表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/51

■第五話 護る人になるために

 なぜコカトリスがこのような場所にいるのか、アリアにはわからなかった。これまで息を潜めていたのかもしれないし、もしかしたら他の場所から飛んできたはぐれ者なのかもしれないが、いずれにしてもこのまま野放しにしておけば被害も出るだろう。

 それならば、早急に片づけねばならない。


(それに、見逃してくれる様子もないし)


 無事に帰りたければ倒せ。

 そんなクエストは前世以来だが、身体ががちがちに固まってしまうほどの緊張はなかった。

 前世で自分が一番最初にウィリアムから守ってもらった魔物だが、その後の旅を通して対峙したことは何度かあり、性質は知っている。


(今度は私が守る番ね)


 完全に腰を抜かし、気を動転させているエレナを守るための力が、今の自分にはあるはずだ。


「お、お、おじょ……さ……」

「大丈夫だよ、エレナ。私が守ってあげる」


 そう言うや否や、アリアは再度上空に向かって強大な風の塊を放つと同時に、エレナを守るために防護壁をドーム状に張った。


(よし、いける!)


 透明の防護壁は、しかしシャボンの泡のように光り、そしてそれとは比べ物にならないほどの厚みがあることが見て取れる。今生では初めて使ったが、これまでの魔力操作訓練のお陰か、ほぼ前世で使っていたものと同等のものが仕上がった。

その頑丈さに気付いてか、リスや狐もそこに逃げ込んだ。


(これで二次被害は防ぐことができるわね)


 そしてアリアは改めて、コカトリスと向き合った。


(かつては尾から毒の攻撃もあったはず。弱点は氷だったけれど……今も変わらないかな?)


 上空から毒を撒き散らされれば非常にやっかいであるが、先程風の攻撃を仕掛けたことで多少飛ぶことに対し警戒されているとアリアは踏んだ。

 今の状態で毒を仕掛けるとなれば、コカトリス自体にも隙ができる。

 だが、コカトリスは獰猛でそもそもの攻撃力自体が高いという点にも注意は必要だ。


(たぶん、次は身体特徴を生かした急降下からの直接攻撃かな)


 そう考えたアリアは身構えた。

 そして想定通り急降下してきた相手に向かって、氷の槍を作り出し、風に乗せて一直線に飛ばす。そして、それは見事命中する。

 コカトリスは絶叫をあげ、地に落ちた。

 アリアはふわりと後退し、それを避けた。


 コカトリスはふらつきながら起き上がった。


(やっぱり私の一撃ではまだ無理か)


 魔力量は相当なものでも、魔術攻撃適性がそれほど高くないことは前世でも判明していた。

 だが、それでも致命傷に近い傷を負わせたのは確実だった。


 ただしコカトリスの戦闘続行の意識は高く、むしろ以前より闘志が上がっているようにも感じられる。だが、相手が真上にいる状態より、地上にいる状態の方がアリアにとっては戦いやすくなっている。


(次こそ倒し切る)


 そうしてアリアは狙いを定めた。

 そして、まっすぐに一撃を放つ。

 コカトリスは最期の雄叫びを上げたあと、地に伏した。


 アリアは額に少し浮かんだ汗を拭いながら、長い息をついた。弱点と攻撃の方法を知っていて、これだ。力に身体が慣れていないというのもあるのはあるが、やはりかつての仲間たちがいかに凄かったのかということは思い知らされてしまう。

 それこそウィリアムなど、魔術を使わず剣技だけでコカトリスを倒していたというのだから、やはり戦闘能力の違いを思い知らされる。


 そんなことを思い出しながら、アリアは防護壁を解いた。

 すると動物たちがアリアの方へ飛び出し、周囲をクルクルと回った。それはまるで勝利を祝っているようだった。

 そんな様子にはアリアも少しくすぐったくなった。

 だが、エレナの方を見るとアリアは今の自分と彼女の感情が大きく違うことを悟った。何が起こったのかを飲み込めていないようなエレナに浮かんでいるのは、怯えの感情のように思えた。


「エレナ、もう大丈夫だよ」

「は、はい」

「……今日はもう、帰ろう?」


 何をいえばいいのかわからない。

 そんな雰囲気のエレナにアリアは手を差し出した。急ぐわけではないが、今のエレナは現実にいるということ自体を認識し難いような状況に陥っているように思えてならなかった。

 その気持ちが、アリアにもわからないわけではなかった。


(コカトリスだものね。私も腰を抜かしたことがあるし、気持ちはとてもわかるわ)


 少なくともこういったものを一介の女性が倒すものではない。

 こんなところに出ること自体が想定外だとはいえ、ここに来る原因となったのはアリアである。

 間接的に怖い思いをさせた原因が自分にあると思えば、アリアも罪悪感が徐々に大きくなってきた。


 しばらくして握り返された手で彼女が立つ手伝いをしたのち手をつないで帰路に就いたが、道中エレナは何も喋らなかった。

 いつもなら夕食の話や明日の勉強の話など、アリアが何も言わなくても彼女はずっと喋っている。


(大丈夫かな、エレナ)


 心配になるものの、なにが彼女をより怖がらせる原因となるかわからなかったアリアは、ただただつないだ手を強く握り返した。


 そして、夜。

 帰宅後は特に尋ねられなかったこともあって、アリアはすぐには両親にコカトリスの一件を報告はしなかった。それはエレナのいるところで話せば彼女が怖がってしまうかもしれないと思うことが理由だった。

 その後エレナがいないところで一応話はしたものの、どうやらオスカーもセルマも昼寝でもして見た夢なのだろうということで本当のことだとは捉えなかった。


(……でも、当然よね。現実味が薄すぎるわ)


 倒した後のコカトリスを見た限り、このあたりでは見かけない草が羽についていたことから、森に住み着いていたわけではなさそうなので、信じられなかったとしてもあまり問題もないとアリアも思う。

 問題が解決しているなら、下手な不安を煽るよりはこのままのほうがいいかとアリアは結論づけた。

 それに小さな体で久々の戦闘を行ったことは少し負担になったようで、いつもより早い時間にずいぶん眠くなってしまったので、詳しいことは翌日以降に考えたいという想いもあった。

 

(今日は早く寝よう)


 そう思いながらアリアがベッドに潜ろうとしたとき、部屋にノック音が響いた。


「お嬢様、いま、お時間よろしいでしょうか」

「エレナ? どうぞ」


 てっきりエレナも今日はゆっくりしたいだろうと思っていたアリアは突然の訪問に驚いた。そして、部屋に入ってきた彼女が覚悟を決めたような表情であることに重ねて驚かされた。


「お嬢様。今更となりますが、お詫びを申し上げに参りました」

「お詫び?」

「私はお嬢様に仕える身でありながら、お嬢様によって救われました」

「それは……」


 仕方がないことだ。

 仮にアリアがエレナの立場であれば同じように呆然としたことだろう。

 ただ、それを言ってもよいものかどうかは迷った。エレナから見たアリアはただの子供だ。仕方がないと言っても納得ができるわけもない。

 どう伝えたらよいかとアリアが迷っているなか、エレナは言葉を続けた。


「今まで、私はお嬢様のことを誤解いたしておりました」

「誤解?」

「お嬢様が騎士を目指したいと仰ったのは、失礼ながら憧れからのものだと思っていたのです」


 そのエレナの認識は間違っていない。

 格好いいから騎士になりたい。それは大きな動機である。


「ですが、お嬢様はこのような力を秘めておられ、人々を救うためにその力をお使いなさるため、騎士を志されていたのですね」


 その認識には少しズレがあるように感じられる。

 結果的には間違ってはいないかもしれないが、もとの動機は指輪を返すことにあったし、剣を格好良く振るえるようになりたい、騎士服も格好がいいという想いから騎士を志したというのが正解だ。

 加えて、この力を使うためというのであれば先に周囲に言う方が正解である気はする。いま魔術を鍛えているのは、あくまで対ブルーノ戦に備えてである。

 もっともこの力を使いたいと願うのであれば騎士ではなく、魔術師の類を目指すよう言われると思うのだが……。


「エレナ、あのね」

「私はお嬢様に仕える身でございます。気持ちを入れ替え、お嬢様のお側にお仕えいたします」

「え? あ、それはありがとう。でも」

「お嬢様のお力になれるよう、お稽古の相手に少しでもなれるよう、私も剣技を学びたいと思っております。今からどれほど役に立てるかはわかりませんが……」

「えっ」

「では、本日はこれにて。明日より再び、よろしくお願いいたします」


 なんだかとても大変な誤解を招いた気がする。そう思いながら、アリアは部屋を去るエレナを手を振りながら見送った。


「……難しいことは、明日以降に考えよう」


 そしてそう呟いた後、眠りについた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ