■第二話 騎士への挑戦
「具体的に見極めるにはどういう手段をとるんだ」
「アリアがどのような手を使ってでも、私に一太刀入れられるなら素質があると思います」
豪快に笑いながらブルーノは言うが、オスカーはげんなりした顔を見せた。
「それはあまりに意地が悪いのではないか。大人で、しかも腕に覚えがある者に対し子供が挑むとなると勝算は薄い」
「しかし兄上はとても後ろ向きにお考えだとお見受けします。それならば、諦めなければならない理由を明示するのも大人の務めでしょう」
どうやらブルーノもアリアが勝つと思っての提案ではないらしい。
(それもそうよね、普通に考えれば勝てるような相手ではないもの)
ブルーノの腕前がどれほどなのかは知らないが、今の話を聞いた時点で、少なくとも幼女に負ける要素がないことは理解できる。
(でも、私にとっては機会が与えられたことこそ幸運だわ)
なにせ、アリアはただの幼女ではないのだから。
「では叔父さま、どのような手を使っても一太刀入れられたら私の勝ちでよろしいですね?」
「ああ。そうだな、積極的な攻撃はしないが無抵抗にやられるわけじゃない。反撃くらいはするぞ」
「ありがとうございます。では、まず私に一年のお時間を下さいませんか? その間に色々と準備いたします」
アリアがにっこりと笑って言えば、ブルーノは目を見開いてから大きく笑った。
「ああ、もちろん! そうだな、準備は大切だ。いきなり挑戦するんじゃないとは、さすがは兄上と義姉上の子だ。非常に聡いな」
しかしそれでもブルーノはまだ負けるとは思っていない様子だった。
ただし決して馬鹿にしているわけではなく、とても好意的でもあった。
(大丈夫、秘策はあるわ。それに油断をしてもらえるならそれに越したことはない)
体格差をはじめとして不利な要素が多くある中勝負に出るのだから、自分に有利になる要素など削るわけにはいかない。
そう思ったアリアは、ブルーノと同じく穏やかに笑ってその場を凌いだ。
そして、その夜からアリアは自室で訓練を開始した。
筋力や体力についても適度に鍛えていくつもりだが、体格の問題で限度がある。
だから中心となるのは魔力の訓練だった。
千年前でも少数派ではあったが、現在魔力を使うことができる者はとても希少な存在になっている。そのためともに魔力を持たないアリアの両親は自分の娘に魔力があるなど露程も思っていなかったようだが、記憶を取り戻したアリアは自分が非常に多くの魔力を保有していることに気が付いた。
(さすがに身体が小さいから前世ほどじゃないけど、前世の子供時代よりは持ってるかな?)
ならば、体格の不利を覆すほどの魔力操作を身に付ける必要がある。
前世で旅に出る前は治癒魔術しか使えない状態ではあったが、旅を通して身体強化や防御障壁など補助魔術を獲得した。方法は今でも覚えているが、身体に馴染ませることや、前世は他者にかけていた魔術を自分にかける練習は必要だ。
(水と風の攻撃魔術も仲間から教えてもらったけど……まず、私がどれほど力を制御できるのか調べないとね)
そう思いながら、まずはボウルに貯めた水に向かって力を放った。
すると開けていた窓から吹き込む風に揺られていた水面が、みるみるうちに凍てついた。
「うん、だいたいはイメージ通りに使える……かな?」
しかしせっかく一年の猶予を得たのだ。
焦ることなく状態を仕上げ、万全の状態で挑みたい。急いで良いことがあれば別だが、まだ八歳だ。仮に今将来騎士になることを許されたとしても、今すぐ何かができるとも思い難い。
(その間に改めていろいろ常識の勉強もしなければいけないわね。いかんせん、古すぎる常識もたくさん思い出しちゃったし……)
今の世の常識も八歳児が理解できる範囲では知っているが、大人の世界の常識はまだまだ知らない。
将来周囲から浮かないようにしようと思えば、その辺りの知識もしっかりと身につけなければいけないだろう。
ならば……。
「明日からは国語の勉強も増やしていただかなくてはいけないかしら」
千年前の知識の副産物で、思わぬところで古めかしすぎる言葉を使ってしまう可能性もある。他にも生活の上での知識も今ではやっていないようなことも思い出している可能性があるので、色々と洗いださなければいけないとも思う。
(思った以上に、たくさんやることができたかもしれないわね)
大変だと思う半面、アリアの心はとても躍っていた。
たくさんの色々なことができる。明日も、色々なことができる。
なんとも思っていなかった日々が、とても大切にしなければならない毎日なのだと、これからまだまだ新しい楽しみも見つかるんだろうなと思えば、その日は自主訓練を終えたあともなかなか興奮が収まらずに寝付くことができなかった。
しかし、幼い身体の体力の限界を迎え、ようやく眠ったその後。
アリアは千年前の夢を見た。
それは湖畔で、初めて王子と出会ったときの夢だった。