■第二十六話 演習(一)
考課測定を経て、演習当日。
晴れてはいるものの雲が出ているため、討伐には都合がよい天候の元、アリアたちは森にいた。
「注意点については事前に説明したとおりだが、念のため確認しておく。魔物を狩った場合は基本的に持ち帰るが、巨体等持ち帰りが困難である場合は地図に記載し、報告に戻るように」
魔物を放置していることにより環境が悪化することは稀だが、種類によっては発生することもある。この指示は経験の浅い準騎士に判断させるのは危ないとの配慮からなのだろうとアリアは思った。また、加えて魔物の中には素材として売れるものも存在する。必要な物資の多い騎士団にとって、資金と成りうる物は大切だ。こちらもそのまま放置して良いものではない。
「では、演習を開始しよう。各班は事前に決めている順に出発するように」
その指示を受け、アリアも同じ班員と共に出発前の準備を始めた。
アリアの班にはカリーナのほか、セドリック・フォスターとオリバー・マーシャルという二人の少年だった。二人ともフォスター家、マーシャル家と伯爵家の子息であるものの、ともに三男ということで自活のために騎士を志したらしい。
この四人で班を組んだのはくじ引きによる偶然であるのだが、二人の少年も非常に気さくな雰囲気なので居心地は悪くない。
ただ、そんな二人でもやはりアリアが準魔騎士として任じられたことには驚きを隠せなかったと言っていた。
「失礼ながら、エイフリート嬢はかなり小柄でいらっしゃいますから。同年代でも小柄な部類な方ではありませんか?」
「背丈を伸ばせるよう食事の工夫をするなど努力はしているのですが、なかなか伸びませんね」
「けれど、その体格でアストリー教官の剣技を受け止めていらっしゃったでしょう。正直、この演習に参加している者の中にも見極めで吹き飛ばされた者は少なくないんですよ。私もその一人ですから」
そう、少し戯けたように言うセドリックにアリアもつられて少し笑ってしまった。そんな中でオリバーがわざとらしくため息をついた。
「セドリックは今日のリーダーだろう? そんな過去の話なんてよしておいた方がいいんじゃないか? 縁起が悪いと思うが」
「縁起を担ぐのであれば、班員だけでなくリーダーまでくじで決めることなどアストリー団長もされなかったでしょう。それがよりによって私に当たった挙句、出発順のくじまで最後を引いてしまうとは……本当に申し訳ない限りです」
縁起の云々のことよりも、セドリックはどちらかといえば自分がリーダー役になったことを気にかけているようだった。
もちろん、そんなことをほかの三人は気にしていない。そもそも……。
「班員の誰がリーダーになっても問題ないとの判断から、教官もくじで決めることにされたのでしょう」
「そうですよ、アリアさんの仰る通りです。まぁ、私はついて行く方が好きなので当たらなくてよかったと思ってますけど!」
アリアの言葉に続いてカリーナは楽しげに言った。これは本心なのだろうなと、アリアも苦笑しつつ口を開いた。
「出発順にしても、これだけ範囲は広いですから。仮に開始が四半時程度遅れたところで影響は薄いですよ。終わり時間も一応考慮されますし」
「でも、有名な狩り場は他の班に取られた後でしょう。探すことに時間がかかるのが申し訳なくて」
「そんなことはありません。逆に新しい問題場所を見つけるチャンスを得たと思えばいいのですから。とても大事なお役目ですし、やりがいがあるではありませんか」
出やすい場所があるならそこを放置するわけにもいかないが、そこに全ての問題が詰まっているわけではない。確かに討伐の成否は実績に関わる部分であり見つけにくいリスクもあるが、少なくとも強さを問わなければ魔物がまったく見つからないようなこともないだろう。何せ探索範囲は広いのだ。
「でも、せっかくです。私は探索係に立候補させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
アリアの提案に三人は目を丸くした。
「探索……? それは地図と魔物特性を照らし合わせながら考える役、と言うことか?」
「いえ、それももちろんありますが、私は周囲の状況を少し把握しやすい力がありますので」
何せ、動物の声を聞くことができるのだ。
幸い少し離れた場所ではあるものの、小鳥がこちらを窺っているのが見える。おそらく近づいてしまえば逃げられてしまうと思ったアリアは、声を風の魔法に乗せて届けることにした。
『この辺りに魔物はいませんか? あなたたちの生活に支障はありませんか』
すると、小鳥は鳴いた。
それはアリアのところまで十分届く音で、自動的に翻訳されていく。
アリアはそれを聞いて、班員の方へと振り返った。
「沢の上流に赤い葉の木があるようです。地図には示されていませんが、そこから東、草が生い茂る場所を出ると沼があるとのことですね」
「すごい、今の風だけで場所を読んだのですか!?」
「ただの風ではありませんから」
アリアが風に声を乗せたせいで、カリーナ達には声は聞こえていない。
当然鳥の声もただの鳴き声に聞こえているのだから、驚くのも無理はなかった。しかしそうなると信じてもらいにくいかとも思ったが、疑われるようなことは一切なかった。カリーナはただただすごいと連呼し、他の二人はもはや沼という言葉に注目していた。
「しかし沼? 水棲系の魔物でしょうか?」
「いえ、どちらかと言うと蛙さんのようですね」
アリアの答えにオリバーとカリーナが顔を引き攣らせた。
「蛙……と言うことは、ジャイアントフロッグか……?」
「肉食ですし、強い個体が沢を下って村に出れば家畜が襲われそうですよね。それに、増えるのも早いし、退治しないと……。それほど強敵ではないし、でも……」
「「ただただヌメヌメが気持ち悪い」」
顔を引き攣らせるには、おそらく十分な理由なのだろう。
けれど、別の場所はないのかとは二人とも尋ねることはしなかった。
ただしハズレクジを引いたという表情は消えなかったが。二人からすれば、獣のような魔物の方が良かったのだろう。
(……でも、その気持ちは少しはわかる)
エスタも当初ジャイアントフロッグは苦手であった。しかしその後、腐乱した魔物と戦ったことを思えば、多少大きくてヌメヌメした蛙だ。臭くないだけ幸いだ。
そして幸いにもセドリックは「ああ、蛙か」とあまり拒否反応を示さなかったので、少なくとも心配はなさそうだと思ってしまった。
もっとも他の二人も場所を変えようとは言わず、戦うつもりでいることが心強く、頼もしいと感じてしまった。