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■第六話 黒き影と祓う力

 翌日からのエレナの様子の変化には屋敷の皆は驚いていた。

 アリアの子守役が剣技を本気で学びたいというのだから、その驚きも不思議ではない。

 最初は三日坊主だろうと見ていた者もいたのだが、現時点ですでに十日間続いている。


「ねえ、エレナ……無理をしなくてもいいのよ?」

「いいえ。私も、お嬢様の力になにかなれることがないか、剣を通して知りたいのです」

「そ、そう……?」

「はい。お嬢様が一年間の修業期間を設定されたのは騎士となるべく、剣技を習得なさるためなのですよね。お嬢様の剣の腕前はまだ拝見しておりませんが、きっと美しいものなのでしょう」


 かなり友好的に言われて、アリアは顔を引きつらせた。

 剣技については、まだ木刀を自室で振るっている程度だ。


(でも、そろそろ試験用の剣も振るわないとかな)


 一応、すでに剣は与えられている。

 しかし今のままだと満足に剣を振るうこともできない。持ち上げることすら大変だ。


(そうなると……身体強化術を試してみるかな)


 とはいえ、多少心配している面もある。

 もともとアリアは身体強化をかけるといっても、元より身体能力は高くない。

 どちらかというと乗算になる魔術なので、元が低ければ効果も高くはならない。


「なんて、悩んでいてもしかたないかな」


 そう思い、アリアはいつもの森に向かった際、自分に強化魔術を使ってみた。

 そして、大木をトンと押してみた。すると、ゆさっと幹が動いた。


「……あれ?」


 慌てて強化魔術を解いて、再び幹を揺すってみる。もちろんびくりとも動かない。

 ただし地面を見ると、根が少し動いたような跡が土にくっきり浮き出ていた。


「……思ってるより、ずいぶん力持ちになれるみたい」


 これなら剣も持ち上げることは簡単になるだろう。

 思っていたよりも倍率は高く付与できるものなのだなと思いながら、今度は持ってきた木刀で素振りを始めた。

 部屋でも振ってはいるが、森のほうが広い分、思い切りよく振れる気がした。

 基本的な動作だけだが、もとはウィリアム仕込みの基本動作だ。

 エレナには独学でそれを学ぶとは、と再び随分驚かれてしまった。エレナも自身の師から教わったらしい剣術の訓練をしていたのだが、やがて疲れたのだろう、休憩をしているうちにうたた寝をしてしまっていた。


(急に訓練を始めてくれたのだもの、疲れてしまって当然よね)


 そして一通り素振りを終えたあとアリアが腰を下ろすと、聞き慣れない声が聞こえてきた。


『あれー? 今日は棒振りだけで果実の収穫はしないの?』

『ほんとね、休憩みたい』


 不思議な声を聞いたアリアは、その出所を探した。

 声というには直接頭に響くような音がとても不思議だった。

 だが、近くに人の気配はない。

 探っていると草の陰に隠れている二匹の子狐を発見した。


(……っていっても、狐はしゃべらない)

『あれ? 気づいた?』

『ほんとだ。静かにしてたのに』


 しかし目が合った途端に声が再び聞こえてしまえば、まさかとは思うものの狐たちの声だと思わざるを得なかった。

 ただ、前世の知識を合わせても動物の声を聞けるなどといった話は聞いたことがない。

 しかしどう考えても狐から声がしたと思ったアリアは、果実を一つ木から落とし、子狐たちのほうへと転がした。


「……」

『やった!』


 そして駆け寄ってきた子狐たちを見て、アリアは気が付いてしまった。

 確実に今聞いているのは、子狐たちの声であるらしい。


『見てたからとってくれたのかな』

『でも、偶然でも気付いてもらえてよかったね』

「偶然じゃなくて、声が聞こえたの」


 そう言いながら、アリアはもう一つ魔術で果実を収穫した。


『え? まさか』

「私もまさかとは思うけど……聞こえてるの、気のせいじゃないみたい。ねぇ、こういうことって、他の人にもあった?」


 狐たちもアリアの言葉にひどく驚いていた。

 だが、二匹は揃って首を横に振った。


『知らない。少なくとも仲間内でも聞いたことはないよ』

「……だよね」

『でも、本当に聞こえてるの? 聞こえているなら頼みたいことがあるんだけど』

「頼み?」

『森に変な『黒いの』が来ているの。木々が枯らされ、近寄れば瞬く間に力を奪われる。あなた、変な鳥を倒せたよね? 黒いのもなんとかできない? できるよね?』

『ねえ、お願いするのにそんなに偉そうなのはダメだよ。ちゃんとお願いしないと』


 狐たちの言葉にアリアは『黒いの』について考えた。

 だが、何も思い浮かばない。ただ、その『黒いの』がいることにより森が傷つくのは大変なことだ。エイフリート家の一員としても見逃せるものではない。


(……でも、エレナに一緒に来てもらうのは危険よね)


 まずは偵察をしなければと考えるものの、そこに何があるのかはわからない。

 無理はしない範囲で行動するようにはするつもりだが、何が起こるかわからない以上、用心するに越したことはない。


「……ごめんね、エレナ。ちょっとだけ、深めに眠ってね?」


 そうしてアリアはエレナに疲労回復のための睡眠と回復の術を行使した。

 それから獣よけの魔術陣を描き、彼女の安全を確保する。


「よし、お待たせ。あまり多い時間は無理だけど、様子くらいは見に行けるよ」

『わかった。こっちよ』


 そうして狐たちの先導で、アリアは森の奥へ進んでいった。

 その途中からは、その先導が不要になる程濃く“何か”がいるのだと気付かざるを得なかった。現場に近づくにつれ、草木の力も失われている。


 アリアは一旦足を止めた。


「……これ以上は危ないと思う。あなたたちの力も奪われると思う」

『わかってる。でも、ここからだと見えないでしょう』

「見てみる」


 目を細めたところで見えはしないが、魔術でこの先にあるものの形を認識することはできる。アリアはその先で狐たちが『黒いの』と言っていたものを見た。


「あれは……狼? 矢が刺さっている……」


 そして、とても痛がっている。

 一瞬魔物を退治しようとしたものが射た矢なのかとも思ったが、それは違うとアリアは思った。このような力の強い魔物を中途半端なまま野放しにするなど、あり得ないことだろう。


「だとすると、あれは……もしかして……精霊?」


 精霊を得ようと無理に捕らえる者は昔からいる。

 しかしそれは重罪とされていた。

 特異な力を持つ精霊を力で従えるのは難しい。無理矢理力で従えさせようものなら、逃げられる。だが、逃げられたとしてもその過程で傷付けられようものなら、精霊はその恨みを忘れない。結果、怨念で魔物になる……と、聞いたことがある。


(何者かが、精霊を傷つけ、逃げられ、ここで魔物になってしまった。それなら、辻褄も合う)


 だが、そんな傷を負ったものをさらに攻撃しなければいけないのだろうか。

 他にも術はないのだろうかと、アリアは様子を探った。

 すると、低い、雑音のような音と、呻き声が頭の中に飛び込んできた。


『痛い痛い痛い』

『辛い辛い辛い』

『どうしてどうしてどうして』


 それは、悲痛な音だった。

 アリアはぐっと拳を握った。


『森を傷つけたくなんてない』


 その音が聞こえた時、アリアのやるべきことがはっきりわかった。


(本当に精霊様かどうかはわからないけれど……森の精霊様なら、そうだよね)


 そう思った瞬間、アリアは両手を天に向けた。


「ヒール!」


 そしてアリアの言葉と同時に、あたり一帯に光が走った。

 枯れ草は徐々に緑を取り戻し、小さな花をつける。倒れかかっていた木々も生命力を取り戻した。そして同時に、『黒いの』の気配は少し弱まる。

 アリアは足を強化し、一気に目的地まで駆けた。


 すると、そこにはうずくまる黒い塊の姿があった。

 痛い、苦しい、でも、森は助かった、よかった、そんな音が耳に飛んでくるが、アリアは叫んだ。


「全然まだ良くないんだから! あなたも治す!」


 そして再びアリアは手に光を宿し、直接“黒いの”に手をつけた。

 同時に刺さっていた矢も引き抜いた。

 『黒いの』には想像以上の力を吸われる。だが、アリアも自分の光を決して消すことはなかった。


(こんなに痛い思いをしている子を、放って置けるわけない!)


 誰が治せるといえば、少なくともこの場には自分しかいない。

 そう強く気持ちを持ち、ただただ黒い影が薄まるまでアリアはひたすら力を注ぎ続けた。


 どれほど力を注いだのか、アリアにもわからなかった。

 しかしやがて黒い影は綺麗に失われ、そこには白銀の狼が姿を現した。


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