■第四話 招かれざる客
そうしてアリアは教養を学ぶ傍ら、森で魔術の練習をしていた。
エレナからは魔術の使い過ぎで疲れるのではないかと心配されたこともあるが、果物を食べることはむしろアリアにとっては休憩なのでまったく疲れないと返事をした。エレナはなんとも言い難い表情を浮かべていたのだが「お嬢様がそう仰るなら……」とアリアの主張を優先してくれた。実際、疲れを見せていないので認めてもらえたのだろう。
(まったく疲れないわけじゃないけれど、そんなに魔力を使っているわけではないからなぁ)
何せ戦闘をしているわけではなく、単純に魔力操作の練習をしているのだ。
もとより保有している魔力量もかなりある上、そもそも自然回復するような量しか使っていないので、逆に言えば疲れようがないというのが正解だ。
だからこそ体力的な問題よりも学習を終えた後のリフレッシュの方がアリアには大事だった。
勉強は楽しいが、覚えることも多いので息抜きを忘れるわけにもいかないのだ。いろんな果実に触れて自然を感じながら食する時間は、アリアにとって至福の時間だ。おまけに魔力操作の訓練になるなら、一石二鳥というものだ。
しかし、果実をたくさんとってもたった二人で食べるのであれば、すぐに満腹にはなってしまう。二人とも果実のおやつ以外にも通常の食事があるので、食べられる量はそんなに多くはないのだ。
果物を持ち帰ればどうやって採ったのかと尋ねられると思うので、持って帰ることも少し難しい。
だが、そんな問題も数日で解決した。
新しく果実を頬張る仲間が、アリアにはできていた。
「あら、お嬢様。今日もいらっしゃいましたよ」
そんなエレナの言葉に釣られて指さされた方向を見てみると、そこには可愛らしい白い二匹の子狐がやってきていた。
アリアの中の狐のイメージは警戒心が強い夜行性の生物というものだったが、どういうわけかこの狐たちは初めて出会った日からアリアたちに興味津々であった。それはやはりエレナにとっても驚くべきことだったようで、彼女も少し興奮気味であった。しかし子狐たちはアリアたちに構うことなく果物をただただ見つめ、尻尾を振っていた。
(欲しいのかな?)
そう思ったアリアは、果実をひとつ子狐の方へと転がした。
すると、子狐たちは大喜びの様子で果実を頬張っていた。さらに平らげた後はすぐさまお代わりのリクエストがやってきた。
そして以降、かなりの確率でアリアが森で魔術の練習をしていると子狐たちは現れる。
「はい、今日の収穫したものだよ」
赤い果実を三つほど切り株の上におけば、二匹の子狐は果実に飛びついた。アリアはその光景を平和だと思いながら眺めていた。さらにしばらくしていると、今度はリスもやってきた。
出遅れてやってきたリスは切り株の周りをクルクルと周り、まるでアリアにおねだりをしているようだった。
それを見たアリアは、リスの方にも一つ果実を転がした。
リスは小さな木の実とは違う大きな果実を、まるで抱え込むようにして食べ始めた。
「可愛いですね」
「うん、本当に。とっても可愛い」
なんという至福の時間なのだろうとアリアは思う。
平和は素晴らしい。あの過去の戦いがあったからこの時間があるのかもしれないと思うと、余計にまったりとしてしまう。
(だいぶ魔力操作もこの身体に馴染んできたかな? そうなると、そろそろ本格的に身体強化の練習をしていこうかな)
残念ながら治癒魔術はブルーノとの対決には使うところが思いつかない。
そもそも怪我をしなければ治癒の必要がないのだから、なかなか操作練習をする場面にも出会わない……というより、出会ってはいけないとも思う。
アリアがいままで使っていた風や水の初級魔術に比べて、身体強化の魔術は魔力操作が繊細だ。
けれど、ある程度自信がついてきたならステップアップしなければいけないだろう。
(でも……その前に、喉が渇いたかな)
そう思ったアリアは自分の手を受け皿のように合わせ、その場に水を生成した。
そのまま飲めば、喉はとても潤った。
「お、お嬢様……」
「あら、もしかして……お行儀が悪かった、かしら?」
確かに手で水を飲むなんて、前世以来やっていないことだった。
ただ、ダメだと言われたこともなかったので今回は見逃してもらおうとアリアは笑って誤魔化そうとしたのだが……。
「お嬢様は風だけではなく水の魔術を使えるのですか!?」
「え?」
魔術、といっても水を出しただけである。
(もしかして……珍しいものだと認識していたつもりだけど、私が思っている以上に魔術の希少価値ってあがっているのかしら……?)
エレナからは「凄いです!」と連呼されているが、もはや手品のように驚かれているだけではないかと思ってしまった。
(……ま、まぁ……楽しんでもらえているなら、いいのかな?)
もしかしたら、ブルーノとの対決でも不意打ちの一環で使えるのかもしれない。とはいえ、驚かれなかったときのことを考えると、この程度ではあまり実用的ではないとアリアが考えた、そのときだった。
一瞬、何か背筋に走るようないやな気配を感じた。
慌ててエレナの方を見るが、エレナは逆にアリアの行動に目を丸くしていた。
「どうなさいましたか、お嬢様」
「いえ……なんでもないわ」
はっきりとわからないので、返答はどうしてもあいまいにはなる。
しかし狐やリスの様子を見ても、勘違いとは思いがたい。
(なにかが、近づいてきている?)
そう思った次の瞬間、その異様な気配が空から落ちてきていることに気が付いた。
アリアは上を向くと同時に風を巻き起こした。それは果物を採るときとは比にならないもので、一直線に近づいてきたものを怯ませるには十分だった。
そして、アリアが相手を確認するのにも十分な時間があった。
「まさか……コカトリスがここにいるなんて」
龍の翼と雄鶏の頭、そして蛇の尾を持つ者に対して、思わず顔をひきつらせた。