■第二十八話 演習(三)
木々の隙間を縫うように跳びながら走るアリアは、アストリーがついてきているか確認はしなかった。本人が問題ないと言っていたことに加え、気配は常に一定の範囲内にある。ならば振り返る必要はなく、ただただ前に進むことに集中する方が大事だった。
場所は最初の小鳥たちの仲間なのか、順次様々な鳥たちから伝えられる。
『もうすこしさきだよ』
『つぎにおおきないわがみえたら、たきのほうだよ』
『もうすぐそこだよ』
『きをつけてね』
徐々に現場に近づくことを小鳥たちの声から知ることができる。
ただしそれだけではなく、ただならぬ気配に近づいていることを身体が感じていた。
(独特の刺すような空気。この先に、いる)
一方、準騎士はまだ見当たらない。
この気配に気付いてすでに退避済みであればそれに越したことはない。それならばメデューサを刺激しない位置から観測したのち、出直せばよい。
(正直、私にとって正面から戦うと言う意味でメデューサは相性がいい敵とは言い難い)
離脱だけならともかく、倒し切るとなれば面倒だ。
だが、そんなアリアの願いは耳に飛び込んできた悲鳴によって掻き消された。
「エイフリート!」
「わかっています!!」
上官相手に相応しくない言葉だと言っている余裕はない。
アリアはさらに速度を上げ、やがて見えた見慣れた騎士服と魔物の影に向かって腹の底から叫んだ。
「目を閉じて!! 」
その声に準騎士たちが目を閉じたかどうかはわからない。
けれどメデューサが振り返ったことでアリアは口の端をあげた。
少なくとも準騎士たちから気を逸らすだけの時間は用意できたと言うことだ。
アリアは自分も目を瞑った。メデューサの目は目が合うことはもちろんのこと、視界の端に入れたことでも石化の力を受けてしまう。もとより物理攻撃も強い魔物であることから危険は伴うものの、今は目を開けているほど危険なことはない。
そして同時に息を止め、地面に向かって強い風を叩きつけた。
途端、メデューサが声とは言い難い声をあげた。
それを耳にしたアリアは風を操り、周囲に漂う砂埃などを吹き飛ばし、それから用心しつつ目を開く。メデューサは目を押さえて苦しんでいた。
「アストリー団長!」
「任せろ!」
アリアの呼びかけと同時に、アストリーがメデューサに切りかかった。
メデューサの皮は厚く、一撃では致命傷には至らなかったものの、その傷も更なる悲鳴を招くには十分なものであった。
アリアはそれを聞きながら、メデューサが再び目を開くことがないよう目の周囲に氷の魔法をかける。加えて、目が使えないメデューサが物理攻撃にシフトしても準騎士たちに被害を与えないよう、準騎士たちの前に氷の壁を築いた。
こうして援護することはエスタでも十分経験している。だから問題はない。そう、サポートという点では問題ないのだが……。
(でも、私が攻撃に回る余裕はない)
自分が前に出てしまえば、準騎士たちに注意を払うことができなくなる。
僅かに目の端で準騎士の様子を確認すれば、そこにいたのはヒルで、腕から先が石化しているように見えた。
その状況で混乱していないわけがないと思えば、撤退を促すことも困難だと想像できる。
(想定していた中でもかなり悪い状況ね)
今のアリアにはジャックが戦いやすいようサポートすること以外、できることはない。早々に魔力が尽きることはないと思うが、打開策が見つからねば意味がない。
ジャックの剣技がかなりのものであるのは現状を見ても明らかで、通常の魔物であればすでに討伐を済ませていることだろう。だが、相手がただの魔物ではないことが今の問題だ。
(何かもう一歩、メデューサを弱める手があれば)
必死でできることを探すも、答えはなかなか出てこない。
決して不利な状況ではない。でも、もしもあと一人でもいればーー。
そう思った瞬間だった。
「よく耐えた」
その声が聞こえたとき、自分の横を一筋の風が通り抜けた。
「ッ、スティルフォード!」
「少し避けてください」
そう言いながら突如現れたシリルは刀身に炎を纏わせ、そしてメデューサに切りかかった。それは先立ってジャックがメデューサに切り込んでいたところだった。
一撃を入れたシリルはそこで一旦下がった。
「状況は大体把握しました。エイフリートは引き続き援護を。アストリー団長殿、ベル団長の指示に従い、これよりシリル・スティルフォードが加勢させていただきます」
「詳しくは……また、後で聞こう。正直、助かる」
そこからは先ほどまでの状況と全く違っていた。
一対一ではどうやっても正面からの戦いになっていたのが、一対二となったことでメデューサに隙が生じるようになる。とはいえその隙というのもほんの僅かなものだが、二人ともそれを見逃すような技量ではない。
(これが正騎士)
まるでかつて見た仲間たちのようだと思いながら、アリアは援護を続けた。
やがて、メデューサが断末魔をあげ、地に伏した。
「……色々あるが、まずは怪我人の手当からか」
そう言いながらアストリーが準騎士たちに近づくと同時に、シリルもアリアの方へとやってきた。別任務に出ていたシリルと顔を合わすのは久しぶりなのだが、最初に出てきた疑問はシンプルだった。
「どうしてこちらに?」
「視察から戻ったら団長に様子を見てくるよう、万が一のことがあれば援護するよう命じられた。入り口で待機させられている正騎士から何やら部下が面倒ごとに巻き込まれていると聞き、それらしい方向を追ってきた」
巻き込まれたという表現が正しいのかどうか、アリアにはよくわからなかった。巻き込んだとまでは言わないが、どちらかといえば自分から飛び込んだような気はしている。ただ、それを言うとさらに詳しい状況を話さなければならないので、ここで話し始めていいものかと迷ってしまう。
(切迫した状況だったから本当にメデューサがいるとしても他から応援を呼ぶ暇はなかったんだけど……。二人の正騎士さんたちを置いてきたのは私の判断ではなかったし……)
そう考えたアリアは、細かいことを考えることはやめた。
シリルが多少怒っているような気がするので、後でジャックにフォローをしてもらいながら話す方がいいと判断したからだった。
だが、そう思った時地面が揺れた気がした。
地震かと思ったが、周囲の様子はそうではない。
「急激に魔力を放出したから身体が驚いたのだろう。あんな氷の壁を作ったことが今まであったか?」
「なかったかも、しれません」
少なくともこの身体になってからは、なかったはずだ。
「少し休め。後のことは後でいい」
「はい」
しかし休むと言っても戻らなければ休むこともできない。ならば早くに戻らなければと思っていると、シリルが腰をかがめた。
「ほら、乗れ」
「……もしかしておぶってくださるのですか?」
「お前、子供だろう」
返答としては質問にそぐわない気がしたが、シリルは大真面目だった。
(でも、甘えさせようとしてくださってるのだから断るのも変かな)
むしろ、逆に怒られる気もする。
そう思ったアリアは素直におぶられることにした。そして、そこで自分の身体が思っているより小さいこと、そしてシリルの背中が思っていたよりも広いことに気がついた。
(うん、つまりまだまだ私にも伸びしろはあるはず)
そう思いながら、こっそりと気合いを入れた。