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■第三十九話 晴れ舞台

 アリアの出番は昼時を告げる鐘の音と同時に始まった。

 もしも襲撃があるのであれば、代役であることを隠さなければいけないということでかつらを使用し、さらにヴェールも深めに被った。これで遠目ではシャーリーンではないことには気付かれることはないだろう。


 舞台の上を一歩、一歩ゆっくりと前に進むアリアに向けられるのは一挙一動まで注視する民衆の視線だ。


(……どれくらい注目されているかは、肌に刺さる視線でわかる)


 これだけ人がいるのに、自分の足音が聞こえる気さえするほど静まり返った空間。

 ちらりと横目で周囲の様子を伺えば、当初の予定より増員された魔騎士たちの姿も見えた。シリルを含め六人程度は認識でき、人員の少ない中で配慮されたことが窺えた。

 急な変更要請で負担をかけたことを申し訳なく思うが、市民の安全を確保しなければいけないということは大前提だ。仮に何も起きなかったとしても、それは喜ぶべきことだ。


(でも、魔物や魔王ではなく、人間が敵なんて)


 狙う対象がシャーリーンだというのであれば、権力に絡む何かがあるのかもしれない。だが、そのようなことを理由に幼い子供を狙うというのはあまりに醜い。シャーリーンは大人びていると言っても、まだまだ子供だ。


(そんな世界は、幸せからは遠い世界。納得できない)


 そんなことを考えながら祭壇まで進んだアリアはまず祈りを捧げるために膝を折った。すると周囲の観衆も、アリアと同じく祈りを捧げるための姿勢を見せる。


 そして流れるのは静寂だった。


(まだ、代役だとは気付かれていない)


 衣装が幸いしているのだろう。この後に続く祈りの言葉は歌のようなものなので、やはり気付かれる確率は低いはずだ。シャーリーンの姿は絵で広く知られていても、肉声はほぼ知られていない。さらには歌声となれば、より一層判別し辛いはずだ。

 強いていうなら、気付く機会は舞が始まりベールから顔が覗く瞬間だろうか。


(でも、もしも何かが起こるなら……それは、舞が始まる前だわ)


 理由は至極単純で、それはアリアが動かない時間であるからだ。

 遠くからであればいうまでもなく、さらに近くからでも避けにくい。

 むしろ、今の時間で何も起こらなければ杞憂で済んだと判断しても良いのではないか……そうアリアが思ったとき、背後から急激に近づく物質の気配を感じた。そう、背中を向けたままでは到底避けられないほど急激に。


(やっぱり、遠距離からなのね)


 そう思ったのと同時に、アリアの背後で矢が砕ける音がした。

 その矢はまるで急に砕けたように見えたことだろう。実際その矢はアリアが背後に張っていた魔術障壁により砕け散ったに過ぎない。

 ほとんどの観衆がアリアと同じように祈りを捧げていたとはいえ、全員が同じことをしていたわけではない。

 突然矢が現れ、さらには砕けたことにも短い悲鳴が上がっていた。


 だが、その悲鳴が上がる前にアリアは障壁の当たった角度や速さ等から射手の方角を割り出し、振り向くと同時にそちらへ一直線に氷の魔術を放った。射手が凍った感触は確実だった。


(凍らせるけど、死なせはしない。吐かせないといけないことはありすぎるくらいなんだから)


 そんなことを考えながらも、アリアは自分の立ち位置から軽く一歩下がる。

 すると、先ほどまで立っていた場所に今度は鋭く矢が刺さっている。


 アリアはそれも刺さったと同時に同じく場所を割り出し、同じように氷の魔術を発動させた。

 両方の射者のもとには回収に向かう魔騎士の姿がある。

 ここまでは、十秒にも満たない時間である。

 そしてその間にアリアの位置に一番近い場所にいたシリルも舞台に上がった。そしてその剣が抜かれたと同時に、舞台にもう一人男が上った。

 体格の良い男はそれと同時にアリアに向けて剣で切りかかろうとしたが、それをシリルが受け止める。


 阻まれた男は舌打ちをした。


(初手で決められなかった以上、他の騎士に囲まれたら終わる場所)


 もっとも、むしろ一瞬で優勢に立っているシリルなら一人でまったく問題はなさそうであるのだが。だが、それを悟ったアリアは次の瞬間に男の口の端から僅かに血が流れていることに気がついた。シリルからの攻撃の結果ではない。


(まさか、服毒しているの!?)


 そう思った瞬間、アリアは即座に解毒の術を施した。

 自決で逃げさせるなんて真似は絶対にしない。

 相手が解毒に気づいたかどうかはわからないが、間も無く男はシリルに組み伏せられた。男は初め余裕のある表情を浮かべていた。だが、徐々に顔が青くなる。


(毒の効き目が切れたことに気付いたのかな)


 死ぬ予定があったのだとしたら、生きながらえてしまったことでどのようなことになるのか……それを考えるのが恐ろしいのかもしれない。


 いずれにしても今のアリアにとっては男の心情など大事なものではない。

 少しは様子を窺ったが、すぐに次の仕事に取り掛かった。


(他に怪しい動きはないか)


 すでに他の魔騎士も探っていることだが、もしも人質を取られるようなことがあればと思うと欠かせることではない。ただ、暗殺という手段を選んだというだけあってか相手方の襲撃人数は少なく、少なくとも今新たに観客に危害を加えようとするような者は見当たらなかった。


「……ひとまず難は去ったか」

「そのようですね」


 しかし三人の狼藉者を捕らえたはいいものの、中断した儀式をどうするか、どのように観衆に説明するかアリアは迷った。事実、何かが起きるかもしれないとは思っていたものの、実際に何かが起きる保証はなかったし、そもそもどうしてこのようなことが起こっているのかわからない。


(正しい状況がわからなければ、話していい範囲なんてもっとわからないじゃない)


 襲撃とその撃退が行われた場で観衆はひどく混乱している。

 幸いにも一刻も早く逃げなければならないというような雰囲気になっていないのは、すでに鎮圧が成功しているからだろう。


(おまけに……これで私が姫の替え玉だということも気づいただろうし)


 このような状況を想定し、替え玉を用意した上で開催したというのであれば、観衆から嫌悪感を抱かれる可能性がある。

 何故、姫が替え玉なのか。

 何故一般人を危険に晒すことになったのか。

 それを替え玉のアリアが偶然で結果論であったと言っても納得してもらえるとは思えない。

 しかしそう思っていた時、その場に優しい風が吹いた。


「皆の者、聞こえますか。落ち着いてください、騎士たちによりならず者は取り締まられました」


 それは風の魔術により周囲に声を拡張させた、シャーリーンの言葉だった。


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