□番外編 まだ、特にご報告は。
「シリル様、装備部門から予備の外套の配布があるのでサイズの確認がしたいと連絡がありました」
「わかった」
「では、お先に失礼します」
雑務で執務室から離れていたシリルが戻ると、入れ替わりでアリアは部屋を後にした。
今日のアリアはシャーリーンとのお茶会があるらしい。なお、騎士団としての扱いは早退ではなく別任務という形になる。
(事実、半分は警護の相談だ)
ただし本人は早退届を出そうとしていたので、茶会自体を楽しみにしているのだろう。
「随分仲良くなったようですね」
「そのように見えますか」
「おや、私の気のせいですか?」
にこにこといつもの笑みでジェイミーが話しかけてきたが、シリルは特に慌てることもなく自然な動作で執務用の椅子に腰掛けた。
「特に変わりませんよ」
事実、呼び方が少し変化した程度だ。
しかしそれも元々ジェイミーはシリルと呼んでいるし、スティルフォードよりも短いので団内でそう呼ばれるのも珍しくはない。特に魔物退治で忙しい時に長い姓は面倒だ。
そういう面から考えればアリアのエイフリートもまた長いといっても差し支えないのでこちらも名前で呼んでも不自然ではない。
ただ、呼ぶ機会などほとんどないのが現状だが。
「まぁ、仲がいいことはいいことですよ。仕事の連携もありますし、姪馬鹿ともいえるエイフリート教官が変に文句をつけてくることもありませんから」
「そうですね」
「でも、仲良くなりすぎてもそれはそれで後が怖いですね」
何を言おうとしてるのか察したが、シリルもその程度の探りを入れられたところでどうというということもない。
なにせ、やましいことなど何一つないのだ。
逆に報告できることがあるなら話は早いのだが、いかんせんアリアの実年齢が幼すぎる。
「何なら、自分を倒さなければというセリフを仰りそうですね」
「絶対に言いますね。でも意外ですね。シリルもそんな冗談を言うようになったのですね」
「冗談ではなく本気ですが」
「……それもそうですね」
急に真面目な表情を浮かべるあたり、ジェイミーも本当にそう思ったのだろう。
「……でもまぁ、実際に何を言われたとしてもシリルなら勝ちそうですから、心配は無用ですね」
「現役引退した人に鞭打つようなことはしませんよ。喧嘩を売られない限りは」
いっそ腕比べで済む話であれば、シリルもある程度どうにかできるとは思っている。
現状ウィリアムが対峙した魔王より強い人間も魔物も、今生では出会っていない。
(まあ、火事場の馬鹿力という話もあるか)
かなり姪への思い入れを強く持っていることは初対面の時から明らかだ。
ただ、思い入れの時の長さで言えば負けてはいない。
「……喧嘩を売られても、抑えてくださいね? ヒルに対して行っていたように、我慢ですよ」
「そもそも売られはしないと思いますが」
「念のためです」
ジェイミーの真剣な表情に、シリルは一応同意した。
だが、喧嘩は売られずとも戦いは要求されそうだとはやはり思う。ただ、それは喧嘩ではなく真剣勝負になると思われるので、それはこの約束の範疇外だ。
思い切りぶつかっても何の問題もないはずだ。
もっとも力で優ったところで納得してもらうのは困難だと思いもするので、いろいろ他にも対策を立てねばならないだろうし、そもそもアリアからの返事をもらうことが第一なのだが。
(生まれるの遅すぎだろ)
やつ当たったところで変わらないことに、シリルは思わず悪態をついた。