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■第四十話 聖女

 声を響かせたシャーリーンは、付き人に車椅子を押されながらゆっくりと舞台上を進み、アリアの元までやってきた。付き人は見た雰囲気が魔騎士で、おそらく彼女が周囲に声を届ける役目を担っているのだと理解できる。


 だが、そんなことよりも事態が動いてからシャーリーンの登場までが早すぎる方がアリアにとっては襲撃以上に想定外だ。

 しかしアリアの焦りとは裏腹にシャーリーンはゆったりと微笑み、そしてアリアの横に立った。その顔は赤く、熱が下がっていないことが見て取れた。


「シャーリーン様、お休みなさいませんと……!」

「大丈夫です。それに舞台を台無しにすることはできませんが、あなたに責任を押し付け城に篭ることもできませんから」


 そう口にしたところでシャーリーンは咳き込むも、再びしっかりとした声を周囲に響かせる。


「まずは、この場にいるすべての方へ謝罪を申し上げます。騒ぎの経緯については、後日調査の上、公表することを約束いたします」


 それからシャーリーンは深く一礼した。

 王族が不特定多数に頭を下げることは珍しい。だからこそ、それは意味のある約束だと周囲は捉えることができる。


「それから、次に個人的な謝罪をさせていただきます。本来私が務める予定だった聖女のお役目は、体調不良により我が親友であるアリア・エイフリートに代役を依頼しました。ですが……彼女を危険な目に遭わせることは想像していませんでした。ごめんなさい、アリア」

「お、お顔を上げてください、シャーリーン様」


 民衆に対して頭を下げることはもちろんのこと、個人に対してそう簡単に王族が頭を下げるようなことはない。ましてや、自分のせいで危険な目に遭わせたなど護衛が思わせて良いことではない。


「私はあなたの親友でありますが、それ以前に騎士でございます。結果としてお守りできたのです。謝罪なさる必要はございません」

「ですが」

「ですが、ではございません。むしろ、あえて『ですが』と申し上げるのでしたら、それは私の方です」

「え?」

「体調が悪い中いらしたことに関しては見過ごせません。シャーリーン様の言い分も理解できないわけではないですが、代理を受諾した意味がございません。ゆっくりお休みくださいませ」


 アリアがやや語気を強めながら言えば、シャーリーンは少し目を泳がせた。

 舞台を見守るという目的があったとしても、やはりあまり望ましくないと言われても仕方がないものであるとも認識していたらしい。


(けれど、ここにいてくださったから助かったのも事実ね)


 仮に事前に襲撃が計画されていたもので、それを認識していたのであればシャーリーンはこの場にはいなかったことだろう。ましてや、彼女自身に直接の責がない即座の謝罪を軽く見る者もいない。

 加えて、襲撃犯は一見して組織的なもの……というよりは、唐突な暗殺者のような風貌をしていたことも助かった。

 もしももっと良い身なりかつ多人数であれば、怪しい動きに対する情報も掴めなかったのかと問われる可能性はあった。


 もちろん、不審感を残す者もいるだろうことはアリアにもわかる。

 けれど周囲の反応を見る限り、概ね『偶然交代した準騎士が姫の危機を救った』というストーリーとして大きく受け入れられたようだった。しかも、それが姫と同じ歳頃の小さな準騎士だったというのはなおさらのことだったのだろう。そして仮に襲撃を事前に知っていたのなら、シャーリーンがあえて危険な場で代役を見守るようなことはしなかっただろうという雰囲気も周囲に影響を与えていた。


 盛り上がりの中で、シャーリーンは笑みを浮かべ続けている。


「では皆様、仕切り直しといたしましょう。この場は頼りになる騎士が大勢配置されていますから」


 その言葉への答えは多くの拍手だった。

 そして無事に収まった場で、アリアはシャーリーンの代役を今度こそ予定通りに務め上げ、その役目を以てアリアの特別任務は終了した。

 事前の予想とは大幅に異なる状況ではあったものの、シャーリーンと打ち解けることも、無事に護衛を完遂させることもできたことにはホッとした。


 ただ、セイルフィラート王国には聖女のような王女の他に、聖女のような騎士がいると噂が街を駆け巡ったことだけは、アリアにとってなんとも言えないものとなった。


※※※


 そして、祭典が終了してから数日。

 ジェイミーからシリルと共に呼ばれたアリアは、シャーリーンから譲り受けた茶葉を執務室に持参した。それは、茶葉がアリア一人で淹れるのは躊躇わざるを得ないほどの高級品だった。

 ジェイミーは喜び、用件より先に茶を淹れることをアリアに命じ、その結果、突然の茶会の開催とあいなった。

 とはいえ、茶請け話は仕事のことだ。


 アリアは犯人たちを捕らえるための大きな役割を果たしたが、調査自体は専門の騎士たちが行っているので状況を聞くのは初めてだ。


「現状、射手の二人は剣を持った男に雇われたごろつきで今回の件に関してはろくな情報を持っていませんでしたが、余罪がそれなりにある状態だということが分かっています。剣の男はなかなか口を割りませんでしたが……大体身元は判明しましたよ」

「どういった者なのか、お聞きしても?」

「ギャンブルで借金を作り、家族を危機に陥れた自業自得の大馬鹿野郎の兵士です。どうやら家族を人質に取られ、借金と相殺かつ家族の解放を条件にシャーリーン殿下の暗殺を請け負ったようですね」


 想定よりもはっきりと相手の人定が割れていることにアリアは目を瞬かせた。


「驚きましたか? ここは仕事ができる者が多くて助かりますよ」

「ということは……依頼人のこともおおよそ把握されているということでしょうか?」

「そもそも今回の場合は決定的な証拠は残っておらずとも、相手がある程度雇い主が不自然なほど人目につくところを選び、接触を図っていたようですからね」


 その答えにアリアの眉は寄る。

 証拠を残すメリットがあるケースが、すぐには思い付かない。


「まるで気付かれたいとでも言っているような行動ですね。捕まらないという絶対の自信を誇示したいということなのでしょうか。あるいは、いつでも襲撃できるという警告……?」


 しかし、王家に対しそんなことをする者がいるのだろうか。


「信じがたい話ですが、アリアの考えは大きく外れていないのではと思います。おそらく剣の男を雇ったのは帝国です。もっとも剣の男は国内の貴族だと思っている様子ですが」

「帝国、ですか?」


 正式名称をヘルゼリア帝国というその国は高くそびえる山々を挟んで西側に存在し、ここ二十年のうちに領土を拡大し、属国を増やす中で王国から帝国と名乗り変えた国でもある。

 山の存在が行き来を困難にしていることから、古来より民間の交易もあまり行われず、また国柄が合わないことから国交も結ばれていない。

 ただし、ヘルゼリア帝国がセイルフィラート王国を邪魔だと感じているだろうことは想像に難くない。

 セイルフィラート王国の存在が、帝国の東への領土拡大を阻んでいるのだ。周辺国家も帝国ではなくセイルフィラート王国と同盟関係にあること、そもそも国力に大きな差がないということがヘルゼリア帝国が下手に手出しできない原因にもなっている。


「でも……国柄の仲がよろしくないといっても、いきなり王女殿下を狙うようなことなど……」

「帝国は以前、非公式にだがシャーリーン殿下を皇帝の側室にと打診してきたことがあるが、こちらは突っぱねている」

「え……? まさか、それだけのことで?」

「あの皇帝はプライドが高いのでね。金をかけた嫌がらせをしたのだろう。もっとも、大した金だとは思っていないでしょうが」


 冗談だろうと、アリアは思った。

 だが、ジェイミーの表情を見れば冗談などではないことが理解できる。


「あちらとしては戦争になったとしても言いがかりをつければよいと思っていたのでしょう。しかし本当に戦争になったところで我が国の兵力が劣っているわけではないし、表立ってはいないものの帝国の属国には大きく反発している国もあります。だからこそ、失敗してもはっきりとした証拠は残さず、けれどある程度匂わせる程度の嫌がらせで済まそうとしたのだと思いますよ」

「だからこそ、形跡を残していた……と」

「そういうことです。ただし、今回のことは逆に驚かせることはできたでしょうね。騒ぎを収めるまでがとても早かったことから、騎士の練度に驚愕したことでしょう」


 そう言って、ジェイミーは人の悪い笑みを浮かべていた。

 ざまぁみろ、と、その表情が物語っている。


「でも、それだとドレスの針は……?」

「あれは、傭兵のことを慕っていた下女の仕業だそうです。射手が狙いやすいようにしようと、勝手に計画したようですね。下女はすでに自白しました。結果として、それが綻びの始まりになったのでしょうけれど」


 そうなれば、おそらくドレスの管理者も処罰されているのかもしれないと思うと、少し気が重い。


「今回、早急に問題を片付けたこと、傭兵を死なせなかったことはアリアのとても大きな功績です。傭兵は自決できなかったことに混乱していました。あなたの力で間違いありませんね?」

「はい。解毒はいたしました」

「とても頼もしいことです。これからもお願いしますね。それから、シャーリーン殿下からの伝言をお伝えします。明日から五日間の休暇を命じます」

「はい?」

「殿下の護衛の際の休暇の代休です。そういえば、シリルも代休を消化していませんよね?一緒に休みなさい」


 そう言われて、アリアはここに入ってからカップを手にした以外はシリルがほとんど動いていないと気がついた。事前にある程度話を知っていたのかもしれないが、それにしても反応が薄い。

 何か、他に考えているような気さえする。


「……シリル。あなた、地味に疲れていますね。でしたら明日からとはいわず、今からもう休暇にしなさい。アリアもです。ここの片付けも私がしますから、早く帰る準備をなさい」

「え、でも」

「上官命令です」


 その有無を言わさない圧力にアリアは引きつった。


「了解しました」

「わかりました」


 アリアとは対照的にシリルはあっさりと部屋を出ようとしたので、アリアも慌てて後に続いた。


(確かに、スティルフォード様のご様子は何かおかしい気がする)


 もしかして熱でもあるのだろうかと歩きながら状態異常を探ってもアリアの目には映らない。


「スティルフォード様、何かありましたか……?」


 聞かなければわからない。

 そう思ったアリアは何もないと言われる可能性も理解した上で尋ねた。

 だが、アリアの言葉にシリルは足を止めた。そしてアリアが追いついた時、口を開いた。


「……お前は、前世というものを信じているのか?」


 それは、唐突な問いだった。


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