□番外編 その約束は持ち越され
街を警邏していると、たくさんの酒場が目につく。
そうなると、アリアがつい昔のことを思い出してしまうのも仕方がないことだろう。
「……飲酒はまだ早いぞ」
「飲みませんよ、色んな意味で」
勤務中に制服で飲むなんて許されないし、そもそも飲酒を認められる年齢に達してもいない。
だが、シリルから指摘されるほど見入ってしまっていたことにアリアは気が付いた。
「少し思い出すことがありまして」
「……王都に帰ったら一番高い店に連れて行けと言っていた話か?」
「ちょ、それを言っていたのはニールでしょう!」
かつてエスタが宿で話したのはお勧めの店に連れて行って欲しいという内容だったはずだ。
後日、ニールを誘った折に『一番高い店になら行ってやる』と言っていたのも確かであるが、言い出しっぺはエスタではない。
もっとも、それが叶うことはなかったのだが。
しかし覚えられているどころか、考えていたことを言い当てられたアリアは焦った。
「どちらにしても、もうあの時あった店はない」
「ですよね……!」
名店として残る可能性がゼロだとは言い切れないが、現実的に千年も同じ店が続くのは難しいだろう。そして残っていたとしても同じメニューがあるとは思えない。食文化も大きく変化しているのだ。
「まぁ、あの店はないが美味い店ならある」
「え? もしかして、連れて行ってくださるんですか?」
「成人したらな」
さらっと肯定され、アリアは思わず瞬きを繰り返した。
「なんだ」
「いえ、少しびっくりして」
「これくらいで驚いてどうする」
確かにすでに串焼きをご馳走になったこともあるし、先輩騎士であるし、宣言されていた件もある。
驚くほどのことではないのかもしれないが、自然な流れで言われたことはやはり想定外だ。
シリルに限ってないとは思うが、前からシミュレートしていたようだとまで感じてしまう。
「ただ、一方的なキャンセルはやめてくれ。せめて連絡は求める」
「あ、はい」
前歴ありなので、釘を刺される理由はわからなくもない。
ただ……。
「私だって楽しみにしてたんですよ、あの時も」
「じゃあ、今度はしっかり飲み食いすればいい」
「そうですね」
何にせよ、まずは成人しなければ約束には届かない。
騎士生活も始まったばかりで成人までまだまだ時間もあるが、どんな店に連れて行ってもらえるのか先の楽しみができたとアリアは笑い、再び巡回に集中するよう気持ちを切り替えた。