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■第三十一話 エルト火石山(二)

「ところでスティルフォード様。一つご提案がございます」

「なんだ」

「ここから先、私たちの気配を薄くする術を行使させていただけませんか。死喰い鳥がいるということは、少なくとも生きている魔物がいるということです。術の行使で、余計な時間を少しは省けると思うのですが」

「そんな術が使えるのか」

「いくつか制約はございますが、可能です」


 一つ目は術の使用中は会話をすることができないこと。なので筆談が必要になるということ。

 二つ目は高位の魔物が相手になると効果がなくなるということ。

 そして三つ目は魔物に攻撃を仕掛けた場合、それは意味をなさなくなってしまうことだ。


「術を使うことによるデメリットは」

「多少魔力は使用しますが、その程度です。たった二人ですし」


 エスタの時は四人同時に行使していた術である。

 力が当時ほどないのかもしれないとはいえ、当時の半分程度であれば力も戻っているという自負はある。


「わかった。頼む。会話はなんとでもなるだろう」

「はい」


 シリルの判断を仰いだアリアは、早速自分たちに術をかけた。

 やはり『魔力ではない何か』に違和感を受けているのだろうか、若干シリルは妙な表情を浮かべていたが、あえて何かを言うことはなかった。それは、喋れば術が解けるという前提を話していたことが原因かもしれない。

 術が完了するとアリアは頷き、そのことをシリルに伝えた。

 シリルもそれに頷き返し、山道を無言で進んでいく。


 その中でアリアは術をかけて正解だったと感じた。今のアリアたちがいるところは薬草はほぼ見当たらず、人々があまり近づくこともない場所だ。


(だから目撃されていなかったと言うだけで……中級の魔物が、この辺りにはかなりいる)


 それも、かなり周囲を警戒しているものが多い。

 いや、警戒というよりは牽制という方が近いだろうか。

 死喰い鳥のように争ってこそいないものの、一触即発のような緊張感は漂っている。


(……もし、術なしでここに来ていたら大騒動になっていたかもしれないわね)


 何せ争えば他の魔物が飛び込んできそうな雰囲気まである。

 一網打尽という意味では話が早いかもしれないが、今日の目的はそのようなものでもない。何が起こっているのか確認するのが目的だ。魔物の殲滅は、後日隊を編成し直してから来ればいい。


(そして魔物たちはみんな、やっぱり死喰い鳥がいる方を気にしている)


 一体、この先に何があるのか。

 そして、気にしている割に近づかないのはなぜなのか。その思いでアリアはシリルとともにひたすら前に進んだ。進むごとに肌を刺すような圧力は強まっていく。


(魔物たちは近づかなかったのではなくて、近づけなかったのね。圧が違う)


 けれど死喰い鳥のように獲物の寿命が尽きるのを待つ魔物は稀だ。

 本来、このようなところで様子を窺う必要などないはずの魔物が待っているのは何なのか。


 知らず知らずのうちに頬に汗が伝う。


(この感覚は久しぶりかな)


 ただのプレッシャーではなく、殺気交じりの気配が強い。

 シリルから時々『危ないから帰れ』とでもいいたげな視線が飛んでくるが、アリアは理解しないふりをした。もはやふりに気づかれている気もしなくはないが、逆にこの状況でシリルだけで向かわせることなどできはしない。

 そんな状況下で大人しく帰るわけがないと理解してか、シリルもそれ以上は無理な強要はしなかった。


 道とはいえない岩場を登り、草むらを降り、再度登ってと繰り返し、やがてアリアたちは足を止めた。

 そこはただただ木や草、そして岩があるだけの、本来珍しくはない場所だ。

 ただし周囲に魔物はすでにいなかった。


 ただ、一つだけ、他にはないものがそこにはあった。

 それは決して大きいとまではいかないが、真っ黒で木漏れ日さえも反射させない、黒い岩のような存在だった。


(あれが、このあたりの異変の原因に間違いない)


 そして、魔物であることは明らかだ。

 加えていうと、アリアがかけている認識阻害の術が効かない相手であることも明らかだ。


「……スティルフォード様、どうやら術が効くのはここまでです」

「ああ。気付かれているな」


 そう口にしたものの、撤退する様子はない。

 もう少し観察しなければ、発見しただけでは意味がないからだろう。

 気づかれているとは思うが、動作まで筒抜けにならないよう木の陰からその魔物の様子を窺った。

 光を受け付けない岩は、よく見ると背中に翼状のものがあるように見えた。


「もしかして……竜、でしょうか?」

「初めて見るが、その可能性はある。ただ、怪我をしている。地に黒い血のようなものが流れている」


 シリルの指摘通り、竜らしき存在が蹲る地面には血のようなものが流れている。

 魔物の血液の色が人間と異なる色であることは珍しくないので、身体に傷があり、そこから流れているのであればおそらく血液で間違いない。


「魔物はより上位の生物の肉を食い力をつけようとする特性があると聞いたことがあります」

「それは俺も聞いたことはある。……あの魔物たちはこの竜が命尽きるのを待っているわけか」


 ただし弱っているとはいえ、中程度の魔物たちが近づけないほどの力はある。まだしばらく命尽きることはないのだろうが、その間に竜が治癒するのかはわからない。

 いや、その回復の可能性が低いからこそ、魔物は待っているのだろう。回復されてしまえば、逆に食らわれるのはわかっている。


「しかし、どう対策すべきか。あの竜はこちらが近くにいるだけで気が立っていることが伝わってくる。これ以上ここにいるのはまずい。一旦引くぞ」


 シリルの言う通り、こちらの存在に気づいている竜は攻撃されるかもしれないからだろう、警戒を強め威嚇のような空気を漂わせている。さらにここに到着する前に比べても、明らかにその傾向は色濃くなっている。

 原因も判明した以上、対策がなければ一時撤退は正しい判断になるとアリアも理解できる。

 ただ、それは本当に手立てがなくなった場合の話だ。


「スティルフォード様。再度ご提案を申し上げたいのですが」

「なんだ」

「私、あの竜の治療をしたいと思います」


 アリアの言葉にシリルは眉を顰めた。


「何を言っている」

「私は、おそらくあの竜を治癒することができます。あの竜から強い周囲への牽制は感じておりますが、あの竜自体からは悪意や敵対心は感じません」


 ならば、おそらく治癒の術は効くだろう。

 しかしシリルの表情は変わらない。


「……過去、竜は現れる度に人々に恩恵を授けることこそあれど、一方的に人間を襲った記録はないと知った上で言う。悪意の有無はさておき、あれだけ警戒を露にしている相手に近づくのは自殺行為だ。この圧は理解できているだろう」

「はい。ですが、真に敵だとは見做されていないと考えます。様子は確かに探られていますが、威嚇をされているわけではありません。警戒されているだけです」


 ここで話している内容が伝わっているかどうかまではわからないが、ここにいる事自体に気づいている竜ならば、咆哮の一つや二つを相手に向けていてもおかしくはない。

 それがないと言うことは敵とまでは判断されていないか、もしくはすでにその力までないかと言うことだ。前者であればいきなり攻撃されるという恐れも少ないと思われ、後者であればそもそも攻撃を受けることもないとも考えられる。


「仮にこのまま一時撤退したとしても、近づかずに竜の治療は困難だと思われます。そうなれば、竜が死ぬのを待ち、魔物がここに集結するのを迎え撃たねば、新たに強力な魔物が生まれる事でしょう」

「……」

「本当に治癒ができるのかについては、近づかねば私にもわかりません。ですので、せめて近付けるか否かを測る事はお許しいただけませんか。相手は手負であっても強い力を持っているだろうことは想像できております。ですが、ここに留まっている状態から察するに、撤退した場合でも追ってくるとは思いません」


 そしてもし治癒ができたとしても、竜が自分たちを襲う事はないとアリアは考えている。竜は総じて礼儀を重んじる。特に、自身が認めた相手に対してはこれ以上ないというように、礼を尽くす傾向があるとエスタの時に学んでいる。

 もちろん竜にも個体差がある事は知っているが、少なくともそんな竜であればすでに何らかの敵意は現している事だろう。

 その点からも心配はあまりないと考えている。


「だが、お前も力を使った後に弱るだろう。攻撃があれば避けれない」

「力の加減には注意します」

「……引けと言った時には、必ず守るか」

「はい」

「なら、俺が前を行く。お前はついてくるといい」

「え?」

「何を驚いている。一人で見習いを行かせるわけがないだろう」

「ですが、よろしいのですか」

「危険性のことを言っているのであれば、その言葉はそのまま返す」


 確かに、その通りだ。

 そしてシリルが強い事はアリアもすでに理解できている。アリアの指導担当としても当然のことなのだろうが、想定外の言葉にアリアは少し戸惑った。


『一人で行かせるほど、薄情じゃありませんから』


 かつてエスタであった時、特にウィリアムから心配されるたびによくそう言って返されていた。

 それを他の人の口から聞くとは思っていなかった。


「何だ。やめるなら今だが」

「いえ、やります。やらせてください」

「そうか。なら、行くぞ」


 そうしてシリルは木から身体をずらし、竜からも見える位置に立った。

 竜はまだ動かないが、少し反応は示した。

 アリアもそれを見ながら、ゆっくりとシリルの一歩後ろに立った。



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