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■第二十五話 進捗報告


 白騎士団の学舎に通い始めてはや三日。

 授業が終わった後、アリアは現状報告のためジェイミーの執務室を訪ねていた。


「状況はどうですか?」

「今日も楽しく過ごしました。友人とのやりとりはとても楽しいですね」


 カリーナとはあの後も仲良くやり取りしており、今は寮で本の貸し借りや、休日に買い物に行く約束までするくらいに仲良くなっている。

 一応カリーナもアリアが侯爵家の令嬢であるということは周囲から伝え聞いたようだったが、それでも最初に気楽に話したことがあってか、あまり気にしていない様子だった。アリアもそれは幸いだったと思っている。


「それはよかったです。では、ヒルの様子はいかがですか?」

「そちらは相変わらずです」

「相変わらずですか」

「はい、予想されている通りだと思いますが、進捗はゼロです。今日もアストリー隊長から注意をされていらっしゃったのですが、その後八つ当たりで睨まれました」

「……何があったのですか?」


 今日は丸一日、武術の訓練を行う日であった。

 アリアは事前に身体強化魔術の使用をジャックに申請し許可を受けていたので、本来の体力では圧倒的に劣る状況でもそれなりに上手く授業をこなしていた。

 だが、問題は手合わせの時に起きた。

 手合わせの相手はジャックが決めていると予め説明を受けていたが、ケイレブはアリアとの手合わせを望み、自らアリアに向かって申告した。

 アリアは申し出を受ける権利がないと伝えたものの、納得しないケイレブは次にジャックに申し出を行った。ジャックは変更するだけの理由がないと却下したもののケイレブが食い下がったため、授業の妨害として注意処分を受けることになったのだ。


「ちなみにアストリー隊長が却下なさった理由は私の実力が不明確であったため、まずは隊長がお相手をしてくださり、適当な相手を見つけてくださる予定を立てられていたからです」

「ということは、アリアはアストリーと手合わせをしたのですね?」

「はい」


 今回はブルーノと戦った時とは異なり、不意打ちから始めるようなことはしなかった。

 どのような手段を使ってでも勝たなければいけない場面ではない以上、強者と手合わせをできる機会をそのような形で終わらせるのは望ましくもない。

 前衛として戦った経験がないアリアにとって手合わせは貴重な機会だ。


(そう思って挑んだけれど……やっぱり間違いじゃなかった)


 隊長を任せられるほどの実力を体験できる機会はそうそうない。今回だって、本来なら準騎士と手合わせをする場面であったのだ。

 アストリーの剣筋自体はなんとか目で追えるものの、身体強化魔法がなければ反射は追いつかないし、何より簡単に吹っ飛ばされるだろうことは予想がついた。


(単に私が幼い体格だからというより、鍛えていらっしゃるからというのがとてもわかった)


 それはシリルから感じたものや、ブルーノから感じた気迫と同じ部類だ。

 そしてもう一つ気づいたことは、思った以上に自分を強化しながら持続して戦うことは難しいということだ。慣れの問題もあるかもしれないが、仲間三人をどのようにサポートしていくか考えるより、自分を強化しながら戦うことの方がアリアにとっては難しかった。


(うまく言い難いけれど……。人を強化するときと、自分を強化するときだと観察すべき方向が違うっていうのかな?)


 しかしいずれにしても強化がなければ、今日のジャックとの手合わせも一瞬で終わってしまっていただろうと思う。


(もう少し、強化がなくても強くなれればいいな)


 もちろん強化魔術が悪いとはまったく思っていない。けれどそれを改めて実感したことで、もっと剣技を磨いて少しでも強くなり、強化前の実力を底上げすることができれば……その時は、もっと強い騎士になれるかもしれないと希望が湧く。


 アリアが心の中でそんなことを思っていると、ジェイミーは苦笑いを浮かべていた。


「ちなみに、何分くらい手合わせは続いたのですか?」

「正確ではありませんが、おおよそ四分程度だったと思います。あれ以上続いていると、私も身体強化の魔法が切れそうでしたので中断していただけて助かりました」

「……ということは、その時間内は受け切った上、攻撃も行っていたのですね?」

「はい。なんとか、と言った具合ですが」

「そうですか。それだとさぞかしアストリーは肝を冷やしたでしょうね。とても良いことです」


 ジェイミーは頷いているが、肝が冷えたのはアリアも同じだ。

 教官に負けたとしても当然のことと本来なら受け入れられるだろうが、あまりにあっさりと負けてしまえば魔騎士の評判を落としかねなかっただろう。特にケイレブに文句を言わせないためにも、ある程度戦えるというところを見せなければいけないのは確実だった。


(明らかな魔術を使う訳にもいかなかったから、本当に緊張した)


 そして見極めというのだからもう少し指導に近い手合わせかと思っていたが、ジャックの顔はかなり真剣だった。それは、まるで戦場にいるようだったと言っても差し支えはないほどに。


「しかし、特別困っている様子がないのは幸いです。明日はどのような予定が入っているのですか?」

「明日は定期考査が行われると聞いています。私については参考程度……もしくは、体験学習のような雰囲気だそうですが」

「妥当なところですね。もっとも、初日の自己紹介事件の話を聞いていた限りではまったく問題ないとは思いますが、あなたの成績をつける場所がありませんからね」

「対話はある程度誤魔化せますが、ペーパーテストは別ですので良い結果を出せることも私としては助かりました」

「謙遜を悪いとは言いませんが、あまりに過ぎるとまたヒルを怒らせますよ」


 冗談っぽく言われて、アリアも思わず苦笑した。

 謙遜のつもりはないのだが、ケイレブに関しては現状何をやっても気に触るだろう状況だ。だから『そんなことはありません』などと断言できない。


「それから、明後日は定期討伐の演習が予定されているそうです」

「ああ、もう定期討伐の時期なのですね」


 定期討伐は準騎士の学習兼仕事の一環で、騎士から見て強大とまでは言えないが、一般住民にとっては脅威となり得る魔物を駆除する演習で、今回の現場は山の予定だ。

 さほど強いとは言えないとはいえ、放っておくと脅威へと成長しかねない魔物を倒すことは重要なことであるし、基本的な戦い方は準騎士としても将来の役に立つ。

 初日、アリアは同じ教場内の準騎士たちの現場経験が薄いと感じたのは間違いではなく、模擬戦を除けば実際に彼らが経験している演習は現在のところこれだけだということらしい。


「アリアは魔物と戦ったことはあるのですか?」

「はい、何度かございます」

「そうですか。準騎士たちはこの定期討伐でしか魔物との戦闘経験はないと言っても過言ではありません。不慣れなことも多いため、気づいたことがあれば指摘してあげてください。怪我をしかねませんから」

「かしこまりました……が、私も準騎士ですから」


 あまり細かなことにまで言えば、驕っているとも捉えられかねない。

 そう言外に含ませると、ジェイミーは肩をすくめた。


「大丈夫でしょう。アリアは歳の割に駆け引きには慣れているように思いますから」

「ご期待に添えるよう、努めます」


 苦笑交じりではあったものの、アリアはそう返事した。

 少々のことならサポートで済ませるだろうが、怪我につながるようなことがあるなら止めなければならないことも理解している。


(でも、何事も起こらないのが一番なのだけれど)


 ただ、この頃からほんのりと嫌な予感だけはしてはいた。


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