を受け継いでいるんだ。
考えただけで恐ろしい。
さて、立ち上がったアル第三王子はベルガード伯爵と共に部屋から出て行った。
ここに残って三人の会話を聞くか? それとも二人を追うか?
いや無理だろう。御付きの者が何名居るか分からない。
ここで会話を聞けるだけでも幸運なんだと、レベックは扉の隙間から立ち去る二人の背中を見ていた。
「リリス。二度とあんなこと言うんじゃないわよ」
「はい。でもお母様。私は長女で正当なベルガード伯爵令嬢よ。どうして長男のザン第一王子ではないのですか?」
「ガルラ第二王子も素晴らしい方よ」
「そうじゃないわ。何で、妾の子が第一王子の婚約者になるのよって言ってるの」
リリス様はご一腹のようだ。
アル第三王子が居る席で、全てを吐き出せたわけではなく、まだ抱えていたんだ。そりゃ悔しいよなと他人のレベックでも思うのだが、それは母親とて同じ。
一番涼しい顔をしているのはマリー様だと顔を覗いたら、深刻そうな顔をしている。ザン第一王子が知らなければ、婚約は破棄となる可能性がある。不安なのも仕方がない。
妾の子……。
結婚するまで付いて回る悪名に悩まされ、怯えて暮らす日々が続くだろう。貴族も大変だなとレベックは思いながら、立ち上がるマリー様を見た。
「わたくしは部屋へ戻ります。精々、妾の子とでも呼んで罵声を浴びせればいいわ。わたくしにはザン第一王子がいらっしゃるの、あなたと違ってね。リリスお義姉様」
マリー様は強い人だった。怯えるどころか勝ち誇っている。対するリリス様は怒りに満ちた瞳の中には炎を灯し、母親は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
(マリー様の勝ちだな)
そしてマリー様がこちらにやって来たので、走って階段まで逃げると、何事もなかったかのように優雅に階段を降りる。
「あら、花屋さんではありませんの」
「これはこれはマリー様。見てくださいお庭を綺麗にしてみました」
するとマリー様は庭を見ると、埋まっているパンジーやサイネリアを見て、感極まったのか涙を一粒零された。それをレベックに見せないように直ぐに手巾で拭き取り、差し込む太陽の陽を浴びで、
「綺麗」
とだけ呟いた。
まだ十四歳程度の女の子なんだ。それなのに二人を相手に言い負けずに戦った。リリス姫は妾の子という枷を乗り越え、王妃の座を得るには、今――。
そう今が頑張り時なんだ。
人生がかかっているともなれば、知恵をつけ、賢く、蝶の様に華麗に羽ばたき続けなくてはならない。
「それでは私はこれで」
とリリス様にお辞儀をして、レベックは馬車の元へ戻った。
◇◆◇◆
「ただいま、何か食べるものある?」
「遅かったわね。お昼が残ってるわよ」
卓子に置かれたパンやスープやサラダを見て、やっぱしこれじゃなきゃなと思うレベックだった。
そしてパンを食べながら、ミルクと一緒に飲み込むと、
「貴族は大変だよな。許婚とか婚約とか、子供の頃から良い家へ嫁ぐために戦ってる。俺には真似できんよ」
「だからあんたは花屋なのよ。血は争えないわ」
「花屋の子は花屋か」
確かに血は争えない。俺は花屋が良く似合う。
アル第三王子を見て、アマノス家の凄さを垣間見た。あれは十二歳の威圧ではなかったことに驚いた。
あれがアマノスの王家の血か。
子供の頃から違い過ぎる。
それは幼い頃から教育し、学び、身に着け、王族である運命を背負っている。生まれながらにして違うのだから。
「花屋で良かったよ」
「何を言ってるんのかしら? それより何か面白そうね」
すると母親は菓子を取り出して卓子の上に置くと、香草茶を啜り始める。
「それがだな……」
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