■第二十話 報告と提案
その後、ジェイミーの執務室でアリアたちは警邏中の出来事を簡潔に報告した。
「なるほど、初日からお手柄ですね。二人とも、お疲れ様です」
「詳しい報告については後日衛兵から届くことでしょう。こちらは日誌に記す程度に留める予定ですが、よろしいですか」
「ああ、それで構いませんよ。それから……アリアはすごく物言い足りなそうな顔をしているけれど、何か他にも報告事があるのかな?」
「……実は先ほど、準騎士の方と少々口論になりまして。私が決闘を申し込まれたのですが、許可が出ないだろうとスティルフォード様が仰ると新人戦に出るように仰いまして」
アリアがそれを言い終えた頃には、ジェイミーは頭を抱えていた。
「だ、団長……?」
「ケイレブ・ヒルですね。一緒に戻って来た時に絡まれたことを考えると、シリル、あなたもまだ絡まれているのですね」
「団長もよくご存知の方なのですか?」
「ヒルはシリルのことを目の敵にしていますから、知らないままでいる方が難しいですよ」
「俺は何もしていませんが」
「確かに、個人的になにかをしたことはありませんね。ただ、騎士団主催の剣術大会の幼年の部で、当時十歳で前年優勝者のヒル少年を、完敗させた無名の少年がシリルという名前だったことは彼にはとても衝撃でしたでしょう」
困ったように笑うジェイミーは、しかし楽しそうな雰囲気も見せている。
「ヒルは代々続く騎士の家系に生まれています。彼自身のセンスもよかったものの、同年代より頭ひとつ抜けていたことで高慢に育ってしまったとお父上もお嘆きだったのですよ。そこをシリルが叩きのめしたわけですが……今思い返しても、爽快としかいえない勝ちっぷりでしたね」
「一方ケイレブ少年のプライドはズタズタとなり、以来スティルフォード様に突っかかっているといったところ……でしょうか?」
「ええ。アリア、顔に気持ちが出てしまっていますよ」
しかしそうは言われても、呆れるという以外に反応が見いだせない。
(ここまで完全な逆恨み……。しかも、けっこう前の話よね……?)
ケイレブの年齢はわからないが、シリルと同年代に見える。
シリルが十六歳だということは、おそらく五、六年前の出来事だろう。
仮にその通りであれば、少し引く。面倒すぎる相手だ。シリルが無視しようとしていた気持ちも少し理解できた。
「ですが、アリアにも絡むとは……」
「正確に言えば、エイフリートに絡んだわけではなく図星を突かれて標的を変えたようにも思えますが」
「いずれにしても、喧嘩を吹っ掛けるのはよろしくないですね。彼はシリルに負けて以来魔騎士全員を嫌っている気配がありますから、不思議ではないと言えば不思議ではありません。ただ……一定数魔騎士を嫌っている白騎士がいるとはいえ、彼はあまりに露骨ですけれどね」
「一定数……。やっぱり、色々とあるのですね」
「驚きますか?」
「いいえ、そこまでは」
魔騎士の特性のせいというよりは、単にどういう場所でも組織同士、何らかの反りが合わないことも出るだろうとは思っていた。だから、それ自体に驚くところはない。
むしろ、ヒルが特別だということがわかっただけでもほっとしている。
「それより、白騎士とは……?」
「ああ、正式な名称ではありませんが、私たちは彼らのことを白騎士と呼んでいます。あちらも黒と呼ぶからということもありますが、『騎士』のみだとあちらを呼んでいるのか、私たちを呼んでいるのかわかりませんから」
なるほど、とアリアは頷いた。
たしかに先程ケイレブから『黒』と呼称されていたので、通称になっているのだろう。
「大半の者は、協調が必要なことは理解していますよ。絶対数の少ない魔騎士のみでの防衛は不可でありますし、白騎士も魔騎士がいれば立ち回りが楽になります」
「ヒル氏のような方々ばかりでないと知り、安心しました」
半ば冗談ではあるものの、今までアリアが話したことがあるのが魔騎士と元騎士のブルーノだけだ。準騎士とはいえ現役の騎士と話したのはケイレブが初めてだったので、はっきり聞くまではいがみ合っている可能性がまったくないとも判断できなかった。
「ですが、嫌悪感がないという者でも距離感があるのは否めませんね。純粋に武具のみを扱う騎士からすれば、魔騎士は良くわからない存在ですから。個別に能力も違うため、余計に理解し難い存在でしょうね」
すこし困ったような表情でジェイミーは続けた。
「幸いにも団長クラスとは良い付き合いをさせていただいているため、表面上、支障は出ないようにしています。ですが……あなたを新人戦に出せと言う要望は、後々のことを考えるとあまりよろしくないですね。シリルはどう思いますか」
「多分、こいつは負けないでしょう。動きだけで見れば、騎士と互角に渡り合うかと思います」
あっさりと答えたシリルにジェイミーも頷いたが、アリアは意外だと思った。
(でも……かなり苦々しい表情で仰るのね)
どうやら認めてはいるし面倒は見ると考えてくれているようではあるが、アリアがまだ正魔騎士になることには賛同していないようだった。
しかしそれでもアリアが不利になる様な判断を下すのではないことはありがたい。
「まあ、そうでしょうね。ただ、このまま放っておくのも面倒ではありますし……。仕方がありません、呼びますか」
「呼ぶとは、どなたをですか?」
「白騎士団の第六団長、もとい訓練責任者が適任かと思いますので、そのものを呼びます」
一団員のトラブル……いや、アリアとシリルを合わせれば二団員にはなるのだが、それでも隊長級を呼ぶとなればアリアが思っていたよりも大事になってしまっている。
「そ、そこまで必要なのですか?」
「ええ。やはり、話は早くつけるほうがいいですから」
そのにっこりと笑うジェイミーの笑顔は、これまでのただただ人がよさそうな雰囲気とは少し違っているようにも見えた。