■第二十七話 演習(二)
沼までの道中、足場は悪いどころではなかったが、沢も草むらにも大きな問題なく、比較的順調に進むことができた。初めはアリアは魔法で地面を歩きやすいようにしようかと思ったのだが、さすが皆準騎士とでもいうべきか、普段通りとは行かないまでもスイスイと歩いていた。
それは、作戦会議をしながら歩けるというほどに。
「ジャイアントフロッグとなれば、水球の攻撃が代表的ですよね」
「確か溶解成分を含んでいますね、かからないように気をつけなければ」
「それは安心してください、魔法で私が制御します」
「頼もしいな。では、エイフリートには後衛でサポートを願います。私がエイフリートに近づく魔物は倒しますので、集中してもらって構いません」
「となると、フォスター様はアリア様の護衛に回られますでしょうから、前衛は私たち二人ですね。がんばりましょうね、マーシャル様」
「……さすがに指令役の班長を前に出すのも如何なものとなるのもわかるし、こればかりは仕方がないか。蛙は嫌すぎるけど」
そうしてとんとん拍子で役割が決まり、沼にも到着した。
沼にいたジャイアントフロッグはニ匹だが、それよりも大量の卵が生み付けられていることが問題だ。
(つがいがこの森にやってきた、というわけね)
これが増えると厄介なことになる。
そう思ったのは、他の三人も同じだった。
幸い、戦いは順調に経過した。
跳躍力に優れるジャイアントフロッグは遠距離の攻撃を仕掛けてきたが、アリアの魔術で攻撃方向を逸らすことができたので困ることはなかった。
とはいえ、本来ジャイアントフロッグは直接攻撃もそれなりに強力だ。だが、思う方へ攻撃できないことからの混乱か、ジャイアントフロッグは本来の攻撃に集中していないようであった。二匹をカリーナとオスカーがそれぞれ担当したこともあり、アリア自身へ直接攻撃のおそれがほぼなくなったと判断したセドリックが指示と援護を担いつつ、全員無傷で討伐は終了した。
「よし、おしまいですね! ……でも、これを運ぶのは大変ですよね。卵も山のようにあるし……。そしてやっぱりヌメヌメしていて滑りやすそうで」
「でしたら、私が運びましょう。教官を呼んで戻ってくるのも大変ですし」
そう言うや否や、アリアは風の魔法でジャイアントフロッグとその卵をすべてまとめて浮遊させる。
「もっと運びやすいよう解体もできるのですが、規則がありますし、このまま運ぶしかありませんね」
ジャイアントフロッグの胃には時々水の魔石ができていることがある。
また、薬の材料になる臓器もあるため、路銀の足しにしたことも過去にはあった。
「え、エイフリートは解体までできるのか? 侯爵令嬢だろう?」
それはカエルが気持ち悪くないのかということだろうか、それとも解体自体と令嬢に違和感があるのかアリアにはわからなかったが、いずれにしても些細なことだ。
「身分に関係なく、騎士に必要なスキルは身につける所存です」
もともと身につけていた技術ではあるが、これからも新たなことに対してそのようなつもりでいることには変わりない。そういう気持ちでアリアは笑った。
すると、カリーナが感心したように頷いた。
「準騎士になってからまだ魔物の解体を学んだことはありませんが……たしかに今後必要になりますね。私も予習しておきます」
そう、感心されたように言われることには、少し恥ずかしさも感じてしまった。何せ、おそらく解体など特殊な状況でしか必要にならないだろうから。
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そして集合場所に戻ると、想定されていなかった魔物の討伐と大量のたまごに待機していた正騎士たちが驚いた。
「これは……よく見つけたな。増えていれば、山狩りが必要になっただろう」
「しかもあなたたちの班は出発は最後だったはず。いったい、どこで?」
それらの質問に対応するのはセドリックの役目なので、アリアは次の出発に備えて周囲を見回し、情報収集につとめていた。
すると、空から最初にアリアにジャイアントフロッグの情報を伝えてくれた小鳥たちが舞い降りた。
『ありがとう。かえる、いなくなってた』
『これで、なかまもおそわれない』
その声を聞いて、アリアも嬉しくなった。
『だから、おしえてあげる』
『さっき、ほかのとりがいってた。めでゅーさがでたって』
「え?」
メデューサといえば、蛇の髪を持つ女の魔物だ。石化能力を持つ、魔物の中でも危険度の高い魔物だ。
だが強い魔物というだけあって、このような場ではなく本来はもっと魔力の濃い位置にいる。
(まずいんじゃ)
そんな魔物と遭遇することをこの場では想定されていない。
経験が浅い準騎士が対峙したところで混乱を生じさせることは目に見えている。なにせ石化した場合の解除方法など、回復魔術以外にないのだから。
『そっち、しろいふくのにんげん、むかってた。ここにいる、しろいのとおなじ』
アリアはその声を聞いてさらにまずいことを理解した。演習の範囲内にメデューサがでているなかで、どこかの班が遭遇する。
(今から追いかけて間に合うの? それに、さすがに班でとなると、リスクもある……!)
同じ班の面々がまじめで伸びしろが大きいことは分かっていても、今はまだメデューサと対峙させるのは危険なことは理解できる。
なにより、自分が追いつくためには最速でスタートする必要がある。
「……エイフリート、今回の件について、おまえからも報告を……どうした?」
「アストリー教官、一つお願いがございます」
「なんだ」
「先日の『貸し』を、ここで返してもらってもよろしいでしょうか?」
「なんだ、急に。……まぁ、言ってみなさい」
「一時的に単独行動を申請いたします。……非常にやっかいなことに、メデューサが現れた可能性があり、準騎士が遭遇する恐れがあるため救援に参りたいと考えております」
「なっ」
その短い言葉に感情は集約されていた。
「メデューサは十分な準備をせず、ましてや準騎士が戦える相手ではない。知っている知識も、容貌と石化能力くらいではないか」
「はい。残念ながら私も証明は不可能です。ですが、早急に準騎士に接近し退避を促したく存じます」
「……状況は理解した。だが、お前も準騎士だ」
それは心配故にというものではなく、上官としての言葉だとアリアは理解した。部下を犬死させるわけにはいかない。まったく能力を把握していない訳ではなくとも、ジャックがアリアの力を知るのはあくまでカリキュラムに沿った事柄だけだ。
しかし渋られることはアリアも承知の上だ。
「しかし現状メデューサの可能性を感じているのは私一人かと思います。被害を最小限に食い止めるためには、偵察も必要でしょう。私も一人で戦うつもりで向かうとは申しておりません」
実際、アリアも現在は鳥の声を頼りに状況を把握しようとしているだけだ。どれほどのものなのか、随分曖昧な状況でもある。
「……わかった。ただし、単独では許可できない。私も行こう」
これにアリアは目を丸くした。
「エイフリートが先陣を切れば、私は追いかける。置いてけぼりにするかもしれないとは心配しなくていい」
そこまで言われれば、アリアも否定することはなにもない。その様子を確認したアストリーがほかの正騎士二人を呼び、詳細は伏せたものの想定外の事態が懸念されることを伝え、他の準騎士が戻り次第、再出発せぬよう待機をするよう指示するように命じた。
「行くぞ」
「はい。では、少し飛ばさせていただきます」
アリアはそうすると、足に風を集中させて大地を蹴った。




