第一話 花屋の大男
『冬の朝焼け霜降りて、顔を覗かせるフクジュソウ』
(寒さの中でも一生懸命に咲くフクジュソウのように、笑顔を忘れなければ幸せを招くという意味。花言葉は『幸せを招く』『永久の幸福』)
紺色の前掛けをして、朝早くから桶を持って草原に入り草花達と握手を交わす。
「私を見て、綺麗でしょう」
「うちに来るかい?」
今の時期はサイネリアが顔を上げ、赤色や桃色や白色などに頬を染めて笑っている。
この草原には沼があり、小川もありで、とても良い環境が整っている。一年中を通して出会える草花達は、季節を通して色とりどりの笑顔を見せてくれる。だから飽きることなく草原を散策できる。
桶に入れた花達を店に持ち帰り、綺麗に生けて開店準備に取り掛かる。
店の名は「たんぽぽ」――
緑の芝生に黄色い花がぽつぽつ咲いて、やがて白い帽子をかぶり、風に流され幸せを運ぶ。そんなたんぽぽの様に、幸せを届けられたなら。
それが店名の由来。
子供の頃から育った家は古くなり、隙間風も酷く店舗部分もシミだらけ。
母親の歳で冷たい水に手を入れるのは辛かろうと、仕事を辞めて店を継ぐことに決めたのだが、どうせならと改装工事をして新しい店として生まれ変わった。
「母さん、店開けるよ」
扉を開けて看板を出し受付へ行く。
そこには水晶暖があり、暖かい風が吹いているから寒くない。
そして店舗へ行くと、黒い馬車が停まり中から黒い背広を着た紳士が降りて来る。紳士は店に入り大きく深呼吸をすると、飾られている花々を見て尋ねてきた。
「これは何の花だい?」
「それはパンジーです。様々な色の組み合わせがありますよ」
仄かに漂う香りを楽しんで、艶やかな色を楽しんで、そっと触れて笑顔を見せる。
この紳士はきっと花が好きなのだろう。
紳士は店舗内を一周歩き終ると受付へやって来た。
左手には洋杖を、右手には絹高帽のつばを持ち、ゆっくりと見上げる視線の先は男へと向けられる。
「君がここの店主かい?」
「えぇ、そうです。俺が店主です」
二メートルもある髭面の大男を見上げながら、紳士は語り掛けた。
「屋敷の花を管理する者が居なくなってしまったんだ。この店の評判はよく耳にする。週一でいい、頼まれてくれないか?」
「何処のお屋敷ですか?」
「私はアルフ・ベルガード。屋敷は王都アマノスの南に位置する」
ベルガードと言えば伯爵家だ。
馬に乗れば勝手に辿り着いてしまうと言われるほど、馬すら知ってる有名な屋敷。
この話には尾鰭がついていて、酔っ払いが馬に乗って寝てしまい。朝起きたらベルガード伯爵家の屋敷前だったという噂が広まったものだ。
「仕事内容は、庭の手入れと、花の管理ですか?」
「そうだ。月十五銀貨出す。是非とも……、えっと名は何と言う?」
「私はレベック=アル・ヘルメースです。レベックとお呼びください」
こうして雇われた仕事は、大きな屋敷の草花を管理する仕事だ。
そしてベルガード伯爵は三十銅貨する花を買い、馬車に乗り去って行く。
余程パンジーが気に入った様子だ。
さて雇われたはいいが、屋敷にどれ程の草花があるか確認しなくてはならず、レベックは幌馬車に乗りベルガード伯爵家へと向かう。
王都アマノスの城門を抜け、暫く南下すると大きな屋敷が見えて来る。
(これなら間違いようがない)
広い芝の真ん中には花壇があるが、花は植えられていない。そこから四方に道が伸びており、想像したよりは花壇の数は少なそうだ。
黒い煉瓦に白い窓の外観。レベックは幌馬車から降りてドアノッカーを三回叩くと、黒い背広を着た執事が扉を開けた。その執事の靴はピカピカに輝き、糊が効いてビシッとした背広は質の高さが伺える。流石ベルガード伯爵家だ。
「花の管理を依頼されたレベック=アル・ヘルメースだ。前もって屋敷の中を確認しておきたいのだが?」
「話は伺っております。どうぞお入りください」
彼は執事のバセスと言い、案内されるがまま各部屋を見て行く。
白い壁に赤い絨毯が敷かれ、入ってすぐ目の前には大きな飾電灯がぶら下っている。
手すりは金細工が施され、触って指紋でも付けたらと臆して手を衣嚢に入れた。
「案内は何部屋になる?」
「三部屋でございます」
この屋敷には幾つの部屋があるのだと、通り過ぎる部屋を見ていると角部屋に案内された。立ち止まり振り返るバセス。
「こちらが、長女のリリス様のお部屋でございます。リリス様。花屋の者が来ておりますが開けてもよろしいでしょうか?」
すると中から物音が聞こえ、扉が開くと赤い洋服を身に纏った金髪の女性がこちらを見ている――いや見上げている。
「貴方が花屋さん? 部屋の花が萎れてしまったの、どうしたら良いのかしら?」
植えられていたのは赤いケイトウ。部屋の中が暖かいから咲いていたものの、季節としてはもう終わっている花だ。
「眠くなって来ちゃった。私もそろそろね」
レベックの父親は巨人族の血を継ぎ、母親は霊媒師の家系だ。
その血を受け継ぐレベックは背が高く、精霊の言葉を聞くことができる。
「ケイトウですね。花言葉は『色あせぬ恋』です。贈り物ですか?」
「えぇ、ガルラ第二王子から貰ったものよ」
リリス様の顔は赤くなり、贈り主を思い描いているのだろう。部屋に飾るということはそれなりの相手ということだ。あながち婚約者かもしれない。
「そろそろ枯れてしまいます。花は処分してよろしいですか?」
「枯れてしまうのなら仕方がないわね。きっと婚約者のガルラ第二王子が新しい花を贈ってくださるわ」
やはり婚約者だったか、娘がガルラ第二王子の婚約者になるとは、流石ベルガード伯爵家だ。お嬢様と言わんばかりの立ち姿。そしてゆったりとした話し方。子供の頃から徹底的に教育を受けて育ったことが垣間見れる。
「義妹の所へは行ったのかしら?」
「いえ、先にリリス様の所にお伺い致しました」
「そう、花屋さん大変ね。義妹の部屋は花だらけよ。婚約者が無類の花好きなの。しかも部屋の前へ行くと香りが漂ってくるのよ。何とかならないかしら? 臭くて仕方がないわ」
この季節に咲く強い香りの花ね――。
無類の花好きが贈った花か、一体何を贈ったのだろうな。
同じ花好きとして、見るのが楽しみである。
さて、執事達がリリス様の部屋に入り、ケイトウを鉢ごと回収している間に、バセスと共に義妹の部屋へと向かう。
扉の前に立つとリリス様が言う通り、確かに花の香りがする。
「マリー様、花屋が来ております。開けても宜しいでしょうか?」
すると物音が聞こえ、その扉は開かれた。すると先程よりも強い香りが漂い。扉から見える広い空間には、多種多様の花が飾られている。
この花の匂いはルクリアだろうな。桃色の綺麗な花を咲かせている。
「貴方が新しい花屋さん? この強い香りのする花は何かしら? 義姉が臭いっていうものだから、困ってしまって」
「ルクリアの花言葉は『清純な心』です。婚約者から贈られたものですか?」
すると驚いた顔を一瞬するが、義姉から聞いて来たことに気が付くと、扉を全開に開けて中に招いてくれた。
中には、ルクリア、スイセン、ユリオプスデージーなどが飾られている。
「水あげはどなたが?」
「メイドがしているわ。折角頂いた物だから育てたいのだけど、水をあげても萎れてしまうの」
レベックは屈んで花を見た。優しく触れると声がする。
「私はそろそろ大地に帰るわね」
ペチュニアなどは季節が終ったが、部屋の中だから咲いていたようなものだ。特にペチュニアは人気がある花で、品種改良されて様々な色の花を持つ。
その花言葉は『あなたと一緒なら心が和らぐ』だ。
それを伝えると真っ赤な顔になって、人差し指で唇をなぞっている。ぷっくりとした紅色の唇は、既に婚約者によって奪われたのか?
「マリー様、花を整理しましょうか? 冬に咲くルクリア、スイセン、ユリオプスデージーは残し、季節外れのペチュニアなどは処分された方が宜しいかと」
折角、素敵な花言葉を聞いて気に入った花なのに、捨てたくはないだろうが、既に萎れているので、枯れるのも時間の問題だろう。
渋々だが、マリー様は処分することに同意し、執事とメイド達が鉢ごと外に出していく。
「リリス様が言っていた、匂いについてはどうしますか? ルクリアとスイセンが強い香りを出すのですが」
「花言葉は何かしら?」
「ルクリアが『清純な心』で黄色いスイセンが『私の元へ帰って来て』です。因みにユリオプスデージーは『夫婦円満』という意味があります」
その時だった。
「あぁ、何かしらこの匂いは、臭くて仕方がないわ。マリー、処分しなさいって言ったわよね」
この人は最適な時を狙って来る。処分対象を決める大切な時に合わせて来るのだから、どこかで出待ちでもしていたのだろうか?
「お母様、お母様、こちらですわ」
すると紫色の洋服を身に纏う淑女が歩いて来た。扇子で鼻を隠しレベックを見上げるように近付いて来る。
「何なの、この匂いは! マリーさん、捨てなさいって言いましたわよね」
「ですがお義母様。この花達はザン第一王子が贈ってくださった物で……」
花好きの父親と比べて、母親は花が嫌いか?
いや、第一王子と結婚が決まるまでは、この嫌がらせは続きそうだな。
「そうだお母様。離れに花を置けば良いのですわ。それなら誰の迷惑にもなりませんし。一層のことマリーも離れに住むといいわ」
「分かりました。バセス! 花を離れに運んでください。それと私も離れに住みます。それなら花を処分しなくても良いのですよね。好きなようにさせていただきますわ」
お読みいただきありがとうございます。
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