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■第三十四話 新たな任務は令嬢兼任

 そして、黒竜の件から数日が経過した。


「お手柄でしたね。言われれば、という程度の違和感でよく、このような大事件を釣り上げてくれました」


 ジェイミーはアリアとシリルにミルクティーを振る舞いながら、上機嫌な様子を隠そうともしていなかった。

 結局、黒竜が受けていた呪いのことについての記載は簡潔に記されるのみであった。


(『負傷した黒竜をアリア・エイフリートが治療。黒竜の負傷原因は同族争いによるものであった』……っていうだけだなんて、さすがに想定していなかったかな)


 能力について聞くと言われたものの、実際報告書の作成段階になったときに尋ねられたのは詳しく説明できるか否かという問いだった。

 アリアなりに詳しく説明したつもりではあるが、言語化できていないと指摘され、前述のような報告書になったのだ。


(一応回復や呪いを解くことはできる……っていうのは把握していただけたけれど、どこまでできるかどうかっていう説明なんて、そんなに簡単にお伝えできるものではないし……)


 なにせ、実際に呪いの強さを見なければできるかできないかはわからない。

 だが、シリルはその時点でそれ以上詳しく聞こうとはしなかった。

 そのため先のような報告が記載されたが、アリアとしては本当にそれでいいのかと念押しして尋ねてみた。

 それに対して、シリルは当たり前のように言い切った。


『魔騎士の報告など、どれもこんなものだ。魔術が使えないものに説明するのに、魔術師でも理解しがたい抽象的な説明はいらない。余計にややこしくなるだけだ』


 その主張は、確かに一理あるとは思う。

 一応回復術が使えるということについては書面への記載はなく口頭でジェイミーに報告したが、ジェイミーも術の効果がどこまでなのか不明であることからと、書面に記載することはしなかった。ただし団長として魔騎士としての能力として覚えておくこと、必要があればこれからその関係での依頼もあるかもしれないので口外する可能性があるとは言っていた。ただし同時に、無駄に広く伝えるつもりはないとも言っていたが。ジェイミーもシリル同様、僅かな怪我で訴えてくる者たちもいるだろうことを懸念しているのが理解できた。


(でも、スティルフォード様からの聞き取りは、どこか早く話を終わらせたそうにしていたようにも感じられたのよね。もちろんそんなことをする必要なんてないんだから、気のせいだとは思うけれど……)


 しかし、やはり違和感は拭えなかった。


(ただ、それ以外は普通なのよね)


 まだ付き合いが短いので性格を把握しきれてないだけなのかもしれないと思いつつ、アリアはシリルを見た。


(でも、今のスティルフォード様の機嫌は悪いのは確実よね)


「どうしましたか、シリル。今日はいつもにも増して顔つきがなかなかですが、何か不満なことでもありましたか?」

「そういうわけではありません」

「それなら、どうして膨れっ面をしているのですか?」

「先程、面倒くさそうな輩を見つけてしまったからです」

「面倒くさそうな輩、ですか?」


 竜の一件とは全くかかわらなさそうな単語に、アリアは首をかしげた。


「今回の件の噂を聞いた、主にヒルを中心とした騎士団員数名がエイフリートを女神と崇める信仰を始めたようです」

「ぶっ」


 令嬢らしくない仕草だなんて意識する暇もないくらい、アリアは思いっきり吹き出した。聖女と呼ばれたことだけでもむず痒いのに、神に昇格されるのは御免である。


「……まあ、竜が現れること自体が珍事なのに、それから鱗を授けられるなんて、もはや何の伝説だと言われても仕方がないかもしれませんね。でも、シリルも一緒だったのに……あなたは特に信仰されていないのですか?」

「俺はあんな鬱陶しい奴らに信仰されなくて良かったと思います」

「ちょっと待ってください、私も信仰を集めようなんてしてませんからね!?」


 しかし、アリアの抗議などシリルが対処しようもないことであるのは事実だ。

 別に、シリルが言っているわけではない。

 その様子にジェイミーはくすくすと笑った。

 シリルはジェイミーに笑われたことにはあまり反応せず、砂糖を加えてからミルクティーを口にした。どうやらかなりの甘党らしいと、アリアは思った。


「ああ、そういえば鱗について報告があります。どうやら、身に付けていれば物理攻撃もある程度防げるようです」

「試したのですか?」

「はい。それなりに力を入れなければ、かすり傷にもなりません。それなりに力を入れて押し当てれば、多少の傷は入りましたが、明らかに傷口が小さく済みます」


 当たり前のように自分の体で実験したのだろうシリルにアリアは顔を引き攣らせた。


「何をなさっているのですか。散々無茶をするなと人に言っておいて自分は自重しないんですか」

「別に無茶はしていない。刃を当てる際、加減だってしている」

「だからって自分で自分を傷つける人がいますか!? 痛いの嫌でしょう!」


 一体何をやっているのだと叫べば、シリルは怪訝そうな表情を浮かべた。


「加減してやっているし、痛かったとしても一瞬だ。すぐふさがる」

「だからって普通自分を傷つけます!?」

「お前に普通を説かれたくはないが」

「はいはい。二人とも普通じゃないということで、いったん争いはおしまいにしようか」


 ジェイミーに割って入られたが、やはりアリアとしては納得できていなかった。


(絶対普通じゃない)


 とはいえ、よくよく考えれば魔術が使える人間が少ない世界で、そもそも魔騎士でいることが普通とは少し言い難いことも理解はしているのだが。


「ああ、ところで。アリアに新しい仕事が来ましたよ。国王陛下直々のご指名でね」

「え?」


 見習いに指名の仕事が来るなどあるのだろうかとアリアが目を瞬かせていると、ジェイミーは困ったように笑った。


「準騎士を指名なさるなんて普通はされませんから、戸惑うのも無理はありませんね。個人的には騎士に推薦しても構わないとは思うものの、審議会に上げるには半年間の在籍期間が必要ですから」

「その例外は、どういった理由で生じたのでしょうか?」


 わけもなく例外が発生するわけがない。

 アリアが迷わずに尋ねると、ジェイミーは満足そうに頷いた。


「その機転の良さと、実力だよ。あと年齢と家柄もかな」

「……というのは?」

「今回アリアに命ぜられるのは、シャーリーン王女殿下の護衛ですよ」


 シャーリーンは今年十歳になるこの国の第一王女の名前だ。実際に会ったことはないが、非常に聡明で物腰が柔らかく美しいという、まるで物語に登場する姫君のようだとアリアは聞いている。


「シャーリーン殿下はとてもお優しい方で、周囲にとても気配りをなさる方です。それこそ、年齢に似合わないほどに。けれど、そのせいで同年代の友人と呼べる存在になかなか巡り会えないと聞いています」


 アリアはその言葉でなんとなく状況を察した。


(シャーリーン殿下は、大人びていらっしゃるため周囲にお話を合わせてくださるものの、殿下が心を許せる相手がいないので探している……ということかしら?)


 アリアは侯爵家の令嬢かつシャーリーンともたった一歳違いだ。

 身元に不安はないだろうし、ましてやすでに大人たちとの間で働いているとなれば……と、選ばれたのだと理解した。


(確かに条件には合っているかもしれないけれど……でも、私では王女様のお相手としては適切とは言い切れないんじゃ……)


 確かに前世で年を重ねているだけ、実年齢よりは大人びた考えはできるとアリア自身も思っている。けれど才女のシャーリーンと、今生は令嬢とはいえ前世は田舎娘の自分では求められているものに応えられる気はしなかった。今生だって令嬢教育ではなく騎士になるための勉強に励んでいて、標準的な令嬢とは言いがたいことも理解している。

 そんな思いが顔に出てしまっていたのか、ジェイミーも苦笑していた。


「心配があるのはわかります。けれど、アリアは昔から大人に囲まれて育っているし、一般的な令嬢とは少し方向性も異なるから、王女殿下のいい刺激になるのではと陛下も期待されているのではないかと思います」

「ご期待に沿えるか、わかりかねますが……」

「もとより、本来の業務は護衛です。期間は建国祭が終わるまで。つまり、約ひと月といったところです。仲良くなるかどうかは、結局のところ本人たちの相性次第もありますでしょうから」

「建国祭の護衛ですか」


 この国の建国記念日は初代賢王……つまりウィリアムが新たに国王に即位した日だとされている。 そして建国記念日の前後三日間、計七日間を祝うための祭りが建国祭だ。


「シャーリーン殿下は、建国祭で何か重要な役目を担われていらっしゃるのですか」

「ええ。アリアは建国祭は初めてですね? 建国祭では、魔王を討伐した四聖人の偉業を讃えるため、例年彼らに扮した者たちが祭壇で祈りを捧げる催しがあります。今年は、シャーリーン殿下が聖女エスタの役を担われることになっています」


 その言葉にアリアは思わず息を呑んだ。


(かつての私を王女殿下が演じられる……? え、私を?)


 聖女と確かに呼ばれたが、まさか王族が自分の役を担うなど思ってもいなかった。


(おまけに、王族ということはウィルの遠い血縁よね……? な、なんだかとても不思議な感じがする)


 もっとも、千年以上前まで辿れば血縁も相当な数がおり、シャーリーンもその中の一人でしかないというのはわかるのだが、それでもなんだかむずむずとする。


「まあ、気負わずにやってみてください。他にも思惑があるとはいえ、実力が認められてのことに変わりはなく、もっとも大切なことは殿下を危険にさらさないことです」

「はい」


 アリアの戸惑いを別のものだとジェイミーは感じたようだったが、アリアにもちろん訂正ができるわけもない。決して嫌なわけではない、けれどなんとも言い表し難い不思議な感情がアリアの中にある。


「大丈夫か」

「え?」

「なんだ」

「いいえ、なんでもございません。心配してくださり、ありがとうございます」


 まさか、シリルに声をかけられたことに対し二つの意味で驚いたと言えるわけもない。心配されるほど自分は戸惑ったように見えたのかというのがまず一つ目、それから思った以上に直球で口に出してもらったことが二つ目の驚きだ。

 しかしアリアの感謝の言葉に対し、シリルは眉間に皺を集めた。


「まあ、アリアなら心配いらないでしょう。王女殿下も決して気難しい方ではありませんから」


 むしろ気遣いが過ぎることが問題になっているのではとアリアは思ったが、あえて口にはしなかった。

 ただ、言えることは一つだけ。


「では、誠心誠意職務に邁進させていただきます」


 そんな言葉にジェイミーは変わらず笑みを浮かべ、そしてシリルも変わらず面倒臭そうな表情を浮かべたままだった。


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