第二話 庭師
(気が強いのは誰似だろうな。お義母様ってことは腹違いの娘か?)
長女のリリス様と母親が血が繋がっていると言うことは、マリー様は妾の子ということになる。認知して引き取ったことになるが、マリー様の実の母親はどうなったのだろうな?
義母と義姉と仲が悪いのは仕方がないとは思うし、マリー様も辛い心情だろう。妾の子としてベルガード伯爵家に来たのには理由がありそうだ。
そんなことを考えていると、リリス様と母親は去って行き、執事とメイドが部屋の片付けを始めている。ここに居たら邪魔だろうなと思って、少し離れた所で見ていると、バセスがこちらにやって来た。
「花がある部屋はあと一部屋ございます。見られますか?」
「そうだな。案内してくれ」
窓から外を眺めると、茶色い煉瓦に黒い屋根。白い窓枠が印象的な建物がある。見ていると執事とメイドが花を運んでいるのが見えた。どうやらあの建物が離れらしい。
離れと言っても窓の多さから部屋数は多く、あそこを自由に使えるのなら、文句を言われて我慢するよりも、一層のこと離れに行ってしまった方が良い気がする。
そんな事を思いながら、窓から離れを見ていると、立ち止まったバセスにぶつかりそうになった。
「こちらでございます。ご主人様、花屋のヘルメース様が来られております」
すると装飾が施された二枚扉が開き、部屋の中は書斎だった。大きな机に壁には大きな本棚があり、そして椅子に座るベルガード伯爵は筆を休めこちらを見上げる。
「良く参られた。入ってくれて構わない」
バセスに案内されて部屋に入ると、窓の外に露台があり、花が鉢に入り置かれている。この前購入したパンジーが、陽の光を浴びて大きく欠伸をしている。
「気持ちいいわ。ここは太陽が良く当たるのよ」
マリー様が離れに行くと知ったら、ベルガード伯爵は何と思うだろうな。リリス様もマリー様も実の娘なのだから、分け隔てなく愛しているはずだ。
窓を開けるとそよ風が吹き込み、ベルガード伯爵の金色の髪が靡く。ベルガード伯爵家の血筋は金髪の様だな。リリス様もマリー様もその血を受け継いでいる。
「さて、花を見せてください」
橙色のデモルフォセカが咲いている。早春に花開くのだが、暖かい陽の光を十分に浴びることで、春と間違えてしまったようだ。
「おっちょこちょいな奴だな」
花言葉は『豊富』。ベルガード伯爵家の繁栄を願って育てているのだろう。枯れた花は処分しているし、次の花芽も出ている。手入れの仕方を見れば花好きなことが伺える。
「ここは大丈夫そうですね。手入れは完璧です」
「そうか、それは良かった。それで娘達はどうだった?」
(答え難い質問が来た)
花のことより王位継承権で揉めているとは、レベックの口からは言えない。
季節が終った花の処分と花言葉について語ってきたことを伝えると、ベルガード伯爵はニコリとして葉巻を口にして火をつけた。
「君もやるかい?」
と、葉巻をくゆらせながら、木箱を机の端に置くが、断りを入れ入口の方へと歩き出す。
煙が宙を舞い、吐いた息が白くなり、独特の香りが部屋を埋め尽くす。この香りは店でもした。香水かと思ったが葉巻の香りだったことをレベックは知る。
「裏庭に庭園があるのですね。あそこも私が管理して良いのですか?」
「勿論だ。是非とも頼みたい」
見た限りでは幌馬車を新調する必要はなさそうで助かった。冬は週一で管理できるが、夏は週二で来ないと管理できないかもしれない。それはその時にでも話せば良いだろう。
レベックはバセスに話し、離れも見たいと告げた。部屋の数に部屋の大きさ。それによって増やせる花の数が決まる。マリー様のあの調子だと、何部屋か花で埋め尽くしてしまいそうだ。
レベックは来たばかりで家の事情は分からないが、知っておく必要がある。
離れに行くのはマリー様と話すためだが、完全に興味本位でもある。
バセスと離れに入ると、中は広々としていた。
ここは客人の使用人が使う部屋らしく、母屋に比べて狭い。しかし平民のレベックからしたら、広すぎる部屋だ。
そしてマリー様は南向きの部屋にしたらしく、花にとってとても良い環境だ。
それに離れに住むことで、文句を言われることもなく、これからザン第一王子の贈り物を飾っておけるだろう。
「マリー様、俺は週一で来ますので、分からないことがあったら聞いてください」
「分かりましたわ。ありがとうございます」
取り合えず一室を使って、花と寝床を確保したようだ。
先程、啖呵を切ったマリー様は、隣の部屋も花のために使いそうな勢いだった。
そこは定期的にレベックが来て管理しないとならないだろう。
次女とはいえベルガード伯爵令嬢だ。使用人が使う部屋など無礼にもほどがあると思うが、王太子妃の地位を得てしまえば、こんな屋敷ともおさらばできる。
文句を言って来る義母と義姉とも別れられるのだから、暫しの辛抱だろう。愛する人の贈ってくれた花に囲まれて過ごせばいい。
そしてバセスと共に母屋へ帰ると、客間に案内され香草茶を出された。
一口飲むとペパーミントの爽やかな味が口の中に広がり、あとからステビアの微かな甘みが、柔らかく喉を潤していく。
レベックは来て早々に疑問を抱いた。
それは何故長女が第一王子ではなくて第二王子と婚約なのかということだ。このままだと次女が第一王子と結婚し、何れ王妃となるだろう。
それで次女のマリー様を厄介払いしているのが見え見えだ。
腹違いの娘だし母親からしたら実の娘に王妃になって欲しい。そう思うのは自然の成り行きだろう。
それなら長女のリリス様が第一王子と婚約すれば良かっただけのこと。そうすれば不要な揉め事も起こらず平和だったはず。
(うーむ。何かありそうだな)
レベックの片眉は上がり、顎をポリポリしながら考えるのである。何故第一王子は次女を選んだのか?
美しさから比べても甲乙つけがたく、二人とも美しい。金色の髪、碧い瞳、教育を受けた立ち振る舞いは、社交の場で一際目立つことだろう。
長女のリリス様が第一王子と婚約しても、何ら不思議なことはなく、今の状況の方が不自然極まりない。
(花好きの第一王子か、一度会ってみたいものだ)
レベックは一旦、屋敷から幌馬車を走らせ家へと向かう。まずは庭の花壇に花を植えなくてはならない。そうだなパンジーとサイネリアで作ってみようか。
黄色と茶色のパンジーに、紫色したサイネリアを植える。きっと華やかになるに違いない。
◇◆◇◆
朝になり着替えて前掛けをすると、桶を持って草原へ足を運ぶ。
霜が降りた大地を踏みしめ、朝日に照らされた花が眠りから覚める中、パンジーとサイネリアを多めに摘んで、太陽を真正面に大きく背伸びをした。
今日は良いのが採れたと満足気味のレベックは、家へと帰り開店の準備をする。
店内を掃除して、窓ふきをしていると、遠くから大地を蹴る蹄の音が聞こえる。
その音はパカパカと間隔が良く鳴り響き、振り返ると鎧を纏った軍馬が目先に立っている。
その息は白く、目線を上げるとフルプレートメイルを着た者が座っている。
「やぁ、レベック。精が出るな」
とヘルムを外すと、お隣の家の娘であるアジェンだった。
金色の髪を後ろで結わき、尖った耳に目鼻立ちが整った容姿はエルフであることが分る。
「朝っぱらからシックスローゼズの第一師団長様が何の用で?」
「ユーラ・アマノス様がお花が欲しいとのことで、花束を見繕ってはくれぬか?」
確か八歳だったよなと思い出し、可愛らしくビオラで作ってみるか。
レベックが色とりどりのビオラを束ねている間に、アジェンは受付に居る母親と会話している。
「アジェンちゃん、そんなの着て重たくないの?」
「えぇ、レベックと違って鍛えてますから」
まるで俺が鍛えてないって言い草だな。
花屋の前と比べても見劣りしない肉体は維持しているのだがな。腕立ても腹筋も欠かさず毎日しているし、毎朝、桶を持って野原へ行くのも良い運動になる。
(脱いでも凄いんだぜ、見せる気はないがな。ガハハハハ)
そんなことを思いながら色とりどりのビオラを纏めると、花の精霊がクスクスと微笑んで話し声が聞こえる。
「何処へ行くのかしら、ウフフ、綺麗に纏めてね」
レベックは小さな花束を作り紐で結わくと、
「可愛くできたではないか、これならユーラ様もお喜びになる」
「か……可愛いってお前に分るのか?」
「私を何だと思っている?」
「堅物の師団長様でございます」
ふざけ半分で答えると、
ゴンッ
「痛っ、プレートメイルで弁慶の泣き所を蹴るなよな」
「私はこれでも女だぞ!」
「へいへい、そうでございましたね」
と顎を掻きながらあることに気が付いた。
アジェンなら城に自由に入れる特権を持っている。何か知っているかもしれないとレベックは思い、アジェンに聞いてみる。
「そうだアジェン。ザン第一王子だが何故に婚約者が次女なのか分かるか?」
「気心が知れた仲だと聞いている。花が紡いだ恋だとか」
確かにザン第一王子は花好きと聞いた。
そして贈られた次女のマリー様も大変喜んでいる。
(花が紡いだ恋か、羨ましい気もする)
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