■第十九話 見習いVS見習い
随分と失礼な物言いだが、声をかけられたシリルは眉一つ動かさない。
それどころか足を止めることもなかった。
なんなら声がかかったことに気がついていないようにも見える。
「おい、無視をするな!」
焦るような声を出す相手に、シリルはようやく歩みを止めた。
そして、大袈裟と言えるほどの溜息をついた。
「規律違反を見逃してやろうとしているのに、お前は馬鹿なのか? 喧嘩を売り歩くなど、規律を乱す者でしかない。そもそもお前にその処分を考えてやる時間がもったいないのだが」
(あれ、思ったよりも怒っていらっしゃる?)
興味なさげに見えたわりに、あえて相手の気持ちを逆撫でるとげとげしい言葉を選んでいるようにアリアには聞こえた。
しかし、いずれにしても先に喧嘩を売ったのは階級が低いはずの準騎士だ。
容姿から察するに、相手はおそらくシリルと同年代だ。
(前に団長がシリル様が年齢でとやかく言われていると仰っていたけれど……もしかして、これも妬みの一環なのかしら?)
魔騎士は登用形態が通常と異なるので比べても意味がないとは思うのだが、事実そうしたことを上が認識しているくらいなのだから、よくあることでもあるのだろう。
そんな中で相手はシリルの言葉を鼻で笑った。
「おや、馬鹿にされたから処分しますってことですかね? 格好が悪いことこの上ないですね?」
そうニヤつく相手は実際には処分しないんだろうとたかを括っている様子だった。
(もしかして、いつもこんな風なやりとりがされているの?)
実際にシリルが処分を下そうと思えばできるのだろうが……処分を下そうが下さまいが、アリアはどうも相手のことがいけすかないとしか思えない。
(この言動は騎士の品格を下げるだけ)
今の言動しか見ていないが、アリアにはこの調子だと普段から品行方正だという風には思えない。性根の部分に問題があるからこそ、こういう態度も取れるのだろう。
それはアリアが憧れ目指す騎士の姿とはまったく異なる。
「なんだ、言いたいことがあるのか?」
相手はアリアがじっと自分を見ていたことに気付いたらしい。
そこでアリアも満面の笑顔を浮かべた。
「ええ。私も隊服を与えられた身。貴方と同じ準騎士です。子守と仰るなら、あなたも子守をされていると自覚されているのですね。これから、共に頑張りましょうね」
「な……」
「そして私を認めてくださった上官を侮辱したいと思われているご様子ですが、不用意な発言はなさらない方がよろしいかと。どこに耳があるかはわかりませんし。あと、あまり挑発なさるようですと弱い犬は良く吠えるという言葉を連想してしまいますので」
そんなアリアの発言を聞いたシリルが隣で吹き出した。
(え? 笑うところ、あったかしら?)
顔が背けられているので表情は見えないが、噴き出し、肩を震わせているのだから笑っているのは確実だろう。
そしてそんな姿は相手の顔を真っ赤にさせた。
「と……取り消せ‼︎」
「致しかねます」
「お前は誰に向かって言っているのか知っているのか⁉︎」
「名乗っていただいておりませんので、存じておりません」
発言の仕方からはおそらく貴族の子息なのだろうとは思う。
だがアリアの頭の中には主要な貴族の家系図は入っていても、顔まで入っているわけではない。
ただし、エイフリート侯爵家も国内指折りの貴族だ。
関係性を悪くしかねない発言を不用意にしていることから、相手もアリアのことをエイフリート家の令嬢だということに気づいていないので、おあいこだとも思う。
もっとも家格で態度を変えられるというのも好ましくないと思っているので、自ら名乗り出るつもりもなかったのだが。
しかしアリアの言葉を聞いた相手はアリアに向ける視線をさらに鋭くした。
「よかろう、ならば決闘だ」
「決闘でございますか?」
まさかそんな言葉を聞くと思っていなかったアリアは、思わず首を傾げてしまった。
決闘というのは神聖な儀式だと思っていたのだが、今の流れでは特に賭けるものが見つからない。
それに……アリアにはそれよりも気になることがあった。
「スティルフォード様。騎士の私闘は許容されているのでしょうか?」
相手は頭に血が上っているので、そのあたりのことなど考えていなさそうではある。しかし規律を乱すことを禁じる規則がある以上、私闘を禁止する項目があってもおかしくはない。
「団長の許可があり、かつ団長の定めたルールのもと、団長が指名した立ち合い人がいれば不可ではない。だが、俺はお前にもあいつにも許可は出ないと思う」
「なぜでしょうか?」
「時間の無駄だ。それにケイレブ・ヒルは就任初日の準魔騎士に喧嘩を売って敗れたと宣伝することになる。騎士団にとっても不名誉な話になりかねない」
当たり前のことをなぜ言わせるんだ、とでも言わんばかりの雰囲気でシリルは言った。
「す、好き放題言って逃れようなど、甘いことは考えるな! どちらにせよ後日新人戦が行われる。それには参加せざるを得ないだろう? その鼻を折る日を楽しみにしている。黒い騎士にはそれがお似合いだ」
そう言ってケイレブはアリアたちの横をようやく通り抜けた。
それを見送るでもなく、シリルも歩き出す。
「余計な時間をとったが、報告に行くぞ」
「報告とは、街でのことの報告ですよね?」
「今の報告はいらないだろう。よくあることだ」
「これがよくあることというのは嫌なんですが……ところで、先程のヒル様? は、新人戦と仰っていましたが……それはどのようなものでしょうか?」
「一種の祭りで準騎士が出場する戦いだ。だが、魔騎士は基本的に参加しない」
「どうしてですか」
「同じ準騎士同士といえど、魔騎士の場合はその能力が特異だ。制御の問題で相手に怪我をさせる恐れもある。出たければ団長に相談すればいいが、許可が降りるとは思えない」
「しかし一度申し出はしてみますね。はっきりと却下されたのではなければ、ヒル様に逃げたと因縁をつけられそうですし……」
「あれはいつもそうだから、どんな答えでも面倒事を言うと思うが」
「……でも、まだ」
ただ、シリルの表情が徒労にしかならないと言っているようだった。
(でも、まだ状況がわからないうちは……とりあえず、トラブルの報告・相談は絶対よね)
やはりひとまずはジェイミーに相談するのは絶対だと、アリアは一人小さく頷いた。