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■第二十二話 そして、体験入学


 話がまとまった翌日から、さっそくアリアは第六騎士団への短期異動をすることになった。

 アリアがジャックに案内されたのは準騎士たちが集まる教場だ。

 第六騎士団では座学と実技および演習を行っていると軽く説明は受けている。


 ジャックに続きアリアが入室すると教場内はざわめいた。


(自分たちより随分年下の黒騎士が来たら、びっくりするよね)


 しかも、昨日の今日だ。

 おそらく、アリアが今日からここで学ぶことなど、ろくに伝わっていないだろうことが想像できる。

 そんな中でヒルがこちらを見ていることにも気付いたが、あえて目を合わすことはしなかった。そんなことをすれば、面倒ごとになる可能性が上がるだけだ。


「突然だが、先日準魔騎士として入団した者を紹介する。アリア・エイフリートだ。エイフリートは昨日、初日の警邏に出てさっそく見事な功績を挙げている」


 それは盛っているのではないかとアリアは思った。

 自分が捕まえたのはスリの一件だけだ。功績という言い方だと、もっと大きな何かを成し遂げたようにも聞こえてしまう。

 しかし「エイフリート、自己紹介を」と促されれば、それを解説するような空気ではなくなってしまっている。


「アリア・エイフリートと申します。この度、アストリー隊長のご好意でこちらで学ぶ機会を頂戴しました。皆様、よろしくお願い申し上げます」


 しっかりとした自己紹介になったとアリアは思うが、それでも依然準騎士たちの違和感は残っていることだろう。それは理解できる。だが、このままではアリアとしても色々とやりにくい。


 そんな中、一人の少年が挙手をした。


「アストリー教官。一つお尋ねしたいことがございます」

「マルサスか。発言を許可する」

「ありがとうございます。エイフリートは先日入団したばかりだと先ほど仰いました。失礼ですが、先日入団したものがこの教場で学ぶことを、適切だと教官はお考えですか」

「具体的な懸念事項は?」

「私たちは一年以上、この場で学んでおります。魔騎士の選抜規定については私は詳しくありませんが、同じ見習いであれば同等のことを学ぶには相応の時間が必要ではありませんか」


 なるほど、言っていることはもっともなことだ。

 確かに編入させるには少々適切な時期をずれている。

 実技はともかく、座学において同様の時間学んでいるのかと疑いたくなっても当然だ。


(もっとも、私も叔父様に認めていただけたくらい、学習の進捗具合には問題もないとは思っているけれど……)


 実際、ここに来る前に教本は一通り見せてもらったのだが、特に深く疑問に思うことなどは書いていなかった。一部初めて聞くものもないことはないが、聞いたことがある、知っている、などといったことがほとんどだ。

 ただ、それは一見してわかるようなものでもない。


(でも、本当に能力への懸念のみを見て発言したかというと怪しいわね。隣にいるヒル氏が小声で指示を飛ばしているようにも見えてしまったし)


 だが、仮にこの発言がケイレブの考えであっても、その疑問自体は他の準騎士が抱いてもおかしくないものだ。

 それならば、この懸念を払拭するのがアリアにとっての最初の仕事になるだろう。


「アストリー教官。発言をお許しいただきたく存じます」

「許可する」

「ありがとうございます。マルサス殿は私の座学の能力について心配してくださっているご様子ですので、安心していただくために、この場でご確認いただければと思うのですが、いかがでしょうか」


 アリアの提案にジャックも僅かに目を見開いた。


「具体的には?」

「マルサス殿にご協力いただき、能力を測るための問題を出していただくのが良いかと考えます。ご懸念くださるほどの方ですから、見極めに相応しい問題を出してくださると思います」


 アリアの発言に準騎士たちは騒つき、マルサスも困惑の色を隠せていなかった。


(少し賭けにはなるけれど……これで成功すれば、当面は安泰のはず)


 知らない事柄を問われる可能性も考えられる。

 しかし教本の内容であれば回答できるだけの自信はある。教本にない内容が問われる可能性も考えられるが、カリキュラムを組まれている以上、突拍子もないことをしているとは考えにくい。


(叔父様からも座学については問題ないと認めていただいているし、分が悪い賭けではないはずだわ。それに、『見極めに相応しい問題』でなければ、きっとアストリー隊長が止めてくださる)


 とは言え多少は緊張もあるのだが、平静を装いつつアリアはジャックとマルサスの反応を待った。


「なるほど。では、マルサス。エイフリートに出題することに同意できるか?」

「は、はい」


 想定外だっただろう状況にマルサスは狼狽えていたが、ここで降りることも出来ないのだろう。そんな折、隣で小さくケイレブが口を動かしたのが見えた。

 ほんの少しだがマルサスが頷くように首を動かしたことから、ケイレブが何か伝えたのが見て取れた。

 直後、マルサスはアリアに向き直った。


「……では、質問を。貴女は指揮官の資質について、何が大切だと考えていますか」

(あら、なかなか意地悪な質問を選ばれたのね)


 ただしそれは嫌がらせという意味ではなく、難問という意味である。 

 経験の浅い騎士が指揮官になるケースはあまり想定されない。

 しかし一般兵を指揮する際や、同時期に拝命した者同士で隊を組む場合は必要になることも想定できる。だが、それも入隊二日目の準騎士であれば意識しにくいものだとも思う。


(どうやらヒル氏は勉強はしている人なのね)


 しかし、アリアにとっては答えられない問いではなかった。


「正解が幾通りもあると思われる問題ですので、私見を述べさせていただきます。また、具体的な例示がないようですので、第一線の指揮官かつ小隊を率いている場合だと想定してよろしいでしょうか」

「そ、それで構わない」


 アリアの確認にマルサスは動揺し、また、ケイレブも少し眉を動かした。

 それはアリアに焦りの色が見られないことに対する警戒のように感じられた。

 しかしアリアはそれに気付かないふりをして、調子を変えずに口を開いた。


「まず前提として、指揮官には素早く決断する力が必要でしょう。後方……机上であれば熟考してよい案を出すべき場合も多いと存じますが、刻一刻と状況が変化する前線では熟考が命取りになることも少なくありません」


 それは戦っている相手が人であれ獣であれ同じはずだ。

 いかに早急に処理できるかということが、少人数では大事になることはエスタの時に味わっている。


(ただ、このような回答だけで納得などしていただけないでしょうね)


 不正解だと言われるとまでは思わないが、当たり障りのない答えにしか聞こえないことは承知している。しかし出題に具体性がない以上、アリアも今はこれ以上のことが言えはしない。


(だから、遠慮なく続きの質問をくださいな)


 マルサスもこれで終わりだなどと言えるわけがない。


「……下した判断が間違っていた場合、どうするべきだと考えますか」

「速やかに対策を講じた上で作戦の修正が必要です。判断が遅れれば更に被害が拡大し、部下に不信感を植え付けると考えております」


 やや間を置いたマルサスに対し、アリアは即答した。

 しかしこの問いもやや抽象的なものだと感じ、このままだと決着させにくいとも思ってしまう。どういう対策を取るかということも、戦場の例が出なければ返答できない。

 だが、マルサスは再びなんとも言えない表情を浮かべる。


(もしかして、例が思い浮かばない……? この教場では、まだ実践経験がないか少ないということなのかしら……?)


 それならば質問に具体性が欠けていることも理解できるし、マルサスが戸惑っていることも理解できる。言わないのではなく、言えないのだ。教本にある騎士の心得は学んでいても、まだそこまでだということなのだろう。

 さらにこの問いを選んだであろうケイレブが以降の質問の手助けをしないことも、それを確信するだけの材料となった。


(それなら、ここは勢いよく押し切ってしまおうかな)


 下手に長引かせても、おそらく解決できないだろう。

 かといって下手に自分から具体例をあげようものなら、得意な問題に誘導したと思われるかもしれない。

 そう判断してからアリアはにこりと微笑んだ。


「先ほどの回答に付け加えさせていただきます。先ほどは誤判断への対処について尋ねられましたが、その対処へは予め戦力の認識を深く持っておくべきだと考えております。小隊長には分隊長、班長クラスの能力や特性を理解した上で運用することこそが、被害を最小限に抑える要因になると考えます。小隊には予備兵力もないため、指揮官自身が戦闘に加わる可能性を予め強く認識し訓練に励む必要もあるでしょう」


 アリアが言葉を続けたからだろう、マルサスは表情をより硬くした。


「……ずいぶんと用心して考えておられるのですね。では、それでもなお危機から脱せない場合は、どうすべきだと考えますか」

「その場合、一番大切なことは冷静さを失わないことだと認識しています」


 この言葉にマルサスは目を瞬かせていた。

 そのような当たり前のことを、なぜ今になって言うのかとマルサスの表情が語っている。だからアリアは重ねての問いを待たずに返答した。


「人は緊張すると全身の筋肉を硬直させてしまいます。結果、思考は鈍り、本来できたはずの判断が下せなくなります。ですから、まずは冷静さを失わず、安全な場所まで後退すべきです。もっとも、想定されている戦闘状況次第で撤退すべきか否かは変わりますし、その状況に陥らないためにも判断を誤らないことが大切ですが」

「……そうですか。では、質問を変えます。先ほど『戦闘に加わる可能性』と仰っていましたが、普段は指揮官は戦うべきではないとお考えなのですね?」

「はい。小隊長が率先して戦うことで全体の視野を狭めれば、不意打ちを食らう可能性を上げることになります。鼓舞する意味で戦うべきだという主張もあるとは存じていますが、危機を排除することも小隊長の役目かと。ただし先ほど申し上げたとおり、必要に応じて戦うことは必須ですし、率先垂範し訓練に励むことが望ましいとは考えております」

「その指揮官がたとえ強者でも、ですか」

「指揮官は指揮能力の高さを認められ任ぜられると認識しています。指揮ではなく戦闘に重きをおくことを希望するのであれば、司令塔になるべきではないと考えます」


 マルサスは少し考え込んだ様子であったが、アリアはこれ以上、問いかけが重ねられることはないだろうと思った。

 特に指揮官の戦闘の是非については尋ねた後から、マルサスの表情が少し苦しい。尋ねるべきではなかったと、思い出したのだろう。


(確か、教本にも小隊長の役目としての基本は載っていたはず)


 主張は様々であるし、実際には戦う者がいてもおかしくはないとアリアは思う。それは、もはや能力次第だ。

 しかし、あくまで基本的な回答をするのなら、アリアの回答で問題はない。


「質問は以上でよろしいでしょうか」

「……はい、問題はありません」


 ヒルが何か言いたげな顔になっているが、かといって次に自分が挙手するということまではしないらしい。

 アリアはそれを確認してからマルサスをまっすぐ見た。


「では、次はこちらからもお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 アリアの言葉にマルサスは動揺で瞳が揺れた。



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