■第十八話 内緒の行動
制服はタイを外し上着を脱げば、一見して騎士には見えない。
色味が黒であることと帯剣していることが多少目を引くが、全く見ない光景というわけではない。強いて言うなら、アリアの年齢にしては黒い服装だと思われる可能性もあるのだが。
しかし、だ。
「食事とは、一体どこに向かうのですか?」
「何のためにこんな格好をしたと思っているんだ」
「そうは言われましても……まったく見当が付かないのですが……」
とりあえず、規則に触れそうなことをしようとしているのはわかる。
そして、シリルが相当説明下手であることもだいぶ理解できているつもりだ。
(ここはいっそ、到着するまでのお楽しみにしたほうがいいのかしら……?)
どちらにしても行く場所が決まっているのであれば、ついていくだけで食事にありつける。
逆に聞いてもわかるわけがないのだから、楽しみにするのは悪くないことだと思う。
シリルも言葉足らずではあるものの、アリアの腹のすき具合に配慮してくれているくらいなのだから、恐らく唐突だと感じる店にはいかないのだろう。
「あ、でも……」
「何か問題があるのか」
「私、お金持ってません」
まさか勤務中に金銭を使うとは思っていなかったので財布は持っていない。
「……俺が持っている」
「貸してくださるんですか?」
「部下に飯を奢るくらいの稼ぎはある」
呆れたようなシリルの言葉だが、その言葉にアリアは思わず目を瞬かせた。
(一応、部下だと思ってくださっているのね)
単に認めているか否かは別として、押し付けられた時点でシリルに拒否権がなく、現に部下ではあるのだが……それでも、シリルの言葉は多少は納得しているからこそ口から出たのだと思うと、やはり少し嬉しくなる。
「何をにやけているんだ」
「にやけてはいません!」
「さっさと行くぞ」
その後は特にシリルが何かを言うことも、アリアが何かを尋ねることもなく、人通りの多い場所を抜け、少し落ち着いた通りに入っていった。
「この辺りは夕方以降活発になる場所だ」
「いわゆる歓楽街でしょうか」
「ああ。少なくとも今のお前がここに行くよう命じられることはないだろうが。少しここで待っていろ」
そう言ったシリルは一人で先に進むと、やがて一軒の屋台の前で足を止めた。
それからしばらくして戻ってきたシリルの手には一口大の焼いた肉が連なる串がある。
「食ったら戻るぞ」
シリルに渡されたのは、鶏肉の串焼きだった。
皮には適度な焦げ目があり、ぷりぷりとした見た目に仕上がっている。
「よ、よいのですか?」
「落とさず食えよ」
「では、遠慮なくいただきます!」
もはや子供扱いをされることなど気にならない。
身は程よい噛み応えがあり、ジューシーで、それとは対照的に皮はぱりっと仕上がっている。
程よい塩気とともに広がる旨味は最高で、口の中から幸せが広がっていくようだった。
「……ずいぶん慣れているな」
「え?」
幸せをかみしめていたので、アリアははじめ何を指摘されたのかよくわからなかった。
だが少し考えれば、何を指されているかなどわからないはずがなかった。
(興味を示すどころか串焼きを戸惑いなく普通に食べる令嬢なんて、まずいないわね)
なにせ、この形態で食卓に上がることなどありえない。
仮に知識として知っていても、手慣れた様子で食べることはできないだろう。
(っていっても、前世ではそんなに上品な食事ばっかりじゃなかったから……なんて、言えないし)
だが、アリアは特に焦りはしなかった。
「野営等で様々な食事があると知りましたので、いろいろと練習いたしました」
これなら完璧な回答のはずだ。
下手にブルーノに教えてもらったなどといえば、なにかでぼろが出かねない。
なので詳しいことはぼかしながらも、いかにもあり得そうでなんとなく伝わる言い訳があるのなら、使うに越したことはない。
「それにしても、見事な食べっぷりだな」
「恐れ入ります」
「もう一串食うか?」
「よろしいのですか!?」
「……ああ」
「ありがとうございます!」
そこまで喜ぶとは思わなかったと、シリルの表情は言っていた。
だからだろう、もう一串といっていたのに、実際にお代わりとして渡されたのは二串になっていた。もちろん、アリアは喜んでそれを平らげた。
食後、人通りのないところで上着を整えてからアリアたちは城へ戻った。
「今日は団長は執務室にいるが、午後は会議も多い」
「では、まず執務室ですね」
「ああ」
執務室というのは、面接を受けた部屋だと思われる。
あの場所までなら道順も思い出せると思いながらもシリルの横を歩いていると、正面から白い騎士服を着た男性が近づいてきた。
しかしその騎士服には袖に正騎士を示す金のラインがないことから、同じ準騎士である。
(私以外の準騎士は初めて見るわ)
だが、その時の感想はその程度だった。
しかし、相手はアリアたちとすれ違う直前に急に足を止めた。
「おやおや、最年少正騎士様の新たな任務は子守りなのですね?」
それは心底意地の悪そうな声だった。