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花屋のレベックは覗き見が好き  作者: 法邑秋亜
第一章 花が紡いだ恋
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第三話 妾の子

 週一という契約だが、任された庭に花がないのも寂し過ぎるな。

 レベックは幌馬車を出し、ベルガード伯爵家へ向かうことにした。植える花は黄色と茶色のパンジーに、紫色したサイネリア。遠くから見れば色鮮やかなパンジーが庭を賑わし、近付けばサイネリアが色艶やかに魅了する。


 幌馬車の荷台に花を積んでいると、店から出て来たアジェンが軍馬に跨った。


「見回りか? 朝からご苦労なこって」


「終戦したばかりだからな。警備を強化する必要がある。それにザン第一王子がまもなく十八歳だ。成人したら王太子が決まる大切な時期になる」


「まだ腑に落ちないんだよな。何故ザン第一王子が次女のマリー様と婚約したのか? 長女だって貰った花を部屋に飾っているから花嫌いってわけじゃないんだぜ。それに次女は妾の子だぞ。選ぶ理由がそもそも分からん」


「何故お前はそんなにベルガード伯爵家に詳しいんだ?」


 荷台に乗せるパンジーが終ったところで手を休め、振り返りアジェンを見た。

 白光りしているフルプレートメイルは太陽の光を浴びて、ますます艶やかに光沢を放っている。


「庭師としてベルガード伯爵家に雇われたんだ。だから内情を知ったのだが、もっと詳しく知りたくなってな」


「ザン第一王子は花好きで有名だ。気が合う者と結婚したいって気持ちも分からんでもないぞ。あのアマノス王も認めたのだから良縁だったのではないか?」


 次女であり妾の子と知っても尚、婚約破棄はしないどころか花の届け物をして、仲つつまじいことが伺える。ベルガード伯爵家としたら長女と婚約すると思っていたはずだ。それが通例なのだが、次女を選んだ辺り、ザン第一王子は変わり者か?

 レベックが思うのだから、そんな噂が広がってもおかしくはない。


「じゃー、私は行くぞ。あまり他人の家庭に首を突っ込むなよ」


「へいへい、分かりやしたよーだ」


 走り去る後姿を見て、レベックはサイネリアを積み始める。

 これを埋めれば春近くまでは庭を飾ってくれる。


「母さん、ベルガード伯爵家へ行って来る」


「気を付けるのよ」


 そしてレベックは幌馬車を走らせた。

 日差しが大地を温め、大地が空気を温め、凍えた肌を包み込む。吐く息は白く宙に舞い、手綱を握る手が悴んできた。


(手袋、忘れちまったな)


 荷台に園芸用の軍手があるのだが、幌馬車を停めてまでのことじゃない。もうすぐ到着するしこのまま行けるだろう。


「面倒臭がりは変わらないな。大事になるまえに馬車くらい停めたらどうだ」


(あいつならそう言うだうろな)


 レベックは口角が上がり、ガハハハと笑いながら馬車を庭園に入れて、花壇の前で停めた。

 今日来ることは伝えてないが、このまま作業に入っても差し支えないだろう。


 レベックは両手に息を吐き擦ると、荷台にある軍手をして花壇にパンジーを植え始めた。やはり緑の芝生と相性が良い。ベルガード伯爵も気に入っていたからパンジーにして大正解だったな。


 パンジーで周りを囲み、真ん中にサイネリアを埋める。

 レベックは少し歩き出し遠くから花壇を眺めると、満足のいく形になった。


「ここは太陽が当たって気持ちがいいわ」


「そうだろ。ここで綺麗な笑顔を見せてくれ」


 すると黒い馬車がベルガード伯爵家から走り出す。

 朝食を終え、紅茶でも飲んでる頃合いだが、そんな時間に馬車で出るってことはベルガード伯爵か?


 レベックは折角来たので、馬車を停めてドアノッカーを三回叩くと、扉を開けたのはバセスだった。相変わらずピカピカの靴だなと思いながら庭を指差す。


「おぉ、これは素晴らしい。契約では週一だったのではありませんか?」


「管理を頼まれた庭が寂しいのは、花屋として面目が立たないからな。体が冷えてるんだ何か飲み物を貰えないか?」


「はい、どうぞこちらへ」


 と言って客間(サロン)に案内されたレベックは、椅子に座り飾られた絵画を見ながら幾らするんだと値踏みする。一枚一金貨だとしたら、十金貨もするのかと絵を見ていると、家族が描かれた絵画を見付ける。


 父親に母親に長女……。


 まだ次女は居ない頃かと思いながら、どんな思いでマリー様はこの屋敷に来たのだろうなと考える。義母や義姉に文句を言われる毎日は苦痛なはずだ。妾の子ってだけで良い顔はしないだろう。夫の不貞に妻の気持ちも分からなくはない。


 そして次女が居なければ、第一王子は長女のものだった。複雑でいながら、世の中は意外と単純にできている。

 この物語の根本の原因はベルガード伯爵だろう。妾と逢引きしなければ娘は生まれなかったし、家族でいがみ合うこともなかっただろう。


 それとマリー様が離れへ行ったことは、どういう理由になっているのか知りたくなった。一緒に住んでいるのだから、ベルガード伯爵が知らないはずがない。



 するとバセスが紅茶を持ってやって来た。僅かながら菓子も添えられレベックは暫しの間、紅茶を楽しむことにした。


「なぁ、バセス。マリー様はいつこの屋敷に来たんだ?」


「丁度、マリー様が十歳の時でございます」


 バセスと世間話をしていると見えてくるものがある。

 リリス様は十五歳でマリー様は十四歳。この屋敷に来て四年も経過したことになる。

 因みにザン第一王子は十七歳でガルラ第二王子は十五歳だ。


 この国の成人は十八歳なので、今年、王太子が決まることになる。ザン第一王子は王位継承権を持つ者の中で、もっとも王に近い者だ。


「マリー様が離れに行ったことは何と説明したんだ?」


「マリー様自身が、部屋の多い離れに行きたいと申しておりました」


 マリー様としたら四年も我慢し続けて来たんだ。あと少しで終わる。

 結婚さえしてしまえば立場は逆転し、この家から出ることができる。変なことを言って四年を台無しにするのは、確かに得策ではない。


 この国の王妃になれる道があるのなら、脇目も振らず真っ直ぐ進むべきだ。それを良しとしない者達が邪魔して来たとしても、聞く耳持たず関わらず、真っ直ぐ道を歩けばいい。


 彼女はそれを知っているし心得ている。頭の良い娘だ。



「レベック様、お昼はどうされますか?」


「そろそろ帰るつもりだから、用意しなくていいよ」


「畏まりました」


 そして立ち上がり、出口へ向かう時だった。


「マリー、貴方は離れへ行ったのだから、離れで食べなさいよ」


 と大きな声が聞こえる。

 自然と足は声のする方へ歩き出し、会話は徐々に耳の鼓膜を震わせる。


「夫の手前、我慢して来ましたが、貴方は妾の子よ。正式なベルガード伯爵家の者ではないのよ。分をわきまえなさい」


「私が貴方だったら、恥ずかしくって離れに籠るわ。妾の子なんて汚らわしい」


 きっと朝に見かけた馬車はベルガード伯爵が乗っていたのだろう。

 主が居ないのをいいことにマリー様いじめが始まったようだな。


 そして罵声は聞こえるがマリー様の声が聞こえない。流石に泣き崩れたか?

 と思っても口出しできず、この扉を開けことすら許されない。


 振り返りバセスと目を合わせるが、バセスもこの状況で中に入るのは憚れるのだろう。


「あはははははは」


 聞こえたのは笑い声。


(えっ、この状況で笑い声だと?)


 この声はマリー様の声で間違いない。

 義母と義姉に罵声され、そんな状況下で笑えるのかと驚いた。


「離れを自由に使えるのは、花にとって良い環境だと思ったから行ったまでよ。もしかして貴方達の言葉で離れへ行ったとでも思ったの? あぁ、馬鹿らしい。何でわたくしが貴方達の指示を聞かなければならないの。まるで愚の骨頂ね。つい笑ってしまったわ」


 これはまさしくマリー様の声だ。

 会話はハッキリと耳を通過した。この人はなんて強いんだと驚いた。

 マリー様には、この強さがあるからこそ、今の立場を勝ち取ったのかもしれない。


 唯一の味方である父親が居ない時であろうとも、臆せず凛として未来を見据えることができる。


 もしやザン第一王子は、この強さを知っていたのか?

 王妃になる器を持った存在と知ったからこその婚約だとしたら、リリス様には勝ち目はない。


「給仕、食事を持って来てくださるかしら?」


(この状態でも食事ができるのかよ)


 母親やリリス様は食事が喉を通らないだろうな。

 俺だったら飯を食わずに退席するが、二人はどう出る?


「あはははは、凄いよ凄い。お兄様にお伝えしなければならないね」


「今帰ったぞ、食事中は静かにするものだ」


 突然の主の帰宅に、母親もリリス様もたじたじだろう。

 それに客人も居るようだ。声からして若い男の子。誰だろうな?


「誰だ? バセス」


「はい、お声からしてアル第三王子かと」

 いつもお読みいただきありがとうございます。

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