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■第三十六話 聖女と聖女のような少女と

 仮設の祭典場は、想定以上に豪華な設備であった。

 例年解体したものを保存しているらしく、見た目ほど金額は高くないとのことだが……それにしても、まるで神殿を外に作ったような環境だと思わざるを得ない。


(それにしても、実際に見ると想像よりも広いわね。護衛が難しいというのも頷ける)


 広いからこそ、舞台上へ襲撃があっても、多少は時間の余裕はできるのではないかとも思う。

 ただ、飛び道具などがあればかなりの範囲から狙えるような舞台でもあるため、想定できる襲撃方法などいくらでもある大変な舞台だと思わずにもいられない。

 しかし、それ以上にアリアが驚かされたのはシャーリーンの聖女姿だった。


(エスタよりよっぽど聖女らしい、としか言えないお姿だったわ)


 舞台に似合う服装なのだから当然そうなるとは理解しているつもりだったが、当日の衣装を纏ったシャーリーンは聖女以外に例えるのが難しいともアリアは思う。

 アリアは神官のような恰好で、シャーリーンが祈りを捧げる際に捧げる花や舞の時に使用する花と鈴の祭具をシャーリーンに渡す役目を担った。なお、これは例年であれば聖女役が最初から持っているものであるらしい。


(とにかく目立たないようにすることも大切な任務だから、それを心掛けた動きをしないといけないわね)


 例年と異なるとはいえ、比較的違和感を抑えた演出にはなっているだろう。

 ただしアリアの年齢で護衛を任されるという例はほとんどないのだから、例えば襲撃があると仮定すればシャーリーンの側には護衛がいないと襲撃犯は誤認するだろう。ならば、仮に本当に襲撃を企てた者がいたとすれば、護衛を見て中止にするという期待も持てない。

 周囲に目を光らせるためにも、アリアにとっても舞台の感覚に慣れる稽古の時間は大切だ。

 シャーリーンと城内で稽古を行った後、アリアは建設中の舞台を見学に行き、自分が立つ予定の位置に立ち、周囲を見回す訓練を行った。その際には騎士服は着用せず、令嬢らしい服装に着替えた。


(あえて騎士が護衛しているっていうのを知らせるのも悪くはないけれど……警護の計画を知る者はできる限り少ない方がいい)


 実際、周囲に公にされているのは今年は少し演出が異なるという点のみで、あえて準魔騎士を配置したとまでは伝えられていない。

 だが、だからといって街中に令嬢一人で現場に向かうのは目立ちすぎる。結果、アリアも護衛を引き連れることになったのだが、護衛役はある程度状況を把握しているシリルだった。

 顔を合わすのは十日ぶりとなるのだが、その顔は変わらずあまり機嫌がよろしくはなさそうだった。

 ただしアリアももう慣れているので、少々不機嫌そうな顔を馬車という密室で見たとしても大して気にはしなかった。不機嫌そうに見えても、そうでもないことはそろそろよく理解できている。

 一通り確認したのち、帰りの馬車でシリルが口を開いた。


「近況は?」

「特に大きな問題は何もありません。祭典準備も滞りなく進んでおります。ただ、私が舞台に参加することは未だ不思議な感覚はありますが」

「普通、何らかの不審な動きがあれば断片でも事前に情報は入るはずだ。ただ、毎回必ず情報が入るとも限らない」

「心得ています。過度な心配で不安を先行させることのないよう、しかし問題ないと油断しすぎることもないよう、努める所存です」

「……前から思っていたが、お前、年齢の割に落ち着きすぎているな。シャーリーン殿下と、その辺りは変わらないんじゃないか」

「殿下と変わらないなんてとんでもないお言葉ですよ。まだ数日しかお側に仕えていませんが、実は二度目の人生ですと仰っても不思議ではありませんし、たとえそうであったとしても聖女エスタより清廉な方だと思います」


 ここ数日のシャーリーンの姿を思い返して、アリアはそう思う。

 成人までまだまだ時間がある状況でも公務をこなし、勉学においては一度学んだことは同じ質問を二度することがない定着力。しかもそれは地頭の良さだけではなく、忘れないよう、空き時間を作っては復習を行なっている姿を見れば途方もない努力家だということがわかる。


「そこまでなのか?」

「ええ。私は通常、人が何かを成そうとする場合、趣味の時間等を作り、休憩することも大切であると思っています。しかし殿下の場合、少なくともここ十日は一度もそのような姿を見せてくださったことはありません。ひたすら、勉学と祭典へ努力されております」


 強いていうなら、唯一あったのは初日に話をした双子鈴の花のことだけだろうか。立派で絵に描いたような王女だとアリアは思うが、しかし同時に、どこか違和感はある。


「何か、納得しきれていないという顔だな」

「納得……とは少し違うのですが。常に微笑んで、そのような暮らしをしていらっしゃる王女殿下は、果たして日々を楽しまれているのか疑問なのです。周囲から少し休まれてはと言われても、殿下は否と仰います。ですが、その笑みが……どうも、最近作ったもののように見え始めました」


 作り物だとしても、とても綺麗なものだ。そして、人々の理想とする姿そのものなのだから、問題がないのかもしれない。

 ただ……もし本心でなく笑みを浮かべているような状況であれば、いつか糸が切れてしまうのではないかという不安がアリアの中にはある。


「それから、殿下が聖女としての舞に、ご自身で納得されていないようであることも気がかりです。誰からも賞賛されていらっしゃいますが、どこか浮かないお顔で」

「理由は聞いたのか?」

「恐れ多くも、何か懸念がございますか、とは。ただ、お返事は『大丈夫』とのことでしたが」


 私的な話をしようとしても、初日に花の話を続けられなかったように話が途中で仕事に切り替わる。

 侍女から他の令嬢たちとの茶会の様子を聞く限り、もし一方的にアリアが話せば相槌を打ってもらえるだろうとは思うのだが……それでは、シャーリーンの気持ちを聞き出せそうにもない。


「今、浮かない顔と言ったな?」

「ええ。あからさまな表情ではありませんが、私はそう感じました。殿下は聖女役になったことをとても嬉しそうに話されていたので意外で……」


 しかし、それを口にしてアリアは違和感の正体に気がついた。

 そうだ。最初に聖女役を任されていたシャーリーンは、作り物の笑みではなく、本当に嬉しそうに話していたのだ。双子鈴の花の話をしていた時と、同じくらい。


「もしかして、殿下は聖女のことに、他より強い興味を抱いていらっしゃるのかもしれません。聖女役のことを喜ばれていたのは本当だと思いますが、もしかしたら……殿下の理想と、何かが違うということでしょうか……?」


 他のことについてはわからない。しかし聖女役に関しては、もしその推察が当たっているなら納得ができることもある。シャーリーンの考える聖女と、周囲が彼女をその通りだという理想に溝があるのかもしれない。

 だから、嬉しかったのが苦痛になっていった……となれば、辻褄も合う。


「殿下が何を考えていらっしゃるかわからない。だが、当日の進行に懸念を抱かれているようなら、それをうまく捌くのも仕事だろう」

「そうですね。仕事でなくとも、気になりますし……って、スティルフォード様はそういうお仕事得意なのですか?」


 口下手だとしか思えないシリルの言葉に、アリアは思わず尋ねてしまった。しかしシリルはしれっとしていた。


「俺にはそういう仕事は来ないから大丈夫だ」

「それでいいんですか」

「適材適所というのがあるだろう。お前にはそれができると思われているから、配置されているんだろう」

「そういえば……」


 まったく進んだ関係にはなっていないが、もともとは相談事のできる間柄になることを期待されて配置されているのだ。


(でも、スティルフォード様も私にできると思ってくださっているからこそ、指摘してくださったのよね)


 ならば、できる。アリアはそう思った。

 シリルができないことをできるとお世辞を言うタイプではないのは把握している。


(よし、腹を括ろう)


 多少強引にでも、割り込んでいかなければこの状況は変わらないのではないか。そう、アリアは思い直し決意を新たにした。


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