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□番外編 千年前の旅の夜

 魔王討伐の旅と言っても、毎日が殺伐としているわけではない。

 特に店のある町に着いたときは皆、思い思いに羽を伸ばしていた。特にエスタは宿に泊まれるとなると、必ず一度寝床に転がっていた。


(ベッドは久しぶり。今日は体がいたくない!)


 傷は回復術で癒せても、精神的な安らぎを得るにはやはりリラックスした環境が一番だ。

 そうしてのんびりしていたところコンコンとドアが鳴る。


「エスタ、今いいか?」

「どうぞ、鍵は開いているわ」

「それは不用心だと思うけど」


 やってきたのはウィリアムだった。

 ウィリアムは果物がいくつか入ったカゴをエスタに差し出した。


「宿の主人から、サービス品らしい」

「美味しそう。剥こうか?」

「いいのか?」

「もちろん」


 そして荷物の中からエスタは果物ナイフを取り出した。ついでに野宿用に持ち歩いている皿も用意する。さすがに部屋の備品としては置いていない。


「その辺に腰掛けて……って、椅子はないか。ベッドくらいしか座れないかな」

「その発言も気をつけた方がいいんじゃないかな」

「でも、相手はウィルよ?」


 もう何年の付き合いだと言外にエスタが言えば、ウィリアムは苦笑していた。


「じゃあ、遠慮なく」

「どうぞ。はい、切れたよ」

「さすが、早いね」


 王子に手づかみで食べさせるということは本来望ましくないのだろうが、それも今さらなので気にはしない。

 本人だって気にしていないのだから、気にするだけ無駄である。

 エスタも続けて切った果物を口にした。甘くみずみずしい果実に癒しを感じていると。ウィリアムと目があった。


「エスタ、ニールから聞いたんだけど、魔術も学びたいって申し出たの? 負担が大きいだろう?」


 唐突な話題だな、とエスタは思った。

 ただ、心配されているのだろうとも想像はできた。

 他の面々と異なり、エスタだけは訓練経験のない純粋な村娘である。


「大丈夫、ちゃんと加減はしてる」

「けれど私にも剣の基礎を教えてくれって稽古もしてるじゃないか。ただでさえ慣れない旅で疲れるのに、身体を壊すぞ」

「心配ありがとう。でも、本当に大丈夫よ。一晩で回復する力の加減は把握しているもの。それに、少しでもできることを増やしておきたいもの」


 付け焼き刃の対策でどうにかなるような場面などほぼほぼないことは理解している。

 それでも生きるか死ぬかという状況で、何かが変わることがあるかもしれない。


 少なくとも、稽古を通じ話をすることで、どういうサポートが必要とされているのか、旅立ち直後よりはエスタも理解できているつもりだ。


(無理はしないで、って言われても……立場の重要性を考えたら、無理もしちゃうよ)


 一番危険度の高いポジションは近接戦闘で、攻守両方が必要となるウィリアムだ。エスタとニールは後方からの支援で、盾となるアルフレッドは前衛をこなすものの、攻撃せず防御に徹する。


 ウィリアムが倒れたら魔王を倒すことが限りなく不可に近くなるのもさることながら、エスタはそもそもウィリアムに傷ついてほしくない。


 しかしどう説得するべきか、納得してもらうのは難儀そうだ……などと思っていると、再び部屋にノック音が響いた。


「なんだか説教してるみたいな声が部屋の外まで聞こえてきたぞ?」

「……何を笑ってるんだ、アルフレッド」

「いや、過保護な父親がいるようだと思ってね。ウィル、あんまりうるさく言ってやるなよ」

「誰が父親だ!」

「お前だよ」


 茶化されたことに言い返すウィリアムにも動じず、アルフレッドは「まぁまぁ」と軽く流す。


「それより、下で酒を飲もうぜ。美味いのが仕入れてあるらしいぜ」

「いや、今はそんな気分じゃ」

「いいからいいから。夕飯までまだまだ時間もあるだろ? エスタは……酒は好きじゃないよな?」

「飲んだことがまだないの。だから、王都に戻ったらご馳走してよ。お勧めのおしゃれなお店に行ってみたい」

「りょーかい、ウィルに調べさせておく! ニールも行くだろうしさ、ってことで今は二人でいくぞ!」

「ちょ、まだ話が」


 ウィリアムを連れ去るアルフレッドを、エスタは苦笑しながら見送った。


(そんなに飲みたいお酒があったのかな……?)


 不自然すぎるほど強引だったが、久しぶりの街なので気持ちが昂っているのだろう。そういうこともあるだろうと、エスタは納得することにした。


 そして二人が廊下から消えると同時、ちょうど同じ方向からニールが戻ってきた。


「なに騒いでるんだ、あいつらは」

「ニール、買い出し終わったの? お酒を飲むらしいんだけど、ニールはどう?」

「僕は食事まで寝る」


 あくびをするニールに、エスタもそうしようかと思っていると、ずいっと紙袋が押しつけられた。


「これ、ウィリアムとアドルフに渡しておいて。こっちはエスタの」

「なに?」

「解毒薬。だいたいの毒には効くように調合した。お前は自分で解けるだろうが、力を使い過ぎて……って可能性もあるだろうし。まぁ、万能ではないけどね」

「ありがとう。すごいね、ニールは。こんなのが作れるなんて」

「まぁ、作らないで済むならそれに越したことはないんだけどね」


 そう、あくびを交えながら言ったニールはそのまま部屋にもどっていった。


(急ぎでもないと思うけれど、渡し損ねる危険を考えたら今行くのが一番よね)


 重要な話し合いならともかく、酒盛りの最中なら行っても邪魔にはならないだろう。

 そう判断したエスタは下の酒場へ向かった。夕暮れまでまだ時間があるにもかかわらず、ホールは満席に近い。

 エスタは二人の姿を探し、ちょうど観葉植物や棚でほかからは気づかれにくい場所に二人がいることに気がついた。


 まるで内緒話をしているようだとエスタは気配を消しこっそりと近付いた。

 今なら驚かせられるかもしれない、そう思った時だった。


「それより、指輪はどうするんだ? 買ったんだろう?」


 思いがけない言葉にエスタは思わず棚に背をつけ、聞き耳を立てた。

 指輪という単語は普段の二人の会話に出てくる単語ではない。


「……そんな尋問をするために連れ出したのか? 勘弁してくれ」

「だってお前が真剣にアクセサリーを選ぶなんてな。求婚用なんて似合わなさ過ぎて笑うしかないだろ?」

「殴られたいみたいだから、遠慮はしないぞ?」


 その話を聞いて、エスタの心臓は跳ねた。


(求婚用の指輪……?)


 ウィリアムに婚約者がいるということを考えたことはなかった。

 ただ、すでにいてもおかしくはないし、いなくても内々に決まっている相手がいても不思議ではない、自分とは異なる立場の人間だ。


(……そうよ、むしろ相手がすでに決まっている方が自然なのよ)


 そう頭が理解すると同時に、雷に打たれたかのような衝撃もうけた。

 どこか、ウィリアムが遠い存在になった気もした。


 ただ、すぐにエスタの気持ちは平常心へと戻った。


 ウィリアムが王族だと知った日から、エスタはウィリアムと自分の住む世界が違うことははっきりと理解していた。

 今回、考えていなかった分野でもひとつ増えただけだと、自分に言い聞かせた。


 癒しの聖女として旅の同行を願われたとき、ウィリアムから真剣に力を求められているのを感じた反面、周囲からは『殿下が頭を下げるほどの相手なのか?』と見られたことにも気付いている。

 それが立場の違いだ。

 ウィリアムが気にせずとも、隣に立つことを周囲に許される身分にはない。


 それを一切気にしないといったら嘘になる。けれど、ウィリアムの力になれるなら、それでいい。


 だから、ウィリアムへの想いはそっと片づけることに何の躊躇いもなかった。

 特に後日、ウィリアムが大切そうに指輪を持っていた際に話を聞いたときには吹っ切れることもできた。


 その時から、エスタの願いは世界が平和になった後、魔王討伐の最前線に立つウィリアムに必ず幸せになってもらうことに変化した。


 少しずつ育っていた気持ちを伝えるつもりはない。もともと会うことすらないはずだった関係なのだ。


 だからウィリアムが幸せになれば、きっと自分も満足するとエスタは思っていた。


ーーー

本編に書いてたと思ったら抜けていたお話でした……ということと、嬉しいご報告が!


2022年7月22日より、コミックブリーゼ様よりコミカライズが配信されます!

詳細活動報告に記載させていただきました。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます!

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